第2話
「あれ?リチャード?こんな時間にどうしたの?ヨハンが風邪でもひいた?」
リチャードが礼の診察を待っていると、後ろから明の声がして振り返る。
「、、いや、、ヴァイオリンの生徒が家の階段で雪で転んでさ。腕を痛めて。血の気が引いて連れてきた。」
リチャードは診察が終わるまで気が気ではなく、あまり人と話したくない気はしたが、振り向いて話す。
明は楽団の同僚だ。彼には生まれつき心臓に重病があり、過労からそれが悪化し、最低でも3ヶ月は入院する見込みとなっている。
つい1ヶ月前に入院したが、相変わらず顔色が青白く、窶れて骨ばった腕に点滴をして歩いている。こちらを見て微笑んではいるが、目の下の深いクマもくっきりしている。そのわりには、メガネはしっかりかけていて、体調が悪いのに大人しくせずに活動しているようだ。その懲りない様子に明に対しても不安が募る。
「それは、、心配だね。生徒なら若い子なんだろ?リチャードが弟子に取るような子なら相当頑張ってるだろうに。怪我が重くないと良いけど。」
明も整形外科の診察室を視線の先に映して、リチャードを気遣うだけでなく、礼に対しても本心からの心配が感じられる優しい口調で話した。
「お前は?まだ歩くのも苦しいだろ?安静にしないと、」
「そうは言っても、ずっと臥せってたら弱るばかりだし、、飲み物くらいすぐそこに売店もあるし、自分で買いに行こうかなって。一応院内なら、その日に医者の許可が出れば歩いて良いんだよ。」
「そう、、まあ医者が言いって言うなら良いんだろうが、、まだリハビリどころか絶不調なんだから、」
リチャードは自分でもお節介だとは思いつつ、若死にした兄と同じ病の友人に、命を削ってほしくないと思い話していたが、その間に整形外科のドアが開いた。
礼は左腕にギプスをしていたが、先ほど痛がりながら酷い血色だった顔色は治っていた。少し落ち込んでいるような表情だったがこちらを見て顔を上げた。
「先生、、」
礼はリチャードに話しかけたが、リチャードは礼の言いたいことは察しがついたのもあり、先に自分が医師に駆け寄る。
「先生、礼はどうですか?」
「、、はい、ご本人に話しましたが、骨折でして、全治2ヶ月程度です。ヴァイオリンはその間は、様子にもよりますが基本的には禁止ですね。」
「、、その間安静にすればその後は大丈夫でしょうか。」
リチャードは医師に更に尋ねる。
「もちろんです。きちんと安静にすればね。
今後弾けなくなる、後遺症が残るほど重症ではありません。レイノルズさんが早急に連れてきて下さったので。
、、ご本人に、レイノルズさんからもよく言って頂ければ助かります。
、、次以降の来院についてはご本人にお話ししました。」
医師は話して挨拶すると、去って行く。
すると、礼はリチャードに詰め寄った。
「先生、医師はああ言いましたが、怪我や痛み自体は1ヶ月もあれば引くんです。細かいヒビがくっつくのは2ヶ月みたいですが。
1ヶ月休んだらレッスンしてください!!
もう怪我なんか2度としないので。
ただでさえ上手くなんかないのに2ヶ月も弾かなかったら、大学でもコンクールでも、」
「、、医者の話と、私の話は聞いていたよな?
完治するまで絶対にレッスンはしない。」
「先生、私、」
「病院で怒鳴るのは勘弁したいところだな。
君はもっと理解力があると思っていたよ。失望させないでくれ。」
「!!」
礼は、リチャードが失望した、と発言したのを聞き取り、ショックを受け俯いてしまう。俯いている礼に、明がリチャードの後ろから近づく。
「今晩は。日本人なんだね。ドイツ語の訛り方でわかるよ。俺も日本人で。」
「!!そうだったんですね。今晩は。レイノルズ先生のご友人?ですか?」
明が礼に日本語で話しかけ、礼も日本語で話すため、リチャードには全く内容がわからないのも不快で、明を憮然として見つめる。
「明?私と礼が話して、」
「、、まあそんなところかな。たまにリチャードとは一緒に演奏していて。
俺も楽器やってるんだけど、、楽器を持って練習する以外にも、できることはあるんじゃないかな?、、譜読みする、手が動かせないなら、歌ってみたりしてイメージを掴む、弾くのに必死で疎かになっていた和声や曲構造の分析をする、音楽史を勉強する、あとは良いコンサートを聴いて良い点を盗む、とか!
、、骨折したのは良い機会かも。貴女がそう言う観点を得て伸びるための。」
明はドイツ語に変え、リチャードにも内容がわかるように話す。
リチャードも感心して聴いていたが、話した後に明が咳込み出して息を切らすのでリチャードが近寄り、背中をさすった。
「明、もう休めよ。ドリンクなら私が買って部屋に置きに行くから。」
「、、ありがとうございます!!先生と弾いていらっしゃるようなプロの方からアドバイスを頂き、大変勉強になります!頑張ってみます!!
大丈夫ですか?入院されてるんですね。」
礼は明の言葉に少し納得したらしく、素直な性格のため喜びを率直に表し微笑んだが、明の苦しそうな様子を見て表情を曇らせる。
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