第9話

「、、日本に帰るってどう言うことだよ!!聞いてない!3ヶ月で退院できなきゃ、帰る予定にしていたって!?」


「中本先生、、心臓がお悪かったんですね。、、ヴィオラ、、やめてしまわれるんですか??」

二人に入ってくるなり質問攻めされ、明は苦笑する。


「、、立ち聞きなんて悪趣味だなあ。

今回起きた発作でまた悪化したから、これより悪化したら手術なんだって。。

そんな身体で海外で一人でやるのは無理があるし、親が言うことが尤もだから仕方ないよ。


、、心臓は生まれつき悪いんだ。今までよくドイツで生きていけて、死ななかったよね。これまで3回手術してるし、いつ死んでもおかしくは、」


「さっきから死ぬ死ぬ煩いな。

勝手に日本に帰るなんて認めない!

楽団だって試用期間を延ばすか検討していたのに。私やミカエルと個人的に予定していた演奏だってお前がぶっ倒れたせいでできてないのに。

絶対に日本に帰らせない!私がご両親と言い合いをしてでも阻止する!」


リチャードは明の諦めたような発言が不愉快で、なんとか前向きになってほしいと強く言う。明はリチャードの話はとりあえずは聞いていたが、リチャードが話終わるといつもより声を低め、口調を強くして言い返す。


「死ぬから死ぬって言ってるんだよ!!

次に手術になったら、手術自体に危険があって死ぬ可能性がある。

そもそも、もともと40歳までの生存率も5割だって言われている。演奏の予定なんか別のヴィオラを連れてこいよ!

この先居る確約がない俺が弾かなくたって先がある奴らで勝手にやれよ。」


明は呼吸状態も不安定で、本日はカニューレも装着しており、話した後に片手で胸を押さえて咳込み出す。

体調が悪いため声を荒げはしなかったが、普段は穏やかで言葉も丁寧な明が言葉を荒くするのを聞いて、リチャードは心境の荒みを感じ取った。


「、、私は嫌です!!!カールくんだって中本先生がどんどん身体が悪化して、ヴィオラやめてしまったら悲しいと思います。

、、カールくんは先生のヴィオラ、暖かくて深い音色で、、大好きだっていつも言ってました。。私も先生に教わって先生の演奏を聴いて、室内楽やオケ奏者もやってみたいな、先生にもっと習ってみたいって思いました。。


お身体が1番良くなる環境が良いと思うけど、、それって日本に帰るだけで良くなるなんてあたしは思いません!

お父様、、日本の放送響のコンマスの中本日さんですよね?、、すごい方なのは知ってますけど、ヴァイオリンが上手いんだからヴィオラなんかやるな、っていうのは違うと思うの。

ヴァイオリンが下手な人はヴィオラなんかできないと思います。、、楽器が大きい分、力が必要だし、役割だって難しいもの。


あんな言い方を病気が重い先生にされる方のもとで、先生のお身体が良くなるなんて思えません!」


礼は涙しながら、明に詰め寄り訴える。


「、、神崎さん、、。君と俺はまだ2ヶ月くらいのやりとりだよ。泣く必要ないじゃないか。、、これじゃ俺が女の子をいじめたみたいで居心地悪い。

、、俺より、健康で素晴らしい先生はいると思うよ。、、だから泣かないで。いつも明るく笑ってくれるじゃないか。、、神崎さんの笑顔、素敵なのに。」


明は礼の泣き顔を見て、居た堪れなくなり引き出しからまだ使ってないハンカチを出す。


「三十路に近いおっさんのだけど、、嫌ならごめん。」

「嫌じゃありません。。日本に帰ったりヴィオラやめちゃうほうが嫌です!

私まだ学生だしオーディションとか受かってないし!弟子が一人前になるまで先生は指導しなきゃダメっ、なのに。。ぐすっ、、」


礼の涙に明がほだされることをリチャードは密かに期待したが、明は頑なに心を閉ざしているようで、礼を励ますための優しい微笑とは裏腹に、先ほどまで話していた自身の進退に関しては言及しなくなり、意志は固まっているようだった。

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