第14話 模擬戦を終えて
「私の妻と祖父は、魔人に殺された。そしてその二人を殺した魔人こそ……僕の父親だ」
私はほとんどの人間が知らない事実をラーナ君に話していた。
そもそも私の父親が魔人だった事を知っている人すら少ない。
きっとラーナ君は勉強熱心なのだろう、歴史を勉強している内に知ってしまったに違いない。
だが一つだけ、一つだけ勘違いされている事もある。
それは私が産まれた時に、父はまだ魔人ではなかったという事だ。
「ラーナ君。私は正確には魔人の子供ではない。父が魔人に堕ちてしまったのは、私が産まれてから数年後の事なんだ」
「そうだったの……ですか」
この世界における魔族の最上位種・【魔人】
魔族という種族の中において、産まれながらに強力な力を持っているいわば”選ばれし魔族”だ。
しかしこの魔人という存在は、強い肉体と精神を持つ人間からも作り出す事が出来る。
事実私の父親は人間を超える力を求めた結果、魔人へと堕ちた。
もちろんそれは恥ずべき行為だ。
誰もそれを止められなかった事も含め、一族の汚点と言っていいだろう。
「ぼ、ぼぼ、僕はそんな事実を知らないまま……レオ様に対して失礼な事を……」
「いやいいんだ。その怒りは正しい。私にとっても魔族は最も憎むべき存在だからね。それに妹さんを殺されたラーナ君になら、この話をしてもいいと思えたんだ。君なら私の心に空いた穴の痛みを理解してくれると思ってね」
私は自然と内側からこぼれた笑みをラーナ君に向けていた。
するとそれを見た彼は、目に涙を溜めながら声を絞り出す。
「アナタは……レオ様はその力を手に入れるまでに、一体どれだけのモノを失ったのですか……!?」
そう言ってラーナ君は石床に泣き崩れてしまった。
するとその様子を横で見ていたセナも、私と同様に彼の背中を優しく撫で始める。
大丈夫だよ、大丈夫だよ、と小さな声でラーナ君を慰めてくれている彼女の心は本当にキレイだ。
……そして私は先ほどの彼の問いかけに対し、私はただ事実だけを述べる事にした。
「片手では収まらない程度だよ」
しばらくラーナ君の啜り泣く声だけが響いていた。
────
「レオ様ぁ〜!僕を弟子にしてくださいよぉ〜!!なんでアルドルには教えたんですかぁ〜!!」
一通り泣き終えたラーナ君は、なぜか私に赤い目元のまま弟子入りを懇願していた。
どうやら純粋な人間の血しか持っていないはずの私の強さに驚き、弟子にして欲しくなったようだ。
ちなみにアルドルは自らの手で顔を変形させ、ざまぁみろと言わんばかりの変顔をラーナ君に披露している。
「すまないラーナ君。もう教室は十五年ほど前に閉じたんだ。アルドルはたまたまその時の生徒だっただけで……」
「嫌です!僕もレオ様の強さを感じたい!毎日でも、毎秒でも!だからお願いしますよぉ〜!!」
数分前までラーナ君に対して持っていた”クールな印象”は、もはや完全に崩れ去ってしまった。
こうなってしまっては、ただの子供でしかない。
「大丈夫だよ。君は十分に強かった。だけど私が二十代だった頃の
するとそれを私の後ろで聞いていた英雄・レクスが不満気に口を開く。
「今の若い部隊長達は、魔人との戦闘経験が無い奴がほとんどだからな。死を超えてでも剣を振るい続けないと勝てない相手に会ったことがない。自分が限界を超えられることをまだ知らないんだ」
「なるほど、それは大変そうだね英雄様。君といえど指導力まで伝説級とはいかない訳だ」
「俺は俺で各国の貴族の機嫌を取る為に忙しんだよ!そうしないと世界はとっくに領土争いの戦禍でボロボロになってる。……まぁこれが言い訳なのは分かってるよ。情けない話だ。だがそれはそうとして、ラーナよ」
するとレクスの表情はさらに曇る。
「先ほどの情けない模擬戦は看過できないぞ?あれだけ反復させた基本動作すら怪しかったよな?明日からはココにいる”本当の師匠”が、もっっっっっと楽しい剣術修行をしてやるから、楽しみにしておけ???」
それを聞いたラーナ君は、本当に本当に小さな声で”はぃ……”とだけ返事をしていた。
ちなみにレクスの方は満面の笑みで殺気を放っている。
ラーナ君が明日からの修行で死なない事を祈るばかりだ。
◇
「なぁレオ、今夜はウチに泊まっていくだろう?」
レクスは改まった様子で私に提案をしていた。
今夜をどう過ごすのか詳細を決めていなかった私にとっては、願ってもない提案だ。
「あぁ、レクスが問題ないなら世話になろうかな」
「えぇっと、俺はいつでも問題ないんだが、奥さんがな……。事前にちゃんと連絡しておかないと」
そう言って少し額に汗を滲ませるレクス。
彼の妻といえば、再婚していない限りは”あの人”で間違いない。
……なるほど、どうやらシッカリと尻に敷かれているようだな。
世界の英雄も自宅に帰ればただの気弱な夫のようだ。
「では事前に連絡をお願いしようかな。私が嫌われていたら現地で断られるかもしれないからね」
「さすがにそんな事はないと思うけどな。だけど今は子育てで毎日大変なんだよ。結構ストレス溜まってるっぽくてさ」
「……相手の言い分も聞いてみない事には、ストレスの原因は分からないぞ?」
「お、俺がストレスの原因ってコトか!?」
「そこまでは言ってない」
そしてガタガタとヒザを震わせるレクスの肩をポンッと叩いた私は、アルドル達と追いかけっこをするセナの元へと向かった。
どうやらラーナ君も追いかけっこに参加しているようで、セナは身長の高いラーナ君の頭にしがみつき、背の低いアルドルから器用に逃げ続けているようだ。
それにしてもセナは人の懐に入り込むのが上手な子だ。
私が言うのもなんだが、あの気難しそうな二人とスグに打ち解けているのは才能と言う他ないかもな。
私にもあれぐらいのコミュニケーション能力があれば、少しは人付き合いが好きになっていたのだろうか?
そんな変えられない過去に思いを馳せる夕刻前だった。
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