第13話 ラーナの世界

 レオ・レクティオ。

 僕はこの男が嫌いだ。


 それはこの国においてたった一人にしか与えられない【剣聖】の称号を、こんな”濁った血”を持つ男が持っている事が耐えられなかったからだ。


 剣聖と呼ばれるべきは、我がカタリス双翼騎士団の名誉団長・レクス様しかいない。

 それ以外あってはならない。


 世界を徘徊していただけの老人が剣聖だと?笑わせるな。

 今からこの模擬戦で、【フルーメン】の部隊長であるこの僕・ラーナが剣聖レオを叩き潰す。


 そして剣聖の称号をレクス様へ譲るように約束させるんだ。


 ヤツの骨が折れようが、いくら血を吐こうが、コイツが”譲る”と言うまで僕は絶対に攻撃をやめるつもりはない。


 ────レオ・レクティオを、今日ここで終わらせる。



「両者互いに、礼ッ!」



 レクス様を挟んだ形で、僕とレオ・レクティオは向き合って頭を下げる。

 なんとヤツが使うのは木刀。対する私は真剣だ。


 剣を使った雷撃を出してはいけないとは言われたが、ふざけるな。そんなの使う必要がある訳ないだろう。

 一体どこまで僕を愚弄するつもりなんだ……!



 そういえばレクス様が昔おっしゃっていた事がある。

 剣聖レオの全盛期は、木の枝だけ持ってる状態でも現代の部隊長の本気と同等の戦闘力だった、と……。


 だがそんな事あるはずがない。

 そんな者は人間ではなく、魔族の類だ。


 もしレオ本人もその間違いを真に受けているのなら、もはや哀れみすら感じてしまう。



 そもそもコイツが強いと言われていたのは、使っていた剣のおかげでしかない。

 万物全ての結合を否定する最強の剣、その名も”デヴィシオル”。


 どこで手に入れたのかは知らないが、その剣さえあれば誰でも剣聖と呼ばれるだけの実績を積む事が出来るだろうな。

 それを”自分の実力”と勘違いした老人が、部隊長である僕に木刀で対抗するというのだ。


 だから笑えない。ただただ不快だ。

 手が震えるほどに僕の怒りは最高潮を迎えている。



「それでは……始めッッ!!」



 そしてとうとうレクス様の号令によって始まった剣聖レオとの模擬戦。

 ヤツに何の目的があるのかは知らんが、全て無駄に終わらせてやる。


 僕は雷の第八代目部隊長。

 お前が魔王を倒した頃に部隊長だったラウー様には敵わないかもしれないが、それでも歴代で見れば三本の指に入る強さと言われるような部隊長だ。


 お前が何の苦労もない旅をしている間に、僕は気を失うほどの努力を重ねてきた。

 お前が偽りの玉座に座っている間に、僕は何百もの魔族を地獄に葬ってきた。



「……ぁぁぁああああ!!」



 お前もその内の一体に入れてやる。

 今これから、お前に地獄だけを見せてやる。


 この世界から魔族を、魔人を、一匹残らず殺処分するのは僕だ。

 消えてしまえ!濁った血のレオ・レクティオ!!



「……ッ痛!?」



 ん?なんだ?

 右手首に痛みが走ったのか?


 確か僕はレオに向かって遥か上空から剣を振るい、おしくも寸前でかわされた。

 だがその際に攻撃を受けた覚えなどない。

 じゃあこれは何の痛みだ?



 ……そうか、怒りに任せて剣を振るったせいで、僕の手首が耐えられなかったのか。

 何をしているんだ、落ちつけ。

 確かにレオは殺すべき対象だが、自分のスタイルを見失ってはいけない。


 僕のスタイルは騎士団イチの体格を活かした重い斬撃と、レクス様に流水のように滑らかと言っていただけた剣筋。


 ただ剣の能力だけに頼ってきたレオとは違う。

 僕自身の持つ圧倒的な技術で叩き潰す!



「ふんっ!はぁッ!」



 クソ!また寸前でかわされた。

 横に薙ぎ払ったのだが、あと二センチで当たっていたな。


 まったく運の良い奴め。だがいつまでその体力が持つかな?



 ……痛っ



 待て、また痛みだと?

 次は右の足首。なんだこれは?


 怒りに満ちたせいで、いつも使わないような筋肉を使ってしまっているのか?

 だがそんな事で痛くなるような緩い体作りなどしてはいない。


 ……ならこの痛みは何だッ!?



「どうした?動きが鈍ってきたんじゃないかい?」



 なぜかレオの方が涼しい顔で僕に語りかける。


 ……ふざけるな

 ふざけるなふざけるなふざけるなぁぁ!!

 僕の上に立ったつもりになるなぁっ!!



「逃げてばかりで恥ずかしくないのか剣聖ぇ!?」



 僕は叫びながら剣を振るい続ける。

 右、左、下、正面、右斜め上……。


 ダメだ、どこから攻撃をしかけても全て避けられる。



「ほら、ここにもスキがあるぞ?」



 コイツ、また挑発を!!

 舐め腐った態度でヒラリと僕の攻撃をかわし続けやがって!


 ……だが何かがおかしい。

 薄々僕も気付き始めている。


 あぁ、僕の体が動かなくなってきているのか。

 左肩……いや、右足もほとんど力が入らない?



「さすがに部隊長はタフだね。少し強めにいくよ」



 するとレオがそう呟いた直後の事だった。


 ヤツは僕が放った首への攻撃をかわした流れで、僕の右胸に木刀のきっさきをドンッと強く当てていたのだ。



「かっ……くぅ……!」



 この鈍い痛み、初めてじゃない。


 あぁそうか、そういう事だったのか。

 僕はずっと攻撃していたんじゃない。ずっと攻撃されていたんだ。


 ヤツは僕の攻撃をよけながら、僕に見えない角度でカウンターを入れ続けていたのだ。

 冷静さを失った僕の剣と、的確に関節や筋肉に攻撃を与え続けたレオの木刀。


 気付けば僕の足には力が入らなくなり、とうとうその場で大の字に倒れる事しかできなくなっていた。



────



 僕だって雷の部隊長を任されるような実力者だ。

 途中からヤツとの間には埋められないほどの実力差がある事なんてとっくに気付いていた。

 仮に僕が冷静に剣を振るい続けていたとしても、きっと結果は同じだったように思う。


 これが悔しさか。

 久しぶりの感情だ。


 だがヤツは濁った血。

 つまりは”魔族と人間から産まれてきた人間もどき”だ。


 普通の人間よりも身体能力が高いのは当然のこと。

 やはりコイツに剣聖の名は相応しくない。


 絶対、絶対にだ。



「大丈夫かいラーナ君」



 レオは倒れる僕に手を差し伸べていた。

 誰がこんな汚れた手など取るか。



「一人で……起きられます」



 僕は全身の痛みに耐えながら上体を起こす。

 ヤツは少し悲しそうな顔をしているな。ザマァみろ。


 だが懲りることなくヤツは僕の隣で片膝をついていた。

 なぜか目線の高さを合わせて、何かを僕に語ろうとしているようだ。



「何のつもりですか。慰めなどいりませんが?」

「少し私の話を聞いてほしい、ただそれだけだよ」



 そして彼は僕の知らない真実を語り始めるのだった。



「私の妻と祖父は、魔人に殺された。そしてその二人を殺した魔人こそ……僕の父親だ」


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