第26話 討伐依頼

 私達がたどり着いたのは【ミスファッテ村】という中規模の村だった。

 自然が多く残る斜面に家を建てて暮らす彼らは、非常に優しく私達を出迎えてくれる。



「ようこそ旅のお方。宿ならスグにご用意できますよ」



 鼻の下にヒゲを生やしたキチッとした格好の中年男性は、慣れた様子で私達を村の中へと招き入れていた。

 話を聞いていくと、どうやらここは冒険者や旅人もよく利用するルートらしく、宿泊業を営むこの男性にとっては私達のような旅人を案内するのは日常なのだそうだ。


 私は今までの人生で王都ドルーローシェから北部に行く機会はほとんど無かったからな。このような村がある事も知らなかったよ。


 だがそんな目新しい景色を眺めながら歩いて数分、到着したのは斜面中腹にある二階建ての宿屋だった。

 一階はロビー兼休憩所、二階には五つの個室が並んだ宿泊所になっているようだ。



「今夜はここでお休みください。それで代金なんですが……」



 そう言って宿屋の男は慣れた様子で代金の書かれた紙を差し出す。

 口頭ではなく紙に書いて説明してくれるなんてシッカリしているな。

 料金も常識の範囲内だし、当たりの宿と見て間違いはなさそうだ。



「丁寧にありがとう。一泊だけだが、ゆっくり休ませてもらうよ」



 私は部屋の中を走り回るセナとマシューを横目に、宿屋の店主にお礼を述べていた。

 だが不思議な事に、店主は”いえいえ、ごゆっくりどうぞ”と言ってから数秒、なぜか部屋の前から立ち去ろうとはしなかった。


 どうやら口をモゴモゴとさせて、何か言いたげな様子だ。



「どうかしました?」

「あ、いえ、その……立派な剣が目に入ったモノで……」

「剣ですか?」

「は、はい。……あっ!別に売って欲しいとかそんな事ではないですよ!?ただそこまで立派な剣を持たれているのなら、相当な腕の持ち主かと思いまして」

「まぁ、剣術しか取り柄がないとも言えますよ」



 そう言って私は鼻でふんっと軽く笑い飛ばす。

 だが店主には笑顔の伝染はしなかったようだ。


 ……これは厄介事を抱え込んでいそうだな。



「実はですね……この数年、村単位で悩まされている事があるのです」



 なるほど、村単位での厄介事か。

 この店主個人の問題かと予想していただけに、私は少し顔をしかめてしまった。


 だがここから「厄介事はゴメンだ」と断るわけにもいかない。

 仕方なく私は話を聞く態勢へと入るのだった。



「とりあえず話だけは聞きましょう」

「あぁ、ありがとうございます。じ、実はですねぇ……」



 こうして私は村で起きている厄介事の詳細を聞かされる。

 ちなみにセナはベッドの下に隠れ、マシューとかくれんぼをしていた。

 相変わらず呑気で何よりだ。



「つまり毎晩決まった夜の時間にやってくる石のゴーレムを倒して欲しいと?」



 店主から話を聞き終えた私は、結論を先に問いかけていた。

 そしてどうやら私の解釈に間違いがない事を、店主の頷きで確認する。



「村の子供がゴーレムに襲われてからというもの、夜に出歩く事が出来なくなってしまったんです。先日たまたま辺境警備からの帰りでやって来たカタリスの騎士団員に”ゴーレムを倒してくれ”と頼んだ事もあったんですがねぇ……。”大きな被害が出ていない限りは部隊を動かせる訳にはいかない”と返されたんですよ」

「……ちなみにその騎士団員はどんな人だった?」

「どんな人?いやぁ、特に印象に残っている事はないですねぇ。騎士団のヨロイを着た、普通の人でしたよ」



 なるほど、どうやら見習いの騎士団員のようだな。

 面倒事を引き受けたくないから適当な理由をつけて断ったのだろう。


 もしレクスの耳にこのゴーレムの件が入っていたとしたら、自ら出向いてでも問題を解決しただろう。

 アイツはそういう男だ。



「もちろん泊まりに来る冒険者さんにも頼んだ事はありました。ですが報酬の折り合いがつかなかったり、そもそもゴーレムを止める事が出来なかったりと散々でしたよ」

「なるほど……。ある程度の戦闘力も兼ね備えたゴーレムという訳だ」



 騎士団員が面倒事を引き受けなかった気持ちが少しだけ分かった気がする。

 ただでさえゴーレムの討伐というのは固く、重く、時間がかかる事が多い。


 もちろん私の剣であれば、様々な魔法や魔道具の最上位に位置する”古代魔法級”の防御が施されていない限りは一瞬でカタがつく。

 だが厄介な事に、その切ったゴーレムの重い残骸の処理をどうするのかという問題が新たに生まれるのだ。


 言ってしまえば、総じてゴーレムという存在は敵対されると非常に面倒臭い。

 いや、本当の本当に面倒臭いのだ。



 ……じゃあ断るか?

 いや、さすがにそうはいかない。

 なにせ子供が襲われたというのだ。


 セナという子供と旅をしてからか、子供というものはとても弱く、脆いモノだと再認識した。

 そんな子供に危害を加えたゴーレムを放っておいたとなると、きっとこの先の旅の道中でも、心に何かが引っかかったままになるような気がする。



「はぁ、分かりました。日中にゴーレムがどこにいるのか分かっているんですよね?私が見に行って対処してみます」

「ほ、本当ですか!!?ありがとうございます旅のお方!」



 店主は私の両手をギュッと握り、そのまま上下に激しく揺らしていた。

 なんというか、これは必要以上に期待がかかっているような気がする。


 何とか弱いゴーレムであって欲しいものだ……。



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