第17話 懐かしい空気

「さ、座って座って!お腹減ってるでしょ?たんとお食べっ!」



 食堂にならぶ豪勢な食事を前に、セナは目をキラキラと輝かせていた。



 レクス達の住む豪邸は、それはそれは細部まで清掃の行き届いた気持ちのいい空間だった。

 ルミナーレ自身の性格もあるのだろう、最低限の使用人達で最高の家事効率を叩き出す日常が透けて見えるような気がした。


 だが決して使用人達が疲れている様子などは見えない。

 なにせルミナーレは人間同士のコミュニケーションを重視する情に厚い人間なので、家事を使用人だけに任せるような事はせず、日々彼女達が気持ちよく過ごせるように最善を尽くしているに違いないからだ。



 そして女達の間に生まれた仲間意識は、おそらく心優しい旦那様レクスの居心地を少し悪くする。

 ルミナーレの持つ強い影響力が故の、レクスの肩身の狭さなのだろう。


 一応彼も世界の英雄なのだが、この家の中ではルミナーレこそ最強なのかもしれないな。



「ほら、アンタから自己紹介しなさい」



 するとそんなルミナーレは、自身の隣のイスにちょこんと座る小さな男の子に声をかけていた。

 彼は私が王都を旅立ってから産まれたらしい、レクスとルミナーレの子だ。



「…………」



 だが黄緑の髪色をした少年は、少しうつむいたまま言葉を発しなかった。

 二人の子とは思えないほどに無口なようだ。


 ちなみに彼らの間にはもう一人息子がおり、既にその子はカタリス双翼騎士団の見習いとして他国で頑張っているそうだ。

 親の七光りで高い役職につくような事はなく、あくまでも実力でシッカリと判断された上で今は下積みをしているようだ。



「もう、こんな時ぐらい話しなさいよ”ペスキア”。ごめんなさいね、この子あんまり話さないのよ。悪い子ではないから、セナちゃんも仲良くしてくれると嬉しいな」

「うんっ!いいよ!それよりもオッパイのおねえさん、ごはん食べていい?」



 セナにとっては、無口な少年の心配よりも目の前の食事だ。

 既に両手にフォークを持って準備完了と言わんばかりに熱い視線を送っている。



「あらやだ、オッパイだけじゃないわよセナちゃん。魔法だって凄いんだから。……それにしても”お姉さん”だってレクス。私まだまだ二十代にしか見えないんじゃない?」

「ハハハ!いやいや、さすがにそれは……」



 ヒュオンッ


 一瞬の間にレクスの顔の横三ミリをフォークが通り過ぎていた。

 それはセナでは目視できない、おそらく強者にしか肉眼で追えないような速さの”攻撃”だ。


 だがその攻撃を仕掛けた当の本人であるルミナーレは、まるで何事も無かったかのように進める。



「さて、死人が出る前に食べちゃいましょうか」

「冷めない内に食べちゃいましょうかみたいに言うなよ……」



 レクスの冷静なツッコミに笑顔で青筋を立てるルミナーレだったが、ここはセナの前という事でさすがにグッと堪えたようだ。


 だがこれが、昔から変わらない二人のやり取り。

 ルミナーレの殺気の強さこそ増しているような気はしたが、私にとっては何よりも懐かしい空気だった。



「あら、ペスキアが逃げないわね。セナちゃんみたいに可愛い女の子には甘いのかしら。一体誰に似たんだか」



 食事を終えた我々は、庶民の家の敷地より広いであろう応接室に移動していた。

 大人達は木製の高級イスに座り、子供達は少し離れた場所の床に座り玩具で遊んでいる。



 ようやく一息ついた時間。

 まずは私の方から大人二人への感謝を述べる事にした。



「それにしても、食事と寝床まで用意してもらって本当に助かった。セナの遊び相手もいてくれて良かったよ」



 そう言って私はセナ達の方を見る。

 どうやらペスキア君が一方的にセナへ玩具を渡し、それで遊ぶセナをペスキア君が眺めているという奇妙な構図のようだ。


 レクスともルミナーレとも違う、何とも変わった性格の子だな。

 だがそんな事など気にせず、二人との会話を続ける。



「いいのよぉ、私たち魔王を討伐した仲じゃない。何でも言ってくれていいからねレオ」

「そうだぞ。だから隠し事は無しだ。聞かせてもらうぞセナちゃんの事」



 あぁ、レクスの言う通りだ。

 もし自分が逆の立場であれば、妻を亡くしたはずの親友がセナという謎の子供を連れて帰って来たら、何が起こったのか気になって仕方がない。


 二人はこの世界で信頼出来る数少ない内の二人だ。

 私は相談もかねて重い口を開く事にしていた。



「セナを砂漠で拾ったという話だけはしたと思うんだが……実を言うと、私は彼女を”転生者”なのではないかと疑っている」

「「て、転生者!?」」



 夫婦仲良く口を揃えて叫んでいた。

 だがセナに聞こえてしまうので、私は人差し指を口の前に置いて”声を小さく”というジェスチャーだけを送った。



「す、すまない。驚きすぎてつい声が……。それで、レオはどうして転生者だと思ったんだ?」

「これは全て推測から来ているんだが……。まずセナは魔王の存在を知らなかった。そして彼女を見つけたのはスタッドザンドの街から二時間近く歩いた砂漠の中だったんだ。しかも見つける直前に強い光も見た。今まで見た事のない種類の光だ」

「なるほど?」

「そしてセナと話した限りだと、色んな場所を旅して来た私でも全く知らない地名や固有名詞を多く知っていた。ニホンだかアメリカだか、そんな感じの地名だ。まるで”別世界の話”をしているかのようにね」



 それを聞いた二人は、同時にイスの背もたれにもたれかかっていた。

 レクスは右手をアゴに当てながら眉をひそめ、ルミナーレは大きく息を吸って天井を見上げている。


 この二人の頭の回転の速さは私などの比ではない。

 おそらく脳内では膨大な情報が駆け巡っているのだろう。



「転生か……。地方の街に伝わる神話レベルでは聞いた事はある。実際、転生を研究している学者もいるって話だ。だがどれも信憑性は低い。あくまでも作り話の域は出ないだろうな」



 レクスは情報の整理かつ、自身の知識の共有を始めていた。

 さらにルミナーレも続く。



「バールドール遺跡の転移魔法陣。あれの研究終わったの?」

「あぁ、確か四年前に終わったはずだ。あくまでもあの魔法陣は他のダンジョンに転移する機能しか持ち合わせていなかった。別世界へ転移できる可能性などは一切報告されてはいなかったな」

「そっかぁ。私も転移魔法は使えるけど、別世界に飛ぶなんて考えて事も無かったわ。かなり厄介そうな事案ね」



 二人は昔のように真剣な眼差しで問題に立ち向かっていた。

 魔王討伐の旅の道中でも、私と弓使いのスクーロ、そしてレクスとルミナーレの四人で火を囲みながら作戦を考えた事もあった。


 本当なら私も真剣に転生について考えなければいけないのだが、なぜかこの時に限っては”懐かしさ”が感情の中心から動く事はなかった。



 だがその間にも二人の議論は熱を帯びていき……。



「とりあえずレオ、転生の可能性が高いってだけで、まだ転生してきたと確定した訳ではないんだよな」

「……え?あぁ、うん。そうだな」

「つまり転生というワードだけに引っ張られるのは危険だ。あくまでも転生を主軸としつつ広い視点で考えていこう」

「そうね、私もレクスに賛成よ」



 こうして一旦は議論に関しての区切りがついていた。

 やはり転生というあまりに非日常な題材には、我々の知識に限界があったようだ。


 するとここでルミナーレが何かに気付く。



「あら、二人とも寝ちゃってるわ」



 さすがは母親、一番に子供達の変化に気付いていた。


 二人とも床に玩具を散乱させたまま、気持ちよさそうにスヤスヤと眠っている。

 今日のセナは、アルドル達とたくさん遊んだ影響で体の芯から疲れてしまったのだろう。


 睡魔という悪魔にはどんな人間も勝てない。

 頭の回転が悪くなる前に、私も早く”あの話”をしておこう。



「じゃあ最後に、私からもう一つだけいいかい?」



 これから話す内容は私がこの王都にやって来た真の目的、すなわち”最重要事項”だ。



「……私はこの王都にセナを置いていこうと思っている。そして彼女が元の世界に戻る為の転生法を探す旅に出ようと思っているんだ。

 だから二人には、セナを預けられるような人を紹介して欲しい」



 二人は少しだけ目を見開いて驚く様子を見せたが、スグに納得した様子で首を小さくタテに揺らしていた。


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