異世界09.爆速で日本に夜明けをもたらす【魅力777倍】女子高生
北斗藩主
比喩ではない。
南蛮から伝来した黒魔術を用いて、冥界の悪魔と契約し、強大な力を手に入れたのだ。
業広は、配下を生贄に、悪魔の軍勢を現世に召喚した。
天下を、その手中に収めるために。
その情報をいち早く入手した、神居藩主松浦宗克は、密かに組織していた隠密集団「八雲衆」に、業広の暗殺を命じた。
かくして、この国の命運は、歴史の陰で生きる者の手に委ねられた。
『歓迎⭐︎理空ちゃん!』
『りくしか勝たん!』
『WE♡LOVE♡RIKU』
といった横断幕が、壁中に貼られていた。城壁が見えなくなるほどにだ。
理空は、思わず地図と
だが、眼前にあるのは、間違いなく長谷川業広の居城である北斗城だ。
新月の夜である。
しかしながら、辺りは煌々としていた。篝火が、城の内外で無数に焚かれていた。大火事だと見紛うほどの数だ。
兵の数も、夜間とは思えないほどに多い。
城の周囲にずらりと並んだ兵たちは、一様に桃色のハッピを着て、鉢巻をしていた。
中には
理空は、全身に鳥肌が立つのを感じる。
【魅力777倍】
それが、今回与えられた
あまりに強化されすぎた魅力が、理空の存在感を強烈に際立たさせていた。
著名人が、ただその場に「居る」だけなのに周囲の人間に気づかれてしまう、いわゆる「オーラを感じる」ことと同様の現象が起きていた。
そして、効果は777倍だ。その強烈な存在感ゆえに「北斗城に忍び込む」ということが、理空が決意しただけで察せられてしまった。北斗城の面々は、ほぼ確信に近い感覚で「龍造寺理空が今夜忍び込んでくる」と思っていた。
理空は、煌々と輝く北斗城を見下ろして小さく息を吐いた。
チートと異世界の相性が悪いのはよくあることだが、ここまで
今回の帰還条件は『この国の平和を守る』だ。そのために、この城に忍び込んでサクッと業広を暗殺しようとしていたのだが、今回もまた一筋縄ではいかなそうだ。
「まあ、嘆いてても始まらないか」
理空は、城の周囲を10秒かけて走った。しかし、忍びやすそうな箇所は無い。周囲はどこにでも兵がいる上に、どうしても気配が漏れるのか、理空のいる場所に兵が集まってくる。
強行突破も考えたが、いかんせん兵の数が多すぎる。
理空は思案する。逆に、このチートを活かすことが出来る方法を。
「いや、しかし、そんなまさか……」
理空は、悩みながらも、手裏剣に筆を走らせた。中学生の頃に考えたサインである。
書き終えると、手裏剣を集団の方に落とした。
「む、あれは!?」
「理空ちゃんのサイン入り手裏剣だと!?」
「え!? 理空ちゃんのサイン!?」
「俺のだ!」
「いいや俺のだ!」
「合戦じゃ!」
「うおおおおおお!」
兵達が、我先にとサイン入り手裏剣に群がる。全員が、目を血走らせていた。
殴り合いが始まる。理空のサインを物にしようと、血みどろの争いになっていた。武器を抜く者さえ現れた。あちこちから、悲鳴が、断末魔が、こだまする。
理空は、争いを尻目に、裏門から侵入する。敵兵が、1箇所に集中したため、守りは誰もいなかった。
それでも、理空は敵兵の気配を探りながら、かつ足速に城内を駆ける。
念の為、まきびしを撒きながら進む。もちろん、サイン入りだ。
業広のいる天守が見えてきた。
長い、通路が伸びていた。天守に入るためには、ここはどうしても通らざるを得ない。
予想通り、兵が立っていた。
強い。構えを見ただけでわかった。掌に、汗が滲む。まともにやり合えば、勝ち負けはわからない。
何か、隙は無いか。理空は、宗円の腰に団扇が差されているのを見つける。
「まさか……」
理空の眉間に皺が寄る。まさかそんな方法が効くのだろうか。
理空は、左手の指を唇に当ててから、宗円の方に向けた。
「ちゅっ」
宗円の
『投げ
宗円の腰に差された団扇には、そう書かれていた。
「なんか、すみません……」
理空は天守の壁を一気に駆け登り、最上階に突入する。
広間は、六芒星が妖艶な光を放っていた。
その中心で、男が喜悦に顔を歪めていた。
この男こそが、北斗藩主長谷川業広である。
「貴様が龍造寺理空だな」
名前が、知られていた。忍者なのに知名度がどんどん上がっている。
「
畳に刻まれた六芒星の光が強くなる。光。雷のように弾ける。天守の屋根が弾け飛ぶ。
六芒星の中心に、巨大な影が浮かんでいた。十尺(約3メートル)を超えるほどの巨大な影が。
「さたん様は降臨なされた! さあ、さたん様、まずはこの愚かな小娘を血祭りに……え?」
業広は背後を振り向くと絶句した。
六芒星から現れた巨大な悪魔は、ピンクのハッピを着ていた。両手にピンクのペンライトを持ち、頭には『龍造寺理空親衛隊隊長』と書かれた鉢巻をしていた。
「さたん……様……?」
「理空ちゃーん! 今日は呼んでくれてありがとー! ああ、今日も推しが尊すぎて人類滅ぼしちゃいそう!」
「いや、私が呼んだわけでは……」
「さたん様!」
業広が声を上げる。
「さたん様、召喚したものの願いを何でも叶えて下さるのでは……」
「いや俺、推しの命令しか聞かんし。つーかお前、推しに被ってんだよ、邪魔」
「ぎゃあああああ!」
悪魔は蝿でも払うかのように軽く腕を振った。業広は、見えなくなるほど遠くまで飛んでいった。
かくして、この国の平和は、ひとりの忍びの手によって守られた。
理空の背中に汗がじわりと滲んだ。
まだ、異世界にいる。
「どういうことだ、帰還条件は満たしたはずでは……」
業広を葬れば帰還できると思っていた。まさか業広が生きているのだろうか。
(いや……)
理空は思案する。おそらくそれは帰還条件に関係ないのかもしれない。
「じゃあ、邪魔者もいなくなったし、理空ちゃんお願いします!」
さたん様が、指を鳴らす。眩いほどの光が天守閣を包む。
「こ、これは……」
天守閣が、ライブステージになっていた。周囲に、いつの間にか兵たちが群がっていた。
「ミュージックスタート!」
キラキラでポップなシンセサイザーのメロディがスピーカーから流れ出す。理空の背中は冷汗でぐっしょりだ。
歌詞も曲も振付も知っていた。この異世界に来た時に、流し込まれていた。
「セイ! セイ! セイ! セイ!」
会場の熱気は上がりに上がっていた。ピンクのハッピを着た兵たちが、全身全霊で掛け声を出す。
「青龍! 白虎! 朱雀! 玄武! うおおおおおおお! ラブリー理空ちゃん!」
まもなく、歌が始まる。
逃げ場は無かった。少なくとも、この世界には無い。
理空に命を捧げた者たちが、一心不乱に会場を熱くしている。
「応えるしかないのか……」
理空のマイクを持つ手に力が入る。
歌まで、あと2小節。
理空は小さく息を吸った。
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