第30話 練習の成果
魔獣やゴブリンの襲撃を退け、無事村は守られた。
紆余曲折あったものの、血の生臭さ以外は平和な朝を迎えられそうだ。
だが当然ながら大きなダメージを受けたモノもある。
それは石と魔法で出来たゴーレム自身の体だ。
「随分と傷がついてしまったね」
南側の村の入り口で立ち尽くすゴーレムに対し、私は彼の固いふくらはぎをパンパンと叩きながら語りかけていた。
あれだけ硬く見えた彼の体も、今や右腕が千切れ、左の脇腹に大きな穴まで開いてしまっている。
どうやら右目の部分も損傷しているようだ。
「魔獣ノ数ガ多ク、戦闘力モ高カッタ。アナタガ居ナケレバ、村ハ壊滅シテイタダロウ。礼を言ウ」
「そりゃどうも。私は最初、君のことを疑っていた。だけどこの戦いぶりを見たら、君が本当に村のために尽力したんだという事がよく分かるよ」
そう言って私が視線を向けた先には、山のように重なる魔獣達の死骸があった。
地面には小さな川が出来る程にまで血が溢れ、戦いの激しさを物語っている。
これは全て、ゴーレムが倒したのだ。
まさに見事と言う他ない。
すると戦いが終わった事を察したのか、背後にあるミスファッテ村から恐る恐る人々が顔を出し始めていた。
まだ陽は出ていないので、皆それぞれ松明などを持っているようだ。
「これを全部……ゴーレムがやったのか?」
村人の一人が呟く。
するとそこから伝染病のように”ゴーレムの成果”が村の内部へと伝わっていった。
いまやこの村にゴーレムを敵として疑う者はいない。
力の限り腕を振り続け、魔獣を屠り続けたゴーレムの偉業は村人達の目にはシッカリと映っていたのだ。
「ようやくスタート地点に立てたんじゃないか?」
私は顔を見上げてゴーレムに問いかける。
すると感情の無いはずのゴーレムが、少し悔しさも含んだような声色で答えた。
「……ソウダナ。最期ニ信ジテモラエタノナラ、良カッタ」
”最期”という言葉が引っかかったが、私はあえて追求する事はせずに村の方をボンヤリ眺めているのだった。
◇
そこからは魔獣達の死骸を処理する作業が始まった。
神聖魔法で一掃できればいいのだが、残念ながらこの村にそんな強力で大規模な魔法を使える者はいない。
僧侶が最低百人、あるいは上級魔法使いが最低三十人、あるいはルミナーレ一人がいなければ不可能だろう。
まぁルミナーレであれば、この村の百倍の規模でも楽々一人で浄化できてしまうだろうが……。
そんな話はさておき、我々大人組とゴーレムは手作業で死骸を運び、血溜まりを水などで流し、狭い範囲で少しずつ教会の僧侶が神聖魔法による浄化を行なっていた。
ここまでキツい死臭を嗅いだのは魔王討伐の旅以来だが、今は当時のような胃の底に棲まうような絶望感はいない。
きっとそれは村の人達が匂いに不快感を示しながらも、どこか嬉しそうな表情に私の目には映ったからだ。
なにせ彼らの心は、長い間恐れていたゴーレムが”敵では無い”と判明した安心感で一杯だ。
私からも村人達にはゴーレムが目覚めた経緯と彼の守護ゴーレムとしての目的を口頭で話した。
それを聞いた村人達がひどく安心した表情を浮かべて息を吐いたのは、私にとってもかなり印象的だったのだ。
事実ゴーレムは今もせっせと片手のままで働き、村人達からしきりに感謝を述べられている。
彼はぶっきらぼうに「自分ノ仕事ヲシタダケダ」と答えているが、それを聞いた村人達は皆笑顔になって作業に戻っていった。
きっとこれからあのゴーレムは、村の象徴として愛され、親しまれ、村を守り続けるのだろう。
出来ればそんな平和な日々が永遠に続いてくれればいいと、赤の他人ながら思ってしまった。
────だがそんな矢先の事だった。
「おいみんな!ゴーレムが村の入り口で倒れてる!!体が裂けちまったみたいだ!!」
作業が半分ほど進んだ時だろうか。
突如村全体に響き渡ったのはゴーレムの”最期”だった。
なるほど、彼は自分に限界が近い事に気付いていたんだな。
自分の体の事は自分が一番よく分かる。
それは人間以外でも同じだったようだ。
「どこだ?どこの入り口だ!?みんな早く行くぞっ!!」
焦ったように走り出す村人達。
だが私はそれらの流れと逆行するようにして、教会で待っているセナ達の元へと向かっていた。
そして私を綺麗な瞳で見上げているセナに一言告げる。
「セナ、ゴーレムさんに別れの挨拶をしに行こうか」
────
私がゴーレムの元に到着した時には、すでに動けなくなったゴーレムの周りに多くの村人達が集まっていた。
数時間前まではゴーレムに一歩近づかれる毎に恐怖を口にしていた彼らだが、今や村を守ってくれた英雄に対してそのような恐怖心など完全に無くなっているようだ。
するとそんな様子を遠くで眺めていた私の横を、箱を持った少女が駆け抜けていく。
彼女の体半分ほどの大きさがある箱には、大きな”十字のマーク”が入っていた。
「パパ!これでゴーレムさん治して!早くっっ!!」
そう言って少女はゴーレムの横に箱をドンと置いていた。
だが残念ながらあれは救急箱。人間を治す事しか出来ない箱だ。
「……すまないマーシャ。もうゴーレムさんは限界みたいだ。最後に優しく撫でてやってくれ」
「なんで!?ゴーレムさんのケガ、早く治したら間に合うでしょ!?」
だが周りの大人達はそれ以上の言葉を発さず、ただ地面に目を伏せる事だけしか出来なかった。
するとそんな沈黙を破ったのは、なんとゴーレム自身の言葉だった。
「君ハ……私ガ押シ倒シテシマッタ子……ダネ。元気ソウデ……安心シタ」
ゴーレムは消えそうな声で呟く。
彼の赤い目の光は、もうほとんど消えかけている。
「ご、ごめんなさいゴーレムさん!私のせいでみんなに嫌われちゃったよね。全部私のせいで……だからずっと謝りたかったのっ!」
とうとう少女は地面に両ヒザをつき、そのまま大粒の涙をポタポタと流し始めていた。
渇き始めていた地面の魔獣の血も、再び鮮やかな朱色を取り戻していく。
それを朝陽が照らし始めたのは、そこから間も無くの事だった。
だがそんな泣き崩れる少女に対して、ゴーレムは決して怒ったり失望したりする事はしなかった。
ただ”セナ”との練習の成果を、最後の最後に発揮したのだ。
「私ハ……何モ怒ッテナドイナイ。迷惑ヲカケタノハ私ナノダロウ。ダカラ、泣ク必要ハ無イ。君ハ強ク生キレバイイ」
そして最後の力を振り絞ったゴーレムは、残っていた左腕をゆっくりと上げ、そして少女の頬を優しく撫でるのだった。
子供を傷付ける事のない、とても優しく大きな手。
そこに血が通っていなくとも、その手はきっと温もりに満ちていたはずだ。
「やったねセナ。君との練習の成果が出たようだ」
私の隣でゴーレムの最期を見届けるセナの頭を、私はポンポンと優しく叩いていた。
その時に彼女がどんな顔をしていたのか、それは誰も分からない。
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