第29話 村の襲撃者

「お、おい待て!待たないか!!」



 突如巨体を揺らして走り出したゴーレムに対し、私はその背中を追いかけながら叫んでいた。


 だが十メートル程進んだ所で私はハッとする。

 ”ここにセナ達は置いていけない”と。



 ではこのままゴーレムを放ったらかしにするのか?

 しかし先ほどゴーレム自身が”魔獣を撃退する”とハッキリと言い放ったのも事実だ。

 つまり彼が走り出したのは、村人を襲う為ではなく魔獣を撃退する為……かもしれない。



「アイツの言葉を信じるか?」



 とりあえず私はマシューの背中に乗っていたセナを左脇に抱える。

 彼女は”わっ”と言って驚いてはいたが、逃げ出そうとはしなかった。


 そしてそのままマシューに対して指示を出す。



「マシュー!今スグにゴーレムを追い抜いて、村人達の方へと走っていってくれ!そして村人の攻撃をよけながら彼らを襲うフリをして、少しでも奥へと追い込んでくれるか?ゴーレムが到着する前に人を分散して、万が一の時の被害を最小限にしておきたい」



 だが私の複雑な指示を、出会って数日のマシューが理解してくれるはずもなかった。

 ここまで様々な意図を含んだ命令を理解してくれる動物など、十年以上の訓練を積んでいない限りは存在しないだろう。



「クソ、私が求めすぎだ」



 私はスグに諦めて別の作戦を考えようとした。


 ────脇に抱えたセナが口を開くまでは。



「マシュー!ゴーレムさんをおいぬいて、はしって!村のひとたちをにがして!!」



 するとセナが叫んだ一秒後、マシューは何の迷いもなく村の方へと走り出していた!

 そして一瞬にしてゴーレムを追い抜き、そのまま村人達の振るう農具などを華麗にかわしながら集団を分散させていたのだ。



「……信じられない光景だ。なぁセナ、マシューは君の言葉を理解できるのか?」

「わかんない」

「そっかぁ」



 何とも気の抜けた会話をかわした私達だが、マシューへの感心も程々にスグに脳を切り替える。



「セナ、今から走るよ。少し早くて怖いかもしれないが我慢してくれ」

「だいじょーぶ!マシューのせなかの方がはやいからこわくないよ!!」

「フフ、それはどうかな?」



 セナの言葉を鼻で笑い飛ばした私は、主に下半身に魔力を集中する。

 そしてフッと息を吐き、そのまま勢いよく走り出していた。



 ”シュォォオンッ”



 風を切る音が耳の中で渦巻く。

 筋肉や血液に魔力を流し込む事で、身体能力を飛躍的に上昇させる事が出来る技術、通称”魔浸闘技ましんとうぎ”。


 これを使えば例え足の速い動物に追いかけられようが、余裕を持って逃げ切れるほどのスピードで走る事も出来るし、自分より何倍も大きな生物と対峙しても赤子の手を捻るように投げ飛ばす事もできる。


 オオカミの血が入ったマシューも十分に早いが、私達のような魔浸闘技を極めている人間はそれをはるかに凌駕するスピードで動く事が出来る。



 結論から言うと私は一瞬にしてゴーレムを追い抜き、そして逆に村の入り口でゴーレムを真正面から迎え撃つ体勢を整えていた。

 もしゴーレムが嘘をついて村を襲うような事があれば、私が迎え撃つ算段だ。


 だが幸いな事に、私の想定した最悪の想定はハズれる。


 なぜなら全速力で走ってくるゴーレムは、何と私の前方十メートルほどの所で空高く飛び上がり、そのまま足の裏から噴射されるジェットに乗って村の反対側まで飛んで行ってしまったのだから。



「えぇ、、飛べるのは聞いてないよ……」



────


 ゴーレムは決して私にウソなどついてはいなかった。

 ヤツは本当に村を守る為に魔獣達と戦い、そして村を守っていたのだ。



「おい、村の南でゴーレムが魔獣を蹴散らしてるらしいぞ!?」

「魔獣の襲撃なんて生きてて初めてだ」

「なんかゴーレムが家を守ってるらしい」

「子供を襲ったんじゃないのか?」


「おい、ゴーレムに手を貸してやれ!アイツは敵じゃない!!」



 村のあちこちから聞こえてくるのは、ほとんどがゴーレムの行動に対する驚きと困惑の声だった。

 とりあえず私は空いていた右脇にマシューを抱え、混乱して動きの止まる村人達の間を駆け抜けて村の反対側へと向かっている。



「風向きが変わってきたね。どうやらゴーレムの言っていた事は真実だったようだ」



 村全体から漂う困惑した空気を肌で感じつつ、私は少しでもゴーレムに疑いをかけた事を申し訳なく思っていた。

 アイツは正真正銘、この村を守護するゴーレム。

 今もまさに命を張って戦ってくれているのだ。



 だが私の感情など露知らない左脇のセナが、興奮した様子で言い放つ。



「レオ、めっちゃはやかった!!しゅんかんいどーってやつ!?もっかいやって!」

「おいおい、私は遊び道具じゃないんだぞ。マシューの方が乗り心地がいいんだから我慢しなさい」

「ぶーっ!」



 そう言ってセナは唇を震わせながら不満を露わにしていた。

 だが毎度毎度セナを抱えて走るなんて私には無理だ。子供には危険すぎる。

 本当にマシューがいてくれて助かったと早くも実感させられたな。



 ……だがそれにしてもゴーレムの誤解が解けた今、問題になっているのは魔獣の襲撃だ。

 村人の反応を見た限り、魔獣の襲撃はかなり珍しい事のようだった。


 さすがにゴーレム一体に全てを背負わすのは気が引ける。

 ここは私も魔獣の迎撃へ向かう事にしよう。



「セナ、マシューに伝えてくれ。”安全な場所で待機”ってね。あの上に建っている教会がいい。私はゴーレムを助けにいく」

「わかった!マシュー、あんぜんなばしょはドンキ!だよ!」

「どうしてそうなった。安全な場所で待機。あれだ、教会で待っていてくれって事だ」

「レオ、ドンキいくの?」

「さっきから何の話をしているんだ」



 よく分からない会話を数ターン繰り返してしまったが、最終的にはマシューが”もう分かったから”と言わんばかりに面倒くさそうな目をして地面へと下り、そのままセナを乗せて教会へと走り出していた。


 さすがはマシュー、私の苦労も多少は分かってくれているようだ。

 私に対しても呆れているような事は、決して決して無いだろう。



 セナ達と別れてから三十秒後に到着したのは、魔獣の襲撃があった村の南側。

 やはり村人のウワサ通りゴーレムが魔獣数十体と戦っており、屈強な体を活かした豪快な攻撃で魔獣を肉片に変えていっていた。


 だがさすがに数が多いな。

 いくら戦闘力の高いゴーレムといえど、数体の魔獣には村への侵入を許している。



「どうやら私の仕事は明白だね」



 村の傾斜の上部から全体を眺める私は、早速右後方を走り抜けていった黒い四足歩行の魔獣に気付く。


 その体長三メートルは優に超えているであろうクマの姿をした赤い目の魔獣は、”グルゥゴァァ!”という低く野太い声を上げながら村人を追いかけているようだ。



 アイツは一般人ではどうしようもない程に強い魔獣だ。

 冒険者でもランク二級以上のパーティでなければ、おそらく簡単に殺されてしまうだろう。


 さらにその魔獣の奥に見えたのは、亜人族に属する数体のゴブリンだった。

 やつらは魔獣や私よりも体が小さいが、頭は回る。

 あの数体だけでも村人を効率よく殺していく事が可能だろう。



「どうやら分析しているヒマは無さそうだ」



 私は足を動かし、そして村に入り込んでいく魔獣やゴブリン達を斬り始めていた。


 硬い装甲を持つオオカミ型や猿型の魔獣もいたが、私の剣の前では意味を成さない。

 ただただ魔力を無駄に浪費する事を防ぎながら、ひたすら魔獣やゴブリン達を斬る事だけを考えていた。



「私ダケデハ対処シ切キレナカッタ。助カル」



 魔獣を斬り倒していく途中でゴーレムからの声が聞こえた。

 だが悠長に返事をしていられるほど、魔獣の数が少なくないのも事実だ。



「感謝なら後で聞くよ!まずは村を守りきる事だけ考えてくれ」

「……承知シタ」



 淡々と任務をこなすゴーレムの背中は、最初見た時よりも遥かに大きく見えた事を覚えている。



 こうして人生で初めてのゴーレムとの共闘は一時間ほど続いた。

 戦闘の途中で”魔王統治時代”を思い出すほどに長く、そして沢山の血の匂いを嗅いだ一時間だったように思う。



 だがそれと同時に私は”違和感”にも気付いていた。

 それはコイツら魔獣のほとんどが、セナ達の隠れている教会に向かおうとしていた事だ。



「まさか、ね……」



 私の脳内に一瞬だけよぎった”信憑性の低い仮説”。

 それは”魔獣達はセナを狙って来たのか?”という、短絡的な仮説だ。



 ────だが私はまだ知らない。

 まさかこの数ヶ月後に、この仮説が正しかったと証明される事になろうとは。


 そして数十年ぶりにゴーレムが動き出した理由も、そのセナの転生と大きく関わっているなんて。


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