基幹世界05.とりあえず部活に入ってみる女子高生×4

龍造寺りゅうぞうじさんって、ひょっとして黒曜中の龍造寺さん?」


 そう話しかけてきたのは、女子バスケットボール部の部長の宮村だ。


「ええ、まあ……」


 龍造寺りゅうぞうじ理空りくは曖昧に返事する。


「だよね! 2年生で北海道代表に選ばれた龍造寺さんだよね! 珍しい苗字だからひょっとしてと思ってさ!」


 ここの「北海道代表」とは、女子バスケットボールの代表のことだ。事実として、理空は中学2年生の時に選出されて、都道府県別大会に出場している。


「まさか、神居市に引っ越してるなんて思いもしなかったけど」


 黒曜中学校のある朱日別しゅひべつ市は、神居市から車で2時間ほどの距離にある。


「あ、いや、親の転勤とかあったので……」

「神居国際高とかからスポーツ推薦来なかったの?」

「え、うあ、バ、バスケは、さ、3年の時に辞めた、ので」

「ええ、辞めちゃったの!? どうして!?」


 宮村は目を見開く。


「あの、ええと、怪我とかで」


 理空は目を逸らしながら言った。どうしても他人の目を直視出来ない。


「でも、今は怪我完治したんだよね? 動けるんだし」


 理空は口籠もる。宮村はぐいと体を近づける。


「お願い龍造寺さん。バスケ部にはあなたの力が必要なの。もう少しでインターハイに行けるの」


 理空は、半歩身を引いた。どうにも押しが強いタイプは苦手だ。


「私、もう入る部活決まってるんで!」


 理空は踵を返して走り出す。

 宮村もすぐさま追いかける。

 廊下を、付かず離れずの距離で追ってくる。宮村は、理空に怪我の後遺症は無い、あるいは怪我は方便だと思った。走りがあまりにも軽い。

 理空の足は速いが、宮村も離されずについていく。理空が角を曲がる。宮村も同じ場所を曲がる。


「龍造寺さん、話だけでも……ってあれ?」


 曲がった先には、人ひとりの影すら無かった。






「おせーよバカ。4時には来いって言ったろ」


 といは、理空の腹を小突く。

 時計は16時30分を指していた。

 旧校舎のとある部屋の前で、問とイブと燈里あかりが待ちくたびれた様子だった。


「すまない」

「ホームルーム終わって、まっすぐ来るだけなのに何してたんだよ」

「いや、あの、ちょっと野暮用が……」


 理空は目を逸らして言った。

 本当の理由を隠す後ろめたさはあるが、「ここに来る途中で異世界に呼ばれた」と言ったところで、信じてもらえるとは思えなかった。


「まあ、いーじゃんよ。どうせウチら暇だし」


 イブが人差し指に髪を巻きつけながら言う。かなり明るい色の金髪だ。校則がかなり緩い高校ではあるが、ここまでしっかり金色にしている生徒は少ない。


「お前も化粧にかける時間がだな……」

「問、いちいち細かいこと気にすんなって。ほら入ろう」

「細かくはないんだがなあ……まあいいや、たのもー!」


 問が3回ドアを叩く。

 ドアには「映像研究部!」という文字が、でかでかとデザインされたポスターが貼られている。

 少しの間を置いて、男がぬうと出てきた。

 随分と体格の良い男だと理空は思った。表情は柔和そうではあるが、身長は180cmを優に超えており、胸板も厚い。格闘技をやっている者のような、そんな筋肉の付き方をしている。

 男が、問に気がつく。理空は、熊とリスを連想した。


「えーと……どちらさん?」

「部活を見学させて頂きたいのですが」

「えー、うそー! ガチで!? ここ映像研究部だよ?」

「知ってます」

「す、すぐ片付けるから、ちょっと待ってて!」


 と言うと、映像研究部の男は慌てて部室の中に走った。

 部室は、旧校舎の教室を改装したもので、かなり広い。その広いスペースに所狭しと、DVDやVHSの棚であったり、何かの機材が並んでいた。

 部室の奥には大きなプロジェクターがあった。客が来たので慌てて止めたのだろう、血みどろの白装束を着た女性が、手を振り上げたままの姿勢で固まっているのが映し出されていた。

 男は「片付ける」とは言ったが、散らかっているという印象は受けなかった。物は多いが、整然と並べられている。古い建物ではあるが、汚れや埃も見当たらない。


「ごめんね、散らかってて。適当にその辺に座って」


 色も形も統一性も無いソファが、プロジェクターの方を向いて3台並んでいた。理空たちは向かって左側のソファに腰掛ける。


「あらためまして映像研究部へようこそ。部長の百目鬼どうめきだい、2年生です。まあ、部長って言っても僕しかいないんだけど」


 百目鬼は、そう言うと自虐的に笑った。


「1年の天馬てんまって言います。天馬問」

「ウチは伊藤息吹いぶき! イブって呼ばれてまーす!」

相生あいおい燈里です」

「りゅ、龍造寺理空です」


 一通り自己紹介が終わると百目鬼は一礼した。


「そんじゃあ、映像研究部の部活内容を言うよ。映画を観る。以上!」

「え、それだけですか?」


 思わず口を開いたのは理空だ。


「それだけしかやれることないからね」


 百目鬼は寂しそうな表情で笑った。


 理空は、部室の隅で整然と置かれていた機材を思い出す。機械に詳しいわけではないが、映画を「観る」ために使う物には見えなかった。


「でも、環境は最高だよ。でっかいスクリーンに充実した音響! おまけに、部費でアマプラもNetflixもディープラも契約してるから、観るものには死ぬまで困らない!」

「ええー! 最高じゃん! ねえ、入部しようよ!」


 イブが、満面の笑みを向ける。


「確かに良いかもね。雰囲気も良さげだし緩そうだし」

「燈里、お前、入ってもいない部活に緩いとかなあ……」

「まあ実際緩いからね。エンジョイ勢ならオススメだよ」

「うーん、まあ部活をガチるつもりは元々無かったけど、こんなふわっとした動機で入部して迷惑じゃないですか?」

「全然! 僕も料理研究部と兼部してるし」

「じゃあ入部しちゃうかなあ……理空はどうする?」


 問が理空の方を向く。


「バイトとかあるから毎日の参加は無理だけど、時々の参加で良いなら……」

「いやいやいやいや! 入部してくれるなら幽霊だろうとなんだろうと全然オーケーだよ! 今月末までに部員が5人以上にならなかったら廃部だったんだし!」

「ガチ? ウチら救世主じゃん」

「本当だよ、ありがとう!」


 百目鬼は体全体に喜びが表れていた。大きな体が、より大きく見えた。


「じゃあ入部祝いってことで1本見ようか! 僕のオススメは……」


 百目鬼はDVDが陳列されている棚まで軽い足取りで向かう。


 理空は、百目鬼が不意に見せた寂しそうな笑顔が、頭から離れなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る