第20話 闇の協奏曲

 すっかり日も沈んだカタリス王国の王都・ドルーローシェ。

 自宅を持たない私は、今夜も英雄レクスの邸宅へと戻っていく。



「すっかり遅くなってしまったな」



 地下墓所で長く時間を過ごした私は、少し急ぎ足で玄関の扉を開けていた。

 すると中から漂って来たのは食欲をそそる香り。これは鳥から取ったスープだろうか?

 何にしろ私はここで自分が空腹な事に気が付いていた。


【ガチャッ】


 そして食堂の扉を開くと、そこには子供用のイスに座るセナとペスキア君、その二人の面倒を見るルミナーレの姿が目に入った。

 どうやらレクスはまだ帰っていないようだ。



「あら、お帰りレオ。頭は冷えた?」

「そうだな……。多分冷えたと思う」

「ならよかった。ほら座って!食事は出来てるから」



 すると私の背後を縫うようにして、数人の使用人が手際よく夕食の準備を整え始めていた。

 まさにプロの仕事。気付けば一分もしない内に私のディナーが用意されている。



「何からなにまですまないね。ありがたく頂くよ」



 そして私は豪華な食事を口に運び、今日の空腹を満たしていくのだった。


 ……だが当然ながら気になるのはセナの事だ。

 先ほどから彼女の表情を見ているが、”料理が美味しい”という喜びの表情と”レオの事なんて見たくない”という怒りの表情を行ったり来たりしている。



「……なぁセナ?」

「レオとは話さない!嫌い!」



 やはりダメだったか。

 まだまだ時間が必要なようだ。


 するとこのタイミングを見計らったかのように、レクスが食堂の扉を開いて入って来ていた。

 どうやら今日の騎士団の仕事を終えたようだ。


 そして開口一番に言い放つ。



「おぉ?孤児院に行ったはずのセナちゃんがいるという事は……?」

「レクス、少し話がある」



 私は食卓の空気が凍りつく前に、間髪入れずにレクスに対話を求めていた。

 これ以上”孤児院”というワードが出れば、セナの機嫌もドンドンと悪くなっていってしまう事を恐れたのだ。


 だがそれに加え、レクスには本当に相談しておきたい事もある。



「……分かったよレオ。少し場所を変えよう。ルミナーレ、食事は三十分後でもいいかい?」

「もう好きにして。男同士で仲良く話して来なさい」



 苦笑いを浮かべながらルミナーレは許可を出す。

 こうして私達は昨日と同じ応接室へと場所を移すのだった。



────



 レクス達との食事を終えてから二時間は経過しただろうか?

 今の私はというと、なぜか黒い布で顔全体を覆ったレクスと共に建物の屋根に立っていた。


 ちなみに黒い布で顔を覆っているのは私も同様だ。

 来ている服も、闇に紛れるような黒と赤の戦闘服に変わっている。



「なぁレクス。なぜこんな事になっているんだ」

「レクスじゃない。シンエンと呼んでくれ、トコヤミ」

「……なぜこんな事になっているんだシンエン」

「ふんっ。それはお前が”長旅にも耐えられる動物”を探していると言ったからだよトコヤミ」

「いや、俺はレオ……」

「トコヤミだ。二度は言わせるなよ」



 そう言ってレク……シンエンは太い腕を組んで満足げな視線を闇に向けていた。


 もうハッキリ言ってしまおう。コイツはバカだ。

 こんな子供じみた事を真剣にやってしまうバカなのだ。


 きっとカタリス双翼騎士団での仕事のストレスが彼をおかしくしてしまったのだろう。



「さてトコヤミ。今夜襲撃するのは、他国から正当な手続きを経ずに動物や魔獣を王都に不法入国させた族のアジトだ。明日の夜、カタリス双翼騎士団の【フルーメン部隊】が捜査に入る予定の場所だな」

「……それは彼らの仕事を奪ってしまうんじゃないのか?」

「雷の部隊長は、君が先日模擬戦をしたラーナだ。まぁ君に手も足も出なかった罰だよ。手柄は我々”闇の協奏曲ストゥルトゥス”がいただく……!」



 そんなダサいコンビを組んだ覚えはない。

 お前、子持ちでこんな事をして恥ずかしくないのかレク……シンエンッ!



「それじゃあ行こうかレオ。……あ、ちが、シンエン」

「いやシンエンはお前だろ?私はトコヤミ……。いやもうどっちでもいい。とっとと行くぞ」

「ふん、やはり血が滾るようだなシン……レ……えー……トコヤミだ」

「忘れるなら初めから呼ぶな。いい加減五十代の記憶力を受け入れろ」



 私はレクスの子供のようなノリに呆れながら、不法入国者達のいるアジトの屋根へと移動していく。


 まったく……騎士団では最高地位であるレクスも、結局昔から中身は変わっていないのだ。

 魔族が優勢と聞いてパーティーの士気が下がりかけた時も、私とルミナーレが喧嘩して雰囲気が悪くなった時も、レクスはいつも明るく振る舞っていた。


 英雄と呼ばれている時こそ引き締まった表情で聖剣を天に掲げてはいたが、あくまでも彼の本質はお調子者。

 そして私達はそんなレクスに何度も救われて来たのだ。



「懐かしいな」



 私はレク……シンエンに聞こえない程度の声量で、口角を上げながら呟いているのだった。



 ────ちなみに不法入国者達との戦闘は、剣を使わず一分程度で収束した。


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