第21話 プレゼント

 早朝レクス家のベッドから目を覚ますと、久しぶりに肉弾戦をした影響なのか少し筋肉痛を感じた。

 昨日の夜に襲撃した不法入国者達のアジトでは、正体がバレないように剣は使えなかったからな。普段使わないような筋肉の使い方をしたせいなのだろう。



 それにしても拳で人を殴ったのは、二十年、いや、三十年以上ぶりか?

 やはり慣れない事はするものじゃないな。

 今日はしばらく筋肉の痛みに苦しむ事になりそうだ。



「ねぇレクス、昨日の夜はレオとどこに行ってたの?」

「えーっと……さ、散歩だよ。久しぶりにレオが夜の街を歩きたいって言ってたからさ」

「夜の街、ねぇ?」



 二日目を迎えたグラディオ家での朝食。

 どうやらルミナーレは昨晩私とレクスが外出していた事に何か違和感を抱いているようだ。


 だが夜の街で女性と遊ぶような年齢でもない。

 決して変な店には行っていないと、レクスは必死に釈明を始めているのだった。



 そして、そんな彼の二つ横の席に座っているのはセナだ。

 昨日の孤児院訪問以降、マトモに会話は出来ていない。


 ……一旦いつも通りに話しかけてみるか。



「セ、セナ。昨日はよく眠れたか?」

「うん、いっぱい寝……。レオとはなさない。きらい!!」



 うーん。少し話せそうだったが、会話の途中で昨日の出来事を思い出してしまったようだ。

 私に似て頑固な子である。



「話せないのならそれでいい。ただ今日はセナにプレゼントがあるんだ。朝食が終わったら外の庭に来てほしい」

「プレ……ゼント?」



 やはり中身は子供。プレゼントという言葉には弱かったようだ。

 すると動揺したセナは、自身の横に座るルミナーレに向かって助けを求め始める。



「ルミナーレさん!レオがプレゼントくれるっていってる。いったほうがいいかなっ!?」

「え?うーん、レオの態度次第じゃない?」

「分かった。レオのたいどしだいだってレオ!」



 なんだこの変な会話は。

 だがセナの機嫌が治るなら、態度も改めなければいけないよな……



「ぜひセナに受け取って欲しいプレゼントなんだ。お願いだから来てください」

「もー、しかたないなぁぁ」



 プレゼントを貰えるというのがよほど嬉しいのか、セナはニヤニヤと隠しきれない笑みを浮かべながら私の提案を受け入れていた。

 そんな彼女の目は極端に細くなっており、それはなんとも腹の立つ顔だった。



「それじゃあ目を瞑っててくれよセナちゃん。いちにのさん!で目を開けるんだよ!」

「うん分かった!」



 レクスの指示に対してセナの元気な返事が響く朝。


 現在朝食を終えた私は、セナだけでなくレクス・ルミナーレ夫妻と共に邸宅の外に広がる大きな緑の庭にやって来ていた。

 綺麗に手入れされている庭の草木達は、まるで絵画のように美しく並んでいる。



「レオー!セナちゃんの準備が出来たぞー!」

「あぁ、スグに”連れて”いく!」



 庭の端で隠れながら待機する私に対して、レクスからの合図が飛んできた。

 なにせプレゼントの内容は完全にサプライズなのだ。

 私はセナが完全に目を閉じた事を確認してから、”プレゼントと共に”歩き出す。


 そう、このプレゼントは生きているのだ。

 きっと驚くに違いない。



「……よし。セナ、目を開けていいぞ」

「あけるよ?ほんとにあけるよ?」



 セナはプレゼントから発せられる息遣いが聞こえていたのか、少し怖がりながらゆっくりと目を開く。


 するとそこにいたのは……



「ワンちゃんだっ!!」



 そう、セナの目の前で行儀良く座っていたのは犬……ではなく、オオカミだった。


 セナと同じ目線の高さで大人しく座っているコイツは、灰色のモフモフとした毛並みを陽の光に輝かせながら少し鼻息を荒くしている。


 私も出来るだけ身体が大きく、出来るだけ速そうな肉体を持つ個体を選んできた。

 きっとこれならセナが背中に乗っても問題なく移動できるだろう。



「これはオオカミだよ。犬よりも強くて早い。きっとセナを守ってくれるよ」

「まもるって……なにから?」



 核心をついたセナの質問に対し、とっさに私はレクスとルミナーレの顔を見てしまった。

 だがどうやら二人とも同じ表情で同じ事を考えているように見える。


 つまりは”自分の口で言え”という無言の圧力だ。



「守るのは……旅先の危険からだ。私が守りきれない部分を補ってもらう為でもある。旅をするにあたって不安だった部分は、きっとコイツが解決してくれるんだ。だから……」

「むずかしい!!だから、それって、セナがレオとたびにでるってこと?ココにおいていかないってこと?」



 そう言ってセナは私の方を見上げる。

 なぜかその目には大粒の涙を溜めていた。


 これは連れて行ってもらえるのが嬉しいという涙なのか?

 それともレクス達と別れる事が寂しいという涙なのか?


 この年になっても、まだ分からない。

 私には分からないんだ。



 ────すると困惑している私を見兼ねたのか、そっとルミナーレが私に語りかけてくる。



「レオ。余計な事を話さないのはアナタの良い所だけど、悪い所でもあるのよ。セナちゃんは敵じゃない。だから事実をハッキリと、分かりやすく伝えないと」

「……そうだね」



 その言葉を聞いた私は、彼女の言う通りに事実だけを伝える事にした。



「セナ。また私と共に旅に出よう。ついて来てくれるかい?」



 私はヒザを草の上につけ、セナの目線の高さで問いかけた。

 そして彼女の出した”力強いハグ”という答えを受け取った私は、呆れと安心が入り混じった表情でこちらを見つめるレクスとルミナーレに感謝の言葉を伝えるのだった。



「二人とも、色々とすまなかったね」

「お前が言葉足らずなのは昔からだ。慣れてるよ」

「もうセナちゃんを泣かせないでよ」



 こうして再び旅に出る為の最大の障壁を乗り越えた私は、早くも旅立ちの準備を整えていくのだった。


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