第18話 セナの新しい家族

「……私はこの王都にセナを置いていこうと思っている。そして彼女が元の世界に戻る為の転生法を探す旅に出ようと思っているんだ。

 だから二人には、セナを預けられるような人を紹介して欲しい」



 そんな私の告白に対し、二人は理解を示した上で答える。



「そうか……。まぁ長旅になるのは間違いないだろうからな。セナちゃん自身の負担、それにレオの負担を考えてもそれが最善だと思う」

「そうねぇ。でもセナちゃん、レオの事かなり慕っているように見えたわよ?本当に置いていっていいの?」



 そう言って心配そうな様子を見せてくれたルミナーレだが、私の決意も固い。



「いや、セナが元の場所に戻る事が最優先だ。彼女がいなくなって悲しんでいる人が、きっとどこかにいるだろうからね」



 それを聞いたルミナーレも、完全に納得した訳ではなさそうだったが反論してくる事もなかった。


 それにしても二人は立派な親だ。

 レクスは子供の体の心配をして、ルミナーレは子供の心の心配をする。

 どちらも欠けてはならない、バランスの取れた家庭だと思う。


 そして神妙な面持ちのルミナーレが続ける。



「分かったわ、私も出来る限りの協力はする。早速だけど、知り合いに孤児院をやってる人がいるの。よかったら明日の朝に一緒に行ってみる?」

「本当か?それは助かる。ぜひお願いしよう」



 早くもセナを預けられる可能性が高まり、私の心の負担も少し減ったような気がした。

 もちろん確実に預かってもらえるかどうかは分からないが、ここは二人の”影響力”を信じさせてもらう事にしよう。



「じゃあ今日の話し合いはここまでになりそうね。私、子供二人をお風呂に入れて来てもいいかしら?そのままベッドに連れていっておくから」



 そう言ってイスから立ち上がったルミナーレは、床で眠り続ける子供二人を両脇に抱えながら応接室を出ていた。

 何とも頼り甲斐のある”お母さん”になったものだ。


 一緒に旅をしていた頃の”やたらプライドの高い厄介美人”だったルミナーレからは想像も出来なかった未来だろう。



「さてレオ、俺たちも後で一緒に風呂に入るか。久しぶりに裸の語り合いをしようじゃないか!」

「気色の悪い言い回しをするな。普通でいいよ」

「まったく、つれないヤツめ……」



 そう言ってレクスもイスから立ち上がり大きく伸びをしていた。

 重たい話が続いたからな、体が疲労を感じるのも無理はない。



「なぁレオ……。一つだけ聞いてもいいか?」

「なんだ改まって。別にいいけども」

「いや、結構重要な事だと思うんだけどな?その……セナちゃんには”王都に置いていく”って話、ちゃんとしてるのか?」



 その瞬間に私はハッとした。

 確かに言われてみれば、セナには私達が王都に来た目的を話した記憶が無いのだ。



「して……ないねぇ」

「ぃやっぱりっ!!お前は昔から言葉が足りなすぎるんだよぉ。まずセナちゃんの気持ちを聞くのは、何よりも大切だと思うぞ?」

「だが聞いた所で私の旅にはついて来られないと思うが……」

「いやまぁ、それはそうなんだけどさ?でも急に置いて行かれた方の心に傷が残っちゃ意味ないと思うぞ?さっきルミナーレが言ってた事に近いけどさっ」

「そういうモノ……なのか」

「多分な。明日孤児院に行った時に何て伝えるか、ちゃんと考えておいた方がいいと思うぞ」



 そう言ってレクスは丸机の上に置いてあったグラスの酒を喉に流し込んでいた。

 量が多い訳ではないので、私も含め悪酔いするような心配はない。


 そしてレクスは酒で潤った喉でさらに言い放つ。



「お前のその”腰についた剣”と同じだ。モノだろうが人だろうが、かならず執着はある。セナちゃんにとってのレオが、お前にとっての剣みたいな存在かもしれないぞ」



 そう言ってレクスに指さされた腰元の剣。

 私はボロボロになった柄の表面を手でなぞり、そして絞り出すように思いを吐き出した。



「これは……これは……形見だから」



 それを聞いたレクスは、口元に力を入れたまま私から視線を逸らすのだった。



────



 少し雲の多いお昼過ぎ。

 私とセナは、ルミナーレに連れられて王都の孤児院へと向かっていた。


 ちなみにレクスは名誉団長として今日も労働なので、この訪問にはついて来ない。

 いや、ついて来れないが正しいか。


 なにせ彼は色んな所から引っ張りダコの世界の英雄様だ。

 ”他人の子供を孤児院に連れていくから”という理由で休む事はできなかったようだ。



「ねぇ、どこに行くのー?」



 するとまだ目的地を知らないセナが私達に問いかけていた。

 それに対して私も「これから長く過ごす場所だ」とだけ伝える。


 セナにとっては同年代の子供達と同じ屋根の下で過ごす方が楽しいだろう。

 それにレクス達もいる王都の中ならば安全も担保される。


 私の判断に、きっと間違いはない。

 


「ほら、ついたわよ!ここが私のママ友がやってる”ミテス孤児院”」



 だがそんな事を考えている内に辿り着いたミテス孤児院。


 貴族が住んでいてもおかしくないような立派な外観と、子供達が数十人走り回っても余りあるほどの広い庭。

 さすがは王都に作られた孤児院というだけはある。


 そして院内から手を振りながら小走りでやって来た女性は、開口一番に言い放つ。



「やーん、ルミナーレさん久しぶりぃ!」



 世界の英雄パーティーの一員にかける第一声にしては、あまりにフランクすぎる挨拶だった。

 しかしルミナーレはそんな事に対して不快感を示したり、腹を立てるような事はしない。

 なぜなら彼女にとってこれが日常だからだ。


 彼女は"神級魔導士"という非常に名誉ある称号を持っている。

 だがそれにも関わらず日々主婦として生きる事を国から許されているのは、こういった"国民に好かれる人間性”が大きく関与しているのだろう。


 元パーティーメンバーの私としては、それが少し誇らしい事のように思えた。



 そしてようやく私達の前に到着していたのは、黒い髪を後ろで一纏めにしているふくよかな女性だった。



「あっ、初めましてレオ様。わたくし、このミテス孤児院の院長をやっておりますミセリと申します。今回の件、既にルミナーレさんから聞いております」

「それは話が早い。早速ですが、この子が預かって欲しいセナになります」



 そう言って私は右の手のひらをセナの頭にポンと乗せていた。

 だがセナの方はまだ何が起こっているのか理解できていない様子だ。



「レオ、ちゃんと説明を」

「あぁ、分かってる」



 ルミナーレに促された私は、セナの目線の高さまで腰を下ろす。

 そしてここに連れて来た理由と、これからの事を話し始めるのだった。



「セナ、今日からここがお前の家だ。沢山の友達も出来るだろう。ちゃんと良い子で過ごすんだぞ」

「わたしの……いえ?なんで?レオもいっしょでしょ?」

「いや、私はしばらく旅に出る。セナはここで待っていてくれ」



 するとセナはようやく自分の置かれた状況を何となく理解したのだろう。

 これまでに見た事のないような真っ赤な顔に変わったかと思えば、私に対してそれはそれは大きな声で言い返していた。



「い・や・だっっ!!レオとイッショにたびにいく!!!」



 そう言ってセナは地面をバンバンと強く踏みつける。

 だがこれは決定事項なのだ。駄々をこねられても結果は変わらない。



「すまない。お前を連れていけるような楽な旅にはならないんだ。安全な王都で待って……」



 だが私が全てを言い終える前に、とうとうセナの方が限界を迎える。



「ぜっっっったい、いや!!!!」



 そう強く言い残したセナは、突然孤児院とは反対の方向に走り出していた。

 彼女が走り出す際、何か水のようなものが顔から飛び散ったような気がする。



「あらぁ〜……。朝レクスから話を聞いた時から、何となくこうなる気はしてたのよね。やっぱり上手くはいかないか」



 すると真横で一部始終を見ていたルミナーレは、呆れた様子でため息をついていた。

 そして私の左肩にポンと手を置き、苦笑いを浮かべながら私に語りかける。



「アナタが追いかけても怒られるだけでしょ。私がちゃんと慰めておくから。だからもう一度レオも考え直してみたら?私もレクスも、そうした方がいいと思ってるわよ」



 そう言ってルミナーレは瞬時に右手から長い魔法の杖を発現させ、その杖に乗ってセナの背中を追いかけていくのだった。



「考え直す……か」



 そう呟いた私の足は動かず、ただルミナーレの背中を見送る事しか出来なかった。


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