異世界10.爆速で天空帝国を地に墜とす【馬無限召喚】女子高生

 竜巻。戦場にいる誰もが連想した。

 白鎧に身を固めた天鬼兵てんきへいたちが、次々と宙空に弾かれていた。


 "城塞騎士"シュウガは剣を振るう。

 一振りで、数百の天鬼兵が木っ端微塵にされていた。

 剣を天高く掲げる。戦場に巨大な影が射す。

 天空を斬り裂く刃ギリーク・アラクと名付けられた剣である。その刀身は5メートルにも及ぶ。

 大きすぎる剣だが、シュウガはまるで木の枝でも振り回すかのように軽々と扱った。シュウガの天賦の膂力と、死と隣り合わせの鍛錬が、それを可能にしていた。圧倒的質量が、敵の軍勢を容易に粉砕する。


 城門が、破壊されていた。戦える兵もほとんど残っていない。

 シュウガが、この『サイズ王国』の最後の盾であり、最後の剣である。シュウガが斃れることは、王国が死ぬことと同義であった。


 敵兵の群れは地平まで続いていた。5万はくだらないだろう。


 ある日突然、天空に島が出現した。国一つをその影で覆ってしまうほどの巨大な島だ。

 そこに住まう「天鬼てんき」を名乗る軍勢が、圧倒的武力を以って、地上への侵略を始めた。

 次々と国が滅ぼされていった。しかしながらサイズ王国は辛うじて侵略を食い止めていた。


 シュウガは剣を振り回す手を止めて、周囲を眺めた。

 天鬼兵の勢いが、急に薄くなった。

 潰走か。いや、そうでは無かった。軍勢が、シュウガと距離を置いていた。騎兵に替わって前に出てきていたのは、射出魔法兵だ。

 シュウガの背中に冷たいものが走る。杖の先端は、シュウガを向いていなかった。敵兵が狙っているのは、壊された城門の向こう側——


 シュウガは舌打ちをした。

 1000人の射出魔法兵の杖の先端が一斉に光る。閃光。街に向かって疾る。

 シュウガは、薙ぐように剣を振る。何度も何度も振るった。幾重もの剣撃が、魔法弾の全てを打ち落としていた。

 殺気。シュウガは咄嗟に躰を捻る。閃光が、真横を通り過ぎる。シュウガは膝をついた。脇腹が、抉られていた。


「心臓を狙ったのですが、よく躱せましたねえ」

「貴様は……」


 男が、宙空に揺蕩っていた。

 天空帝国を守る四天王がひとり、青のウエスである。口元を、喜悦に歪めていた。


「穢れたる地の民にしてはよく戦いましたねえ。しかし、もう終わりです」


 天鬼兵の軍勢が、一斉に向かってきた。

 シュウガは、力を振り絞って立ち上がる。それがやっとであった。

 脂汗が額に滲んでいた。血がとめどなく流れ続けている。剣は、持ち上がらない。


 シュウガは歯噛みした。

 自分が死ぬだけなら良かった。民が、蹂躙される。それだけは耐えられない。

 軍勢が、眼前まで迫っていた。シュウガは、視線を落とす。


 地鳴が、遠くから響いてきた。音は、徐々に近くなる。

 戦場が俄かに騒めき出す。天鬼兵の後方から、黒い塊が押し寄せていた。

 山か。シュウガは一瞬錯覚する。しかし、そうでは無かった。馬が、10万頭を超える馬の群れが、天鬼兵の軍勢5万を踏み潰していた。


 土煙が、舞い上がっていた。

 鎧が、骨が、砕かれる音、そして阿鼻叫喚が戦場でこだましていた。


 徐々に、土煙が引いていく。

 シュウガは、そこに広がる光景に唖然とした。

 眼前に広がるのは、10万頭の黒い馬の群れ、散乱する血と肉片、そして馬群を率いる1人の少女。


 龍造寺りゅうぞうじ理空りくは、馬上で高々と剣を掲げた。


 ウエスは狼狽していた。


「な、なんなんですか、この小娘は」


 理空が剣を下に降ろす。理空が率いてきた10万頭の馬が、忽然と消え失せた。

 理空と1頭の馬だけが、そこに残っていた。馬腹を蹴る。ウエスに向かって、まっすぐに駆け出した。


「誰だか知りませんが、邪魔をするなら始末するまで!」


 ウエスが、杖に魔力を溜める。直線的に向かってくる理空に狙いを定める。理空は鞍の上に立ち上がる。青い光が放たれる。理空は鞍を蹴って跳躍する。魔法は、理空から外れ地面を穿った。


「小賢しい真似を!」


 ウエスは、こちらに向かってくる理空に照準を合わせる。奇異な動きとはいえ、軌道は直線的だ。ウエスは魔法を放つ。

 瞬間、理空が消えた。いや、頭上にいた。理空は、。理空は大上段から剣を振り下ろす。ウエスは辛うじて反応する。刃と杖が交差する。


【馬無限召喚】


 それが、今回理空に与えられた異能チートだ。時間・場所・状況を問わず、無限に馬を召喚できる異能チートである。


 跳躍したあと、空中で馬を召喚し、その背中を使ってもう一度跳躍する。それが、理空が空中でもう一度跳躍したからくりである。


「虚を突いたつもりでしょうが、残念でしたね」


 ウエスは口元に笑みを浮かべる。理空が下に落ちていく。馬は無限に召喚できるが、自由に浮遊できるわけではない。ウエスは再度杖を向ける。


「良いのか? 私に気を取られていて」

「なんだと」


 剣。ウエスの背後に迫っていた。振り向く間は無かった。刃が、背中に食い込んでいた。躰は斜に両断され、地面に落ちる。


 シュウガは、肩で息をしていた。

 渾身の一撃であった。


 傷は塞がっていた。ウエスが理空に気を取られている間に、治癒魔法を使い続けていた。

 シュウガは理空を見て、背筋を伸ばした。


「サイズ国騎士団長のシュウガと申す。どこの者か存じないが助かった。礼を言う」


 シュウガは頭を下げた。視界は、まだふらついていた。傷と違い、血液量が元に戻るまでは、少しの時間差タイムラグがある。


「龍造寺理空と申します。シュウガさん、加勢に参りました」


 理空は振り返り天を睨む。

 はるか上空に、島が浮かんでいた。

 天鬼人が住まう、ディヴァージと呼ばれる空中要塞だ。


「まさかあそこまで……?」


 理空は小さく首肯した。


「しかし、あの天鬼人が住まう空中要塞ディヴァージに行くためには天鬼王直属の部下である四色の四天王を倒して結界の塔を全て破壊した後に伝説の宙を舞う船を探し出してその動力になる浮遊石をはめ込まないといけないがその浮遊石を手に入れるためには迷宮に入るための7つの鍵を手に入れなくてはならなくてそれを手に入れるためには世界各地の海に」


 理空は、シュウガを手で制した。


レラ!」


 理空は馬の名前を叫んだ。

 中空に馬が出現する。

 理空は跳躍し、その背中を蹴って更に跳躍する。


「行くぞレラ!」


 さらに、無数の馬が浮遊していた。

 理空は、次々と跳び乗って、どんどんと空中へ駆け上がっていく。


「ま、待ってくれ!」


 シュウガは、理空に続いて馬に跳び乗り、同じように空中に向かって駆けて行った。


 空中要塞ディヴァージの上は、天鬼兵達が待ち構えていた。

 理空とシュウガを発見するやいなや、魔法を一斉に射出する。


レラ! 突撃だ!」


 三千頭の馬。一斉に駆け出した。天鬼兵達は驚く間も無かった。馬は風のように駆け抜け、後には死屍だけが転がっていた。


 道が、一気に開けた。

 天鬼王が住まう宮殿が彼方に視認できる。

 理空とシュウガは馬を疾駆させる。

 シュウガが、やや先を走っていた。こちらに向かう雑兵を、その巨大な剣で斬り捨てていた。

 奥に、天鬼王が控えている。理空の体力は出来る限り温存させたかった。

 宮殿の巨大な門が近づいてきた。

 シュウガは担ぐように剣を構え、斬撃を入れる。


「うおおおお!」


 門が、細切れにされ、崩れ落ちた。

 大広間だろうか、開けた空間があった。

 そこに、男が立っていた。

 シュウガは、一歩後ずさる。男が放つ、あまりにも禍々しい気に、気圧されていた。

 天鬼王。一眼見た瞬間に確信した。


「身の程知らずの地の民よ。私が直々に相手して——」


 理空。飛び出していた。止める間も無かった。青眼の構えから頭部に剣を突き出す。刃がぶつかり合い、甲高い音が鳴る。


「随分と野蛮だな、地の民よ」


 押し合いの形になる。両者、柄を強く握り、膠着していた。

 しはらくして、理空が一歩引いた。天鬼王は微笑を浮かべる。膂力は、天鬼王に圧倒的な分がある。


「不意をつけばと思ったのだろうが、甘かったな」


 天鬼王は押し潰すように腕に力を込める。理空は、たまらず反転しながら退いた。

 刺突。理空の背中に迫る。シュウガは飛び出す。が、すぐにその足を止めた。


「な、何が起こったんだ……?」


 シュウガは目を見開いた。何が起きたか、理解が追いつかない。


 天鬼王が、馬にめり込んでいた。


 肩から頭にかけて、すっぽりと埋まっていた。


レラの出現座標と天鬼王こいつの座標が重なった瞬間に召喚した。故に、躰が埋まった」


 シュウガには、何を言っているか理解が出来なかった。

 くぐもった叫びが、馬の腹の中から聞こえる。天鬼王は、レラから飛び出ている手や足をジタバタさせるが、出られる気配は無い。馬は、平然と佇んでいる。


レラは厳密に言えば馬ではない。馬の形をした概念だ。故に、破壊も干渉も出来ない」


 なおも天鬼王は必死にもがいていた。罵倒のような声が腹の中から響く。それがそのうち懇願とか悲哀とかそういう響きになる。さらに数分もすると少しずつ動きが鈍くなり、やがて動かなくなった。


「まさか、これで終わりなのか……?」


 シュウガは信じられなかった。

 数多の国を軽々と滅ぼした悪虐の王。その最期が、あまりにもあっけない。


「終わりです。天の民による地上への支配は、今、この瞬間に終わりました」


 理空は淡々と言った。

 どこかで水晶のようなものが割れる音がした。

 島全体が、大きく揺れる。


「ま、まさかこの島が墜落するのか!?」


 景色が、少しずつ下がっていく。島が、落下を始めていた。このままだと、サイズ王国を押し潰す位置にあった。

 理空は、左手を上に翳した。


レラ!」


 馬が、次々と飛び出す。その数は100万頭に達した。馬達は、背中に翼が生えていた。天鬼王との戦いを経て、異能チートが強化されていた。

 天馬の躰には鎖がついており、天空要塞と繋がっていた。

 天馬は一斉に翼をはためかす。風が、理空の髪を揺らした。


 天空に浮かぶ島は、緩やかに海へ向かって下降していく。


「まもなく、海に着水します」


 理空が告げる。

 あまりにも静かだった。天馬の羽ばたきは、その力強さと反して、そよかぜほどの音しか齎さない。

 シュウガは、仰向けに寝転んだ。空が、無尽蔵に広がっていた。

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