異世界05.爆速でヒロインを攻略する【無敵肉体】女子高生

 桜の花弁が、風の通り道で柔らかに浮遊していた。

 私立ときめき学園高等学校へ続く長い長い坂道を、これから始まる学園生活に期待を膨らませた生徒たちが歩いていた。


 その生徒たちを全て抜き去り、猛スピードで坂を駆け上がる女がいた。

 龍造寺りゅうぞうじ理空りくである。


「好きとか嫌いとか……最初に言い出したのは誰だァァァァァァァ!」


 どうやら、今回は恋愛の駆け引きが全てを支配する世界、いわゆるラブコメの世界に召喚されたようだ。


 理空の怒りは頂点に達していた。喫茶店で注文した『特製ふわふわパンケーキ』に、バニラアイスを乗せた瞬間の異世界召喚である。


「デロデロになったらどーしてくれるッッッ!」


 理空は走る。春一番を追い越して駆け抜ける。何人か、弾き飛ばしていた。

 今回、理空に与えられたチートは【無敵肉体】である。理空への攻撃を、全て無効にする強力なチートだ。


「そんなチートがラブコメに何の役に立つんだ!」


 理空は普段、感情を抑えるようにしている。感情のブレは行動のブレに繋がる。そう教わったからだ。しかしながら、食事の邪魔をされた怒りはどうにも抑えられない。


「女ァ! 女はどこだ!」


 理空は階段を四段飛ばしで駆け登る。生徒たちの、怯えた視線が向けられる。

 理空は、1年生に割り当てられた3階フロアに着いた。最端に女がいた。理空はすぐさまそれがメインヒロインだと確信した。髪の色がピンクだからである。


 理空の予想は当たっていた。その女こそがこの異世界のメインヒロイン八千院はちぜんいん光織ひおりだ。


 光織は3人の取り巻きと談笑していた。理空は取り巻きを片手で弾き飛ばし、光織に詰め寄る。

 光織は、後ずさる。1歩。2歩。3歩目、動けなくなる。背中が、壁に付いていた。

 理空は掌を壁に押し付け光織を見下ろす。壁に、みしりとヒビが入る。理空の身長174cmに対し、光織は152cmだ。光織は全身の血の気が引くのを感じた。目の前にいる女は、あまりにも鬼気迫った表情をしていた。


「なあ、女」


 理空は、低い声で言った。


「私のモノになれよ」


 その声は、あまりにも野生的だった。

 光織の頬が瞬時に紅潮する。

 取り巻きが一斉に悲鳴を上げる。


「きゃあああああ!」

「ひ、光織様!?」

「か、完全におメスの顔になられてますわ!」


 理空は左手で光織の顎を持ち上げた。


 見つめ合う。光織は静かに目を閉じた。


 理空も目を閉じて、唇を寄せた。







 理空が目を開けると、そこは喫茶店であった。

 テーブルの上は、ほとんど溶けてしまったバニラアイスと、それを吸ってデロデロになったパンケーキがあった。


 理空はフォークとナイフで切り取り、口に運ぶ。


「うん、美味い」


 口の中に、芳醇な小麦とバニラビーンズの香りが広がる。食感は完全に失われているが、それでもレベルの高いパンケーキだということは窺えた。

 理空はあっという間にパンケーキを完食した。メロンソーダを一口すする。


「特製桜パフェとプリンアラモードと杏仁豆腐です」


 目の前に皿が並べられる。

 理空は食べながら考える。今まで食べた中でも5本の指に入るくらいのパンケーキだった。やはり、万全の状態で食べておくべきではないだろうか。


「すいません、ふわふわパンケーキもうひとつください」


 店主は絶句した。

 理空の目の前の皿は全て空になっていた。

 運んでから、3分も経っていなかった。

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