第28話 守護ーレム

 数十分かけて聞き終えたゴーレムの話を、とりあえずセナにも分かるようにまとめてみる。



・ゴーレムは数代前のミスファッテ村の村長との約束で、夜間の村を守る命令を受けていた

・しかし時間が経過した事により魔力切れを起こし、動けなくなっていた

・数週間前に異常な魔力が大地を巡ったらしく、その魔力によって動力を取り戻した

・再び夜間の警備を再開したが、当時の事情を知る人間が村におらず、ゴーレムの襲撃と勘違いされる

・決して子供は襲っていない。夜に外で遊んでいた子供を家に帰そうとした時に、力加減を間違えて押し倒す形になってしまった



 というのが真相だった。

 もちろんゴーレムが本当の事を言っているという確証はないが、少なくとも今のコイツからは敵意も悪意も感じない。


 悪意から産まれて来たと言っても過言では無い数多の魔族を斬ってきた私がそう思うのだ。

 おそらく間違いはないと信じたい。



 するとセナもゴーレムから漂う哀愁を感じ取ったのか、いつもより小さな声で私に問いかける。



「ねぇレオ……」

「ん?なんだい」

「あのさ、あのさ。セナがゴーレムさんとレンシュウしたらいいんじゃないかな?」

「練習?なんの練習だ?」

「えっとね、やさしーくさわるレンシュウ」

「なるほど、面白い提案だ」



 セナは、ゴーレムが力加減を分からずに子供を倒してしまったという話を聞いた上で、自分がその練習台になるというのだ。


 なんと勇気のある子なのだろう。

 ここは一つ、彼女の勇気を買ってみてもいいかもしれないな。



「どうだい石のゴーレム。この子が力加減を計る練習台になってくれると言ってるぞ」

「イイノカ?怪我ヲサセテシマウカモシレナイ」

「その時は私がスグに君の腕を切り落とすだけの話だ。だから最小の力から始めた方がいい」

「理解シタ。デハ人間ノ子供ニ対スル魔力ノ制限ヲ、覚エテミヨウ。機能ガ停止シナイ、ギリギリノ魔力出力ヲ見極メルノガ目的ダ」



 それに対しセナは、”うんっ!”と大きな声で返事をしていた。

 感情は無いはずのゴーレムだが、心なしが小さな顔に映る表情が少し緩んだように見えた。



 その日の夜、私とセナとマシュー、そして体長十メートル近い石のゴーレムは村へと戻る事にしていた。


 結論から言うと特訓は日が沈むまで続き、セナが怖さを感じない所までゴーレムは努力を続けていた。


 あとは村の人達全員に事情を説明して、もう子供には危険がないという事をシッカリと示さなければならない。

 おそらくここが一番の難所だろう。



「村が見えて来たな。なぁゴーレム、緊張はしてないだろうね?」

「私ニ感情ハ無イ。緊張トイウモノハ、理解デキナイ」

「そりゃ何よりだ。さっ、村の守護神の帰還だよ」



 そう言って私はゴーレムのふくらはぎ部分をパンッと叩いていた。


 すると帰ってくる私達に気付いたのか、数人の村人がこちらを見ていた。

 どうやら私が十メートル近いゴーレムと並んで歩いている事にはスグに気付いたようだ。


 すると……



「さすがに慌ただしくなってきたね」



 ゴーレムの姿を見た村人達は、まるで魔人が襲来してきたかのように全力で村の中央部へと走り出したのだ。

 そして喉がさけるような大声で叫び始める。



「「「ゴーレムが来たぞぉぉおお!!」」」



 そして直後に鳴り響く、ゴンゴンと大きな音を鳴らす警告の鐘。

 村の人達は一斉に建物の中へと避難し始め、明かりも手際よく消えていく。



「ハハハ、嫌われすぎでしょ君」

「子供ヲ襲ッタト思ワレテイル。ナラバ、仕方ガナイ」



 ゴーレムは変わらない声色で淡々と呟いた。

 だが状況は思っていたよりも悪い方向へと進んでいっている。



「女、子供は外に出てないなぁ!?早く武器を準備しろ!今日こそは俺達であのゴーレムを止める!横にいる剣を持った男も俺達を騙してゴーレムを連れて来やがったクソ野郎だ!殺していいぞっ!!」



 ワラワラと集まって来た男達の先頭に立ってそう叫んでいたのは、私達に寝床を用意してくれた口髭の店主だった。

 最初会った時の優しい印象とは打って変わり、いまや戦う男の顔をしている。



「これは面倒な事になってしまった」



 だが私がそう呟いている間にも、村の奥から農具や包丁、古い剣など”武器になる物”を持った男達がドンドンと湧いてくる。

 これは大きな戦いへと発展してしまいそうだな。

 早めに誤解を解かなければ。


 しかし……



「おいゴーレムと剣の男!それ以上近づくなら俺達は容赦はしない!こういう日が来ると思って、俺達は戦いの準備を整えていたんだ!」



 そしてエプロンの上に簡易なヨロイを身につけている男は、なんと掌大の石をこちら向かって投げてくるのだった。


 ”スパァン……”


 とりあえず私は剣で石を真っ二つに斬り落とす。

 そうしなければセナやマシューに当たる危険性があったからな。

 出来るだけ刃は見せたくはなかったが、やむを得ん。


 それにしても、こちらの返答を聞かずに攻撃を仕掛けて来たな。

 いかに彼らが殺気立ち、焦っているのかが透けて見えるようだ。



 しかも最悪な事に、石を投げた男に続くようにして他の村人も石を投げ始めていた。これでは安易に私達が前に進む事はできなくなってしまったな。


 とりあえず私はマシューに対して大袈裟な身振り手振りで指示を出し、セナと共にゴーレムの後ろに隠れるように指示を出した。

 そして私とゴーレムは前方からの石を防ぎ続ける。


【ガンガンッ……ドスッドスン……】


 ただただ村人達が遠距離から牽制を続けるだけの、進展の無い時間だ。



「おいゴーレムよ。君の話を聞いてくれるような空気じゃないね」

「……ドウシタモノカ」



 まさに膠着こうちゃく状態。

 一旦出直す事も視野に入り始めた。



 ────だがその時だった。




「おいっ!!おい、みんなっ!!?村の反対側から大量の魔獣が押し寄せて来やがった!!挟み撃ちされてるぞっ!!!」



 村の奥から走ってきたのは、大量の汗をかきながら魔獣の襲撃を知らせる村人だった。


 魔獣が襲撃?このタイミングで?

 その情報は私にとっても寝耳に水だ。



 ……まさかこのゴーレム、私にウソをついて魔獣達と手を組んでいたのか!?

 だとしたら想定しうる限り最悪のシナリオだぞ。


 悪意を見分けるのには自信があったのだが、やはりゴーレムのような感情を持たないモノからは見抜けなかったか?

 クソ、私の感覚も落ちたものだ。



「はぁ……」



 気付けば無意識にため息をついていた私は、疑いの目でゆっくりとゴーレムの顔を見上げる。

 既にこの時には、私が全て斬って終わらせるという覚悟は出来ていたように思う。



 だが事態はさらなる予想外の展開を迎える。



「約一キロ先、魔獣ノ魔力ヲ複数感知。撃退スル」



 そう呟いたゴーレムは、直後にとんでもない早さで村の方向へと走り出していた。


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