基幹世界04.対決

「つづくのですー♩ つづくのですー♩」


 一曲、歌い終わった。

 龍造寺りゅうぞうじ理空りくは、それでも状況が掴めなかった。

 体育館裏に呼び出された。

 「対決するぞ」と言われた。

 カラオケをすることになった。

 一曲、歌い終わった。

 理空は困惑していた。いったい何が起きているのか。


 カラオケボックスの狭い室内で、4人が座っていた。

 理空、理空を呼び出した背の小さな女——天馬てんまとい、その友人のイブと燈里あかりだ。

 盛り上がってはいるが、居心地はとても悪い。理空は、自分がこの空間に居座る異物のように思えていた。


『採点結果を発表するよー! ……98.226点!』


 マシンが甲高い声で叫ぶ。

 イブと燈里が拍手をする。


「うっわ、龍造寺さんの歌唱力エグっ!」

「プロ並みじゃん! なんか歌のレッスンとか受けてるの?」

「いや、レッスンとかは……独学でギターはやってますけど……」

「ギターだって! かっこいいじゃん! てかタメ語でいいよ!」

「あ、はい……」

「ちょ、タメ語!」

「あ……うん」


 イブが、ぐいと体を寄せてくる。明るい金髪がふわりと揺れて、柑橘の香りがした。

 距離感が近すぎる、と理空は思った。これが噂に聞くギャルとかいう人種なのだろう。


「ちょっとイブ、龍造寺さん引いちゃってるじゃん。ごめんね龍造寺さん、そいつ距離感バグってんだわ」


 そう嗜めたのが燈里だ。イブほど派手ではないが、化粧がしっかり決まっていた。大学生と言われたら信じそうな気がした。


「フレンドリーって言いなよー、せっかく遊んでくれるんだから1秒でも早くなりたいじゃんねえ。ねえ、りくぴょん?」

「り、りくぴょん……」

「だから段階踏めっつってんの、いきなりあだ名とかありえんし。それにこの間だって——」


「ちょっと! 私の歌も聞けよ!」


 問が、一段高い場所で叫ぶ。


「はいはい聞く聞く!」

「勝ち目無いと思うけどふぁいてぃん!」

「最初から決めつけるなっ!」


 前奏が、流れてきた。重いギターリフと、切り裂くようなピアノの旋律が混ざり合う。


「chaosDIVAだ」


 理空は思わず口にしてた。"推し"のバンドだ。

 女性2人のツインボーカルが特徴の6人組バンドで、ゴシックメタルや90年代J-POPの影響が色濃い音楽性だ。

 いわゆる「音楽好き」の間では有名だが、同級生で知っている人間を見たのは初めてだった。


「あれ? 理空ちゃんchaosDIVA知ってるの?」


 と、問いかけてきたのは燈里だ。


「あ、いや、うん」

「問ー! 理空ちゃんも歌うって!」

「あ、いや、私は」

「ほーう、やってやろうじゃん。どっちのパート歌う?」

「え……じゃ、じゃあナギサのパートで……」

「よーし私がアカネパートだ! 足引っ張るなよ!」


 問が、マイクを投げる。理空は辛うじてそれを受け取る。

 流麗なピアノの旋律に、破壊的なギターリフが追いかけてくる。

 理空は息を吸う。出だしからハモる曲で、理空の担当するナギサのパートは、高音担当だ。

 4拍目の裏、思い切って声を出す。2人の声は完璧に共鳴する。

 問と目が合う。照れたような笑みを浮かべ、すぐに顔を逸らした。赤くなっているように見えたのは、気恥ずかしさからか、照明のせいなのか。

 歌声が、弾んだ。それはきっと、感情から起因するものだ。こんな気持ちになるのは久しぶりだった。






「ふん、今回は引き分けだな!」

「いや、問のボロ負けだったよ」

「りくっちがライオンだとしたら、ジャンガリアンハムスターくらいの戦力差だよ」

「うるせーわ!」


 問は肩を怒らせていた。

 そのやり取りを見て、理空は口元が緩んだ。


「今回は引き分けだな。次はスポーツで勝負するぞ!」

「絶対負けるやつじゃん。龍造寺さん、金曜日は予定空いてる?」


 燈里が言う。

 理空はスマホを確認する。バイトのシフトは無かった。


「空いてるけど……」

「じゃー決まりね! ラウワン行こうよラウワン!」

「けってーい!」


 理空の回答は聞かれてなかったが、特に何も言わなかった。聞かれたところで、どうせ断らないだろう。


「んじゃ、ウチこっちだから、じゃーね!」


 イブが地下鉄駅への階段を駆け降りて行った。


「理空、あんた家どの辺?」

東内とうない町」

「結構遠いな……気をつけて帰れよ。私達はこっちだから」


 三叉路で、理空と2人が分かれた。

 理空は、並んで歩く問と燈里の背中を見る。


「あ、あのっ!」


 理空は声を上げた。


「きょ、今日はありがとう!」

「こっちこそ、急に誘ったのにありがとねー!」

「次は金曜日だから! 忘れないでよ!」


 互いに、手を振り合った。

 理空は早足でバス停に向かう。


 バスの後部座席に座り、一息つく。

 スマホに通知が来ていた。グループLINEへの招待だ。

 理空は楽しかったという感情と同じくらいの、後ろめたさを感じていた。友人は作らないつもりだった。

「異世界」が、日常を邪魔してくる毎日で、約束を破らずにいられるだろうか。


 ——大事なのは理空がどうしたいかだから。


 不意に、の言葉が浮かんだ。

 問たちと友達になりたい。その気持ちは確かだった。


 理空は、LINEアプリを起動して「参加」のアイコンをタップした。

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