第15話 神級魔道士

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【神級魔道士ルミナーレ】


 魔王討伐パーティの魔法使いとして活躍した女性の魔法使い。

 弓使いスクーロと共に英雄レクス・剣聖レオの後方支援役として魔人討伐の功績を積み重ねていった彼女だが、実は神級の攻撃魔法を使える事でも知られている。


 支援役だからといって気を抜いた魔族は、一匹残らず塵にされた事だろう。


 なお英雄レクスとは、魔王封印後に結婚している。



””英雄戦記より一部抜粋””


────


 十分ほど歩いただろうか?

 私とセナ、そしてレクスの三人は王城から少し離れた通りを横並びに歩いていた。



「なぁセナ、手を繋がないとダメなのか?」

「ダメ!もうくらいからセナが迷子になっちゃうよ!!」



 そう言って私とレクスの間を歩くセナは、両手を私たちの手で埋めている。

 それにしても、なんと贅沢な護送なのだろう。

 今なら魔王が復活して襲ってきても、ある程度対処できてしまいそうだ。


 ちなみにセナと身長差のある私達オジサンは、ヒザを不自然に曲げながらずっと歩き続けている。

 二日後の朝には変な部位が筋肉痛になっていそうで恐ろしい限りだ。



「なぁセナちゃん、レオはどうだ?優しいか?」



 すると突然レクスがセナに問いかけていた。

 それに対しセナも楽しそうな様子で答える。



「うん、やさしーよ!でもね、声がちっちゃいときがあるの。ゲンキないのかなーっ」

「だとさレオ」

「歳のせいかもな」

「いやいや、お前とスクーロは昔から声小さかったよ。旅の道中は、いっつも俺とルミナーレばっかり話してたもんな」



 スクーロとはパーティーのアーチャーとして活躍してくれた女性だ。

 そんな四人での旅の日々を思い出しながら、レクスは昔話を楽しそうに話している。



「ねぇレクスさん。むかしのレオはどんなのだったの?カミはしろかったの?」

「いや、昔はレオの髪は黒かったよ。目が少し隠れるぐらい前髪を伸ばしてさ、結構モテモテだったんだよ」

「モテモテっ!!」

「そうそう。だけどレオは女には一切興味がなかった。奥さん一筋だったからな。だけどそれがまたカッコいいって言われてて、当時の俺は怒ったね。”お前だけモテて不快だ。せめて俺に紹介しろ”ってね」

「でもレクスさんはチャラそうだからモテないよ」

「……セナちゃん、どこでそんな言葉覚えたの?オジサン泣くからやめなさい?」



 だがレクスの反応を見たセナは、楽しそうにケラケラと笑っている。

 まったく、この子は性格が良いのか悪いのか分からんな。


 ……だがレクスの話を聞いて、そんな時期もあった事を思い出した。

 あの時にの世界は常に灰色だった。


 妻の顔を忘れた日は一度たりとも無かったあの日々。

 今では顔の輪郭は少しあやふやになり、声はほとんど忘れてしまった。


 最後に会ったのは三十年……、いや四十年年近くになるのか。



 だが私はまだ、生きている。



 セナの手の色を確認した私の手は、自然と握る力が強くなった気がした。



「さて、”着いてしまった”とでも言おうか」



 なぜか自宅に着いたはずのレクスは、緊張でツバをごくりと飲み込んでいた。

 このプールに池に庭付き豪邸の中には、とんでもなく強い魔人でも住んでいるのか?

 とりあえずレクスを先に歩かせて、様子を見る事にしよう。

 


「レ、レオ。とりあえずルミナーレには客人を連れていくという事だけは事前に入れている」

「まさか私が来るとは言っていないのか?」

「言ってない……まぁサプライズってやつだ」



 いらんサプライズを用意しよって。

 私に再会したところで、ルミナーレが喜ぶ可能性など低いだろうに。



「と、とりあえず俺が機嫌を確認してくる。二人は一旦そこで待っててくれ」



 なぜかレクスは私たちを大きな庭園に挟まれた玄関正面の石道に待機させていた。

 それにしてもルミナーレはそんなに危険な女だっただろうか?

 私が王都を離れた数年でかなり凶暴になってしまったのだろうか?


 だがそんな事を考えている内にもレクスはゆっくりと歩みを進め、そしてとうとう豪邸の玄関扉をスゥ……と開くのだった。



 ────私の視界が真っ暗になったのは、そこから一秒後のことだ。



”スパァアアンッッッ!!”



 何か柔らかい布のようなモノが、とてつもないスピードで私の顔に直撃していたのだ!



「……痛い」

「レオのかおがなくなっちゃった!!?」



 鈍い痛みを感じている私と、突然の事に驚いているセナ。

 ちなみに顔に直撃する寸前で視認した限り、どうやら私の顔にへばり付いているコレは男性用の寝巻きだと思われる。


 なぜ寝巻きが私の顔に飛んできて、しかも張り付いているのか?

 だが何が起きたのかを理解するよりも先に、玄関の奥から聞き慣れた声で怒声が響く。



「だ・か・ら!!?寝巻きをベッドの上に脱ぎ散らかすなって私言ったよねぇ!?英雄様の立派な脳みそには理解できませんかぁ!!?」

「あ、いや、ルミナーレ……。その、客人が……」

「あぁ?客人?どこに……あっ」



 寝巻きのせいで確認できないが、おそらくルミナーレは顔に寝巻きが直撃したまま棒立ちしている私の存在に気付いたのだろう。

 その横で私の顔を見て唖然としているであろうセナにも気付いたはずだ。



「ね、ねぇレクス。私、客人のお顔にアンタの寝巻きを直撃させたかもしれないわ」

「確実に直撃してるねぇ」

「あ、あの方は偉い方かしら」

「それはもう、世界トップクラスに偉い人だねぇ」



 するとこのタイミングで顔に張り付いていた寝巻きが、ボトっと地面の石道に落ちた。

 ようやく開かれた私の視界に映ったのは、数十年前の記憶よりも少しだけ体の丸くなったルミナーレの姿だった。


 少し緑がかった長い髪を後頭部で団子のように結び、右側の長い前髪だけタランとアゴの付近まで垂らしている。

 キリッとした目と長いまつげは相変わらずだな。


 そして口には絶対に出さないが、彼女も私たち同様に少しシワが増えたような気がする。



「久しぶりだねルミナーレ」



 とりあえず私はなんとも気まずい空気の中で再会の言葉を口にしていた。

 それを聞いた彼女の反応はと言うと……



「えぇっ!?ウソ、ウソ!!レオじゃないの!!?キャー、ホントにレオー!!?」



 そしてその場でピョンピョンと小さく飛び上がったルミナーレは、それはそれは安心した様子で続けた。



「偉い人じゃなくて良かったぁぁあ〜!!」



 【剣聖】というこの国唯一の称号は、かつてのパーティメンバーにとっては大した称号ではないようだ。


 だが私はそれが少し嬉しく感じていた。


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