第22話 団長の憂鬱
セナに紹介したオオカミとは、その後ひたすら訓練に取り組んだ。
幸いこのオオカミ、王都に運ばれてくる前からシッカリとした躾をされていたようで、ある程度こちらの意図を汲み取って行動してくれる。
さすがに緻密な戦術を覚えさせるには時間が足りなかったが、安全にセナを背中に乗せたまま走れるようにはなったし、敵への噛みつき方などもレクスの知り合いのトレーナーが教えてくれた。
それにしてもオオカミは人間に対して心を開くのにかなりの時間が必要と聞いていたが、コイツは違ったな。
おそらく違法に運ばれてくる前から同じような訓練をされていたか、産まれた時から優しい人間に世話をされてきたのだろう。
どちらにせよ、最低限必要な訓練は三日で終える事が出来た。
私達に残された選択肢は、いよいよ王都を旅立つ事だけになっていた。
◇
旅立ちの朝。
雲一つない晴天。
旅立ちの日としてこれ以上はないだろう。
しかし……。
「来ないな」
王都を囲む城壁と長い橋を越えた私とセナとオオカミは、もういつでも旅に出発できる準備を整えている。
だが残念な事に、見送りの人間が誰一人として来ていないのだ。
……いや、少なくともレクス・ルミナーレ夫妻は絶対に見送りに行くとは言っていた。
だが彼らは”色々と準備をするから遅れるかもしれない”とも言っていたのだ。
おそらくその準備に時間がかかっているのだと思われる。
「どうしようかね。もう出発してしまおうか」
「えー!?ルミナーレさんとレクスさんにバイバイいってない!」
「そうだよねぇ……」
私は少しため息をつきながら王都を囲む巨大な城壁を眺める。
もし王都の”城壁内”で見送りとなると、市民達が英雄レクスとルミナーレを見つけてパニックが起こってしまう可能性が高い。
だからわざわざ城壁の外まで来て、見送られる事になったのだ。
なのに肝心の見送る人達が来ないとなっては、我々も暇を持て余す事しかできない。
ハッキリ言ってしまうと、無駄な時間でしかないのだ。
私は無意識のまま再びため息をつこうとした……。
────だがその直後だった。
「久しぶりっすね、レオさん」
突然背後から響いた、若々しくも低音の効いた声。
私もこの声には聞き覚えがある。
「……これは驚いた。お久しぶりですね団長さん」
そう、私達の背後から十メートルほど離れた場所で空を見上げている彼。
それは黒いピンストライプのシャツの上から、首周りがシッカリと立った騎士団特別仕様の黒コートを羽織った、カタリス双翼騎士団の団長・トラリウス様だったのだ。
背中の中心まで伸びた黒い後ろ髪と、気怠そうな細い目が印象的な彼だが、実はこの方は現在のカタリス王国における第一王子。
世間ではコネで騎士団長になったとウワサされていたりはするが、私やレクス、さらには団員の誰一人としてそんな”ウソ”は信じない。
なぜなら彼の剣の実力は本物。
私でも一瞬気を抜くだけで確実に首を取られるだろう。
ちなみにレクスの役職は”名誉団長”であり、トラリウス様よりも上の立場である。
「前に私が旅に出たのと同じ時期に団長になられたみたいですね」
「うん、そうなんだ。でも本当に毎日辞めたいぐらいだよ。早く王になって楽な生活がしたいね」
「それを王が聞いたら何と言うでしょう」
「まだお前には出来ないって言われるだけだよ。父上は魔王を討伐した時からの王だからね、自分が平和の象徴として長くこの席に座っていなきゃいけないんだとさ。まぁ気持ちは分からなくもないけどね」
そう言ってトラリウス様は右手に持っていたタバコを、それはそれは深く吸っていた。
なるほど、こうやって呑気にタバコを吸っている姿は城壁の中では見せられないのか。
だからこんな人のいない場所に団長様がいらっしゃったわけだ。
「レオさん、また旅っすか?」
「そうだね。この子を元の場所に帰す為の旅だ」
「ふーん。剣聖も大変なんすね。アナタみたいに凄い人が年取っても働き続けているのを見ると、自分には出来ないなぁって思っちゃいます」
「君も……失礼。トラリウス様も年齢を重ねれば気が変わるかもしれませんよ」
「いやいやぁ、僕ももう三十半ばだよ。……でも人生の岐路に立っているのは間違いないかもね」
そしてトラリウス様は大量の煙を空に向かって吐き出した後、その吸い殻を一瞬にして消していた。
アルドルのように火属性魔法で燃やし尽くしたのではない。
彼の持つ王族特有の固有スキル”空間転移”を使って、吸い殻をどこかに飛ばしたのだ。
そして最後に彼は続ける。
「レオさん、もうちょっと王都でゆっくりしていけばいいのに。美味いメシなんていくらでも用意させますよ?」
「いや、長居すると離れたくなくなってしまうからね。それにこの子……セナの為に一日でも早く旅に出たいんです」
「……そうっすか。なら止める理由もないっすね」
そしてトラリウス様は大きく伸びをした後、私達の方に向かって優しく言い残す。
「それじゃあ、気をつけて」
気付けば彼の姿は無くなっていた。
まるで今まで目の前にいたのがウソのように、跡形もなく消え去っていたのだ。
「レオ!レオ!きえた!くろいヒトきえたよっ!!」
「あぁ、あの人は特別だからね。あんなホイホイと空間転移を使って良いのは、彼ぐらいだよ」
「くーかんてんい。すごい……!」
そう言ってセナは興奮気味に両拳を握っているのだった。
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