基幹世界10.フラグ

 理空と問が鉢合わせになる。理空が、教室の扉をくぐった瞬間だ。

 視線が交わる。しかし、すぐに逸らした。そのまま、言葉を交わすことなくされ違う。

 理空は、イヤホンを耳に入れたまま、席につく。文庫本を取り出し、カバンを机の脇にぶら下げる。

 問は、窓から外を眺めていた。表情は、イブの席からは伺えない。


「ねえ、伊藤さん」


 イブに話しかけたのは、クラスメイトの西宮だ。


「あの2人、何かあったの?」

「いやあ、あったっちゃ、あったんだけどさ……」


 発端は3日前だ。

 遊ぶ約束をしていたが、案の定理空が遅刻した。

 イブと燈里は気にしてなかった。慣れてしまっていたからだ。しかし、問は激昂した。

 繁華街のど真ん中で声を荒げる問。理空がそれに言い返したから、叱責が喧嘩に変わった。

 イブは、理空の怒鳴り声に心底驚いたことを思い出す。あんなに感情的になるような性格キャラだとは思っていなかった。


 結局、その日は何もしないまま解散になった。

 この日以来、理空と問は一切口を聞いていなかった。





「理空、ちょっといい?」


 昼休み、理空に声を掛けたのは燈里だ。教室は閑散としていた。燈里はそのまま屋上へ連れて行く。


「今度の土曜日、問の誕生日なんだけど、ちょっと理空に頼みたいことがあってさ」


 冷たい風が屋上を吹き抜ける。理空は左手でカーディガンの袖を握る。


「ケーキ予約したんだよね。取りに行ってもらっていい? 『水色の街』って駅近くのケーキ屋」

「別に良いけど……燈里が取りに行けば良いんじゃないか?」

「サプライズにしたいんだよね。私は問を惹きつける係、理空は突然現れて驚かす係」


 気を遣われている、と理空は感じた。しかし、問と話すきっかけが欲しいというのも事実だ。


「……わかった。やろう」

「ありがとね、じゃあこれ予約券」


 そう言うと、燈里は小さい青い紙を理空に渡す。「ケーキショップ水色の街 ケーキ予約券」と書かれている。


17


 理空の右眉が微かに動いた。

 その時間、自分に何が起きるか、予想がついた。


「私らはいつものカラオケで待ってるから。遅れそうなら連絡してね」


 理空は黙って頷いた。

 教室に戻る燈里の背中を見送る。

 ひとつ、息を吐いた。

 財布を取り出し、予約券を奥の奥に入れた。


「遅れられないな、何があっても」


 理空の呟きは、風に吸い込まれて、誰にも聞かれることはなかった。

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