第31話 手紙を送ろう

 そこから数日、私達はミスファッテ村に滞在して魔獣の死骸処理に協力した。

 とはいえ実際に協力したのは私だけであり、セナは村の教会で子供達と過ごす時間が多かったようだ。


 そしてこの村を守ったゴーレムはというと、変わらず村の入り口で居座っていた。

 彼はもう動く事も話す事も出来なくなってしまったが、そこにいるだけで村人達に安心感を与える。

 彼の周りには日に日に色とりどりの花束が増えていくのだった。



「村長さん、私達はそろそろ出発します。短い間でしたがお世話になりました」



 村の体制も以前通りに戻り始めた頃、私はミスファッテ村の村長に出発の挨拶をしていた。

 見事なまでに朝陽を反射するキレイな頭と、雲のように長く白いヒゲをたくわえている彼は、私のような者にも感謝をしてくれる。



「ありがとう旅のお方。貴方がいなければ、ゴーレムといえど全ての魔獣を退けるる事は不可能だったでしょう」

「いえいえ、当然の事をしたまでです」



 そう言って私は村長の右手と固い握手を交わしていた。

 そしてその流れで私は自らのポケットに手を伸ばし、一通の手紙を取り出す。

 これは私が昨晩したためておいた、”ある人への手紙”だ。



「こ、これは一体?」

「手紙です。それを王都ドルーローシェに送っておいてください。そうすればきっとゴーレムを復活させてくれると思います」

「ゴーレムが復活ですか!?まさかあそこまで壊れてしまったゴーレムを復活させられるなんて一体誰が出来るというのですか?どれどれ、この手紙の宛先は……」



 すると宛名を見た村長は、先ほどまで開いているのか閉まっているのか分からない程に細かった目をグググッと見開き、身震いをさせながらそこに書かれていた名前を読み上げていた。



「ル、ルル……ルミナーレ様宛てですと!?あの、あの神級魔道士のルミナーレ様ですかぁッッ!?」

「そうだね。昔からの友人なんだ。私の方から”ゴーレムを修理して新たな魔力を注ぎ込んでくれ”とお願いを書いておいた。きっと早い内に来てくれるはずだよ」



 それを聞いた村長は、信じられないと言った様子で口をポカンとさせ固まっていた。

 まぁルミナーレといえば、魔王を討伐した英雄パーティーの魔法使いであり、歴史の教科書に載っているような偉人だ。


 おそらく村で産まれ、村で過ごして来た村の人間達からすれば、もはや彼女は神様に等しいような存在なのだろう。



「あの、失礼ですがルミナーレ様の友人となると、貴方様も相当名の知れた方ではないのですか?このような何も無い村で、一般の方と同じ宿をご用意してしまった私達はとんだ無礼を……!?」

「待ってくれ。私はそんな事など気にしてはいないよ。ルミナーレやレクスに比べれば、責任や職務から逃げているだけの老いぼれさ。何も気にする必要はない」

「は、はぁぁっ……!レクス様ともお知り合いでッッ!!?ふぁぁああっああ!!」



 いかん、この流れで勇者の名を出すべきではなかったな。

 さすがに村長も気絶寸前にまで追い込まれているように見える。

 ヒザがガクガクと震え散らかしているじゃないか。



「と、とにかくその手紙を届けておいてくれ。私からの要望はそれだけだ。本当にこの村には世話になった。これからも美しい景観のままでいてくれると私は嬉しいよ」

「はいぃ……、ありがとうございます」



 そう言って村長は深々と頭を下げていた。

 そこまで深いお辞儀をされる程の事はしていないのだが、ここは素直に感謝を受け取っておく事にしよう。



────



 多くの村人達に見送られながら、私とセナ・マシューは村を出発していた。

 どうやらセナはこの数日で多くの友人を作っていたようで、私よりも旅立ちを惜しまれているように見えた。


 やはりこの子の明るい性格には、沢山の人が魅力を感じるのだろう。

 こんな私とは違って、きっと彼女がこの世界を去る時には多くの人が涙を流してくれるはずだ。



 ……さて、そんな私の悲しい現実はさておき。

 私達は改めて旅の目的地である”北部ランヘーヴェン高原”へと歩みを進めていく。

 そこにあるエルフが住む国へ行き、セナの転生方法について情報を集めるのだ。



「この先は……ヘスト大森林か」



 私は地図を眺めながら呟く。

 どうやら十キロほど進んだ先にあるのは、北の港湾都市への道を遮るようにして広がる大森林だった。

 エルフの国へ行くには、この港湾都市から船を出してもらわなければならない。



 もちろん遠回りをすれば森の中を通らずに舗装された道を進む事は出来る。

 だがいかんせん時間がかかりすぎるのだ。

 少なくとも二十倍……いや三十倍の時間がかかってもおかしくはない。


 なので旅でいくつもの森を歩いてきた私の経験にかけて、ここは最短でヘスト大森林を突っ切っていく事にした。

 セナの体力に関しても、マシューの背中に乗っていれば問題は無いだろう。



 すると早速、私の独り言を聞いていたセナが問いかけてくる。



「だいしんりんってナニッ!!?」

「大森林は、そうだな……。沢山の木が生えている所だよ。危険な魔獣や動物が沢山いるが、優しい動物も沢山いる。きっと美味しい野菜も沢山調達出来るはずだ」

「セナやさいキライ」

「旅で好き嫌いはするな。栄養が偏って病気になったら大変だぞ」

「マシューがやさいいっぱいたべたいって言ってる。セナはやさしいからあげるね」

「それは本当なのかマシュー?」



 するとそれを聞いたマシューは”何のことだ?”と言わんばかりに首を大きく傾げていた。



「言ってないみたいだぞ」

「グググッ……マシューうらぎったね」

「勝手にマシューを悪者にするな。とにかく野菜も食べてもらうからね。幸い村で美味しい調味料をいくつか貰うことが出来た。もう逃げられないぞ」



 するとセナは苦虫を噛み潰したかのような顔で私の方を見ていた。

 だがそんな顔をしてもムダです。

 君の健康管理も私の仕事なんだから。



「さて、大森林に着く前に虫除けの草だけ見つけておかないとね。道端に生えているはずだ」

「どんなくさー?」

「黄色の線が入っているギザギザの草だ」

「セナね、おはなとかさがすの、とくいだったからね!レオよりはやくみつけられるよ」

「それは良かった。なら今日から君が”植物大臣”だ。頼んだよ」

「うん、まかせて!!」



 こうして大森林に入る為の準備を着々と進めていく私達。



 ────だがこの先に待ち受けていたのは、私のこれまでの人生において最も明確な”死”であろうとは誰も知る由もない。


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