第19話 話がしたい


 迷惑をかけてしまったミテス孤児院のミセリさんにシッカリと頭を下げた私は、特に目的もなく王都の街中をブラブラと歩いていた。

 ルミナーレの言う通り、今の私がセナを追っても怒られるだけだろうからな。



 ”それでもセナを追うべきだ”という意見も脳内には響いてくる。

 だがどうしても今は足がセナの方向には向かわない。

 それはきっと、私自身がセナに何を言えばいいのか全く想像が出来ないからなのだろう。


 「さっきは悪かった。孤児院に戻ろう」


 違う。


 「さっきは悪かった。一緒に旅に出よう」


 無理だ。セナには耐えられない。


 「お前の事は忘れる。これからは一人で生きていけ」


 全く違う。



 何が答えなのか、やはり私には分からなかった。

 きっとレクスやルミナーレのように人の感情を良く理解している人間であれば、スグに最適解を導き出せるのだろう。


 だが私は違う。


 人の気持ちなどという、風に乗る葉のように動きの読めないモノを理解するのは苦手なのだ。

 初めからそれが出来れば、私の周りから家族がいなくなる事など無かっただろう。


 なぜジイちゃんは、父に殺される時に泣いていたのだろう。

 なぜ父は、私が殺す時に泣いていたのだろう。


 なぜ妻は死ななければならなかったのだろう。



「……無意識にココに来てしまったな」



 気付けば私は王都最大の教会・”スラープ大聖堂”の前で足を止めていた。

 既に日は沈みかけ、大聖堂のステンドグラスに反射した光が街の一角を強く照らしている。


 相変わらず荘厳で美しい建造物だ。

 だが私にとっては、悲しみの眠る場所でしかない。



 そう、ここはスラープ大聖堂。

 またの名を”スラープ地下墓所”。



 ────つまり私の妻が眠る場所だ。




 大聖堂の内部は非常に興味深い。


 綺麗に磨かれた黒い石床を歩いていくと、左右に伸びる小階段と、その周りに生えた緑の植物達が見えてくる。

 しかも天井には魔法で作られた”本物のような雲と青空”が広がっており、まるで森の中を歩いて来たような感覚にさせられるのだ。


 そして正面に現れた祭壇は、高さ三十メートルはあるだろうか?

 階段と同様に植物が祭壇の一部を覆っており、まさに自然との調和を感じさせる。

 さらにその下部からは聖水が常に流れ出ており、少し霧状になって私の体を湿らせていた。



 だが今回の目的はこの祭壇ではない。

 あくまでもここの地下にある墓所だ。


 私は祭壇下部から流れ出る聖水の泉の前に立ち、そして呟く。



「光と影、雄勇の眠りし地にて聖域の扉を開かん」



 すると泉の聖水は徐々に勢いを弱め、そのままゴゴゴ……という音を立てながら地下への階段を現し始めた。

 そして私はゆっくりと地下へと歩みを進め、とうとう真っ暗な地下墓所の入り口へと辿り着くのだった。



【ボッ……ボッ……ボッ……】



 すると到着した瞬間に左右に並ぶ松明の火が灯り始める。

 先の見えない正面の一本道が、松明によってドンドンと奥が照らされていくのだ。


 私はその道を、一歩一歩踏み締めるように進んでいく。

 まさに何十年ぶりに歩く地下墓所の一本道だ。


 左右の壁には魔法で作られたゴーレム達がズラッと何百体も配置されており、事前に登録されていない侵入者が来た場合には問答無用で襲い掛かる。

 もしかすると地上にある王城の次に安全な場所は、この墓所かもしれないな。



 だがそんな事を考えている内に、私は薄暗い一本道を歩き終える。

 いよいよ眼前に広がっていたのは、最終目的地である私の妻が眠る場所……



 スラープ地下墓所・”ヘルドーの丘”だ。



 ここが地下であるという事を忘れてしまうような、とても広い青空と雲。

 踏み締める地面からは土の感触が伝わり、心なしか自然の風が吹いているような気もする。


 そして緑の草原が広がるこの丘には、色々な場所に墓石が建てられている。

 この地に眠る事が許されるのは、この国を守ったかつての英雄や騎士団、そしてその親族のみ。


 私の妻はそんなヘルドーの丘に咲く”ケルンブルーセム”の木の下で眠っているのだ。



「長い間帰って来れなくて、すまなかった。俺の心が君に会いたくなったみたいだ」



 そう言って私は腰を下ろし、ピンク色の花を咲かせるケルンブルーセムの木にもたれかかる。

 ただ静寂に包まれているだけの、懐かしい時間だ。



「なぁフルーニ。俺、短い間だけど子供を連れて旅をしてたんだ。情けない話だが、私が全てを捨てようとしていた砂漠の真ん中に倒れていてさ。本当に驚いたよ。今でも夢かと疑う時がある」



 私は偽物の青空を見上げながら呟く。

 今はフルーニに話を聞いて欲しい、ただそれだけだった。



「その子セナって名前でね。セナを親の元に帰すために、また一人で旅に出ようと思ってる。だけどセナは俺に付いて来るって言ってきかないんだ。ほんと、困ったもんだよ。君がいればセナに何て言っただろうね」



 私は一人で寂しく笑みを浮かべ、そして鼻で笑い飛ばした。

 五十年以上生きていても、この世にいない者にすがる自分の弱さに辟易としてしまったのだ。



────だがケルンブルーセムのピンクの花びらが私の鼻に落ちて来たのは、その直後の事だった。



「……フルーニ?」



 私は慌てて周りを見渡す。

 だが当然の事ながら、この丘には私一人しかいない。


 でもなぜか心臓は激しく脈を打ち続けていた。

 なぜならケルンブルーセムの花びらを私の鼻に乗せてくれたのは、十八歳の時の君しかいなかったんだから。



◇────◇


「ねぇレオ。もし私達の子供が出来たら、どんな子に育つかな?」

「俺たちの子供かぁ……。そりゃ頑固に育ちそうだな」

「確かに!レオってホント頑固だもんねっ」

「お前の事を言ったつもりだけど」

「ホント憎たらしいわね。でもさ、大きくなったら絶対にみんなで旅行に行こうね」

「魔王が死んだら行けるかもな……ってオイ!やめろ、鼻につけるな」

「プッ!可愛いから付けときなよ!子供に好かれるかもしれないよっ!」

「子供なんかに好かれて何になる。ジジイ扱いするな」

「スグになるよ、ジジイに」

「ならお前はババアだな」

「……今日の晩御飯は豆だけでいいわね」

「……ごめんって」


◇────◇



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