第11話 世界の英雄


 カタリス双翼騎士団の団員達が生活する事でも知られる"クストディーレとりで"。

 ここは王都の中心にそびえ立つ王城・"デイ・カストル城"をグルッと囲むようにして建設されている。


 まさに王を守る最終防御線とも言い換えられる砦。

 世界有数の戦闘力を持つ団員達が常駐している事もあり、文字通り世界一安全な場所としても知られている。



 そして私はそんなクストディーレ砦に数十年ぶりに足を踏み入れていた。



「この王都を出て行った日以来か……」



 自然と口からこぼれ出た独り言。

 どうやら私は思っている以上に緊張を感じているようだ。


 鉄でできた門を二つほどくぐり、ゆっくりと砦の中心へと歩みを進めていく。

 上空に貼られた防御魔法壁を近くでジックリ観察すると、数十年前よりも防御魔法の質は上がっているように見えた。


 私がいない間にも、世界は着々と進化を続けている。

 だが年齢のおかげか焦るような気持ちは湧いてこなかった。

 これが気持ちの老いというモノなのかもしれないな。



「レオ・レクティオ様。お待ちしておりました、奥で皆様がお待ちです」



 最後の鉄扉の横に立つ門番が、私に向かって報告をする。

 いよいよ辿り着いてしまった砦の中央部では、たった一枚の扉では隠しきれないほどの魔力が漏れ出ていた。


 この”強さ”と”高貴さ”を兼ね備えた唯一無二の魔力、やはり懐かしいね。


 【ギィィィィイ……ィ……】


 そして軋んだ音を立てながら開いた最後の鉄扉の先にいたのは……



「こんのクソガキッ!ちょこまかと逃げやがって!!!」

「アハハハハ!!アルドル鬼ごっこヘタクソ〜!!」



 なぜか広場で鬼ごっこを繰り広げるセナとアルドルの姿だった。


 なんか思ってたのと違うなぁ……。



「おっ、やっと来たか先生!待ちくたびれてセナと遊んじまったぜ。どうしても遊びたいって聞かねぇからさぁ?」

「ちがうよ!アルドルがやりたいっていったんだよ!セナをむりやり鬼にした!」

「は、はぁ!?俺がそんなガキみたいな事言うわけねぇだろ!」

「言ったもん!誰もいないからやろうぜって言ったもん!!」

「バッ……おま……!」



 はいはい、アルドルが誘ったんだな。

 背丈が変わっても、中身は子供のままでなによりだ。

 それに二人とも仲が良さそうだし、子守を任せられるのも助かるな。



 ……だがそんな事を考えている時だった。

 あの聴き慣れた声が私の斜め後ろから響いたのだ。



「まさか子供を連れて帰ってくるとは思ってなかったよ、レオ」



 腕を組んで壁にもたれかかっていたのは、この世界の英雄。

 私も所属していたパーティーのリーダーとして魔王に致命傷を与え封印した、まさに勇者。


 そう、”レクス・グラディオ”だったのだ。



────



「久しぶりだねレクス。少し老けたかい?」

「髪もヒゲも白くなったお前だけには言われたくないな、レオ」



 私たちは適当な会話を交わしつつ、少しずつ距離を詰めていく。

 そして彼のほうれい線をハッキリと目視できる距離になった時、お互いに自然と右手を差し出していた。


 ”ガシッ”


 こうして私達は約十五年ぶりとなる固い握手を交わすのだ。



「元気そうでよかったよレオ」

「あぁ、君もな」

「ところであの子供は?」

「スタッドザンド周辺の砂漠で拾った。詳細は夜にでも話そう」

「スタッドザンドって、最近影アンブラが内戦を止めた砂漠都市じゃないか?その話、今じゃダメなのか?」

「……少し長くなりそうなんだ」



 するとそれを聞いたレクスは、まるで全てを察したかのように神妙な面持ちで頷いていた。

 少し長めの金髪に、赤色の研ぎ澄まされた眼。

 鍛え上げられた太い首からも分かる通り、肉体は全盛期の頃からほとんど変わっていないようにも思える。


 それに彼は昔から卓越した剣術だけではなく、非常に頭もキレる男だった。

 当時は剣だけに頼り切っていた私が旅の道中でも死ななかったのは、ほとんど彼のおかげと言っても過言ではない。



「変わってないねレクス」

「お前は少し優しい顔になったなレオ。夜に沢山話を聞かせてくれ」



 そう言って私たちは固い握手を解くのだった。


 するとそんなタイミングを見計らったかのように、砦の入り口から一人の男がやってくる。

 そんな彼が着ているのはアルドルやレクスと同じ”白と金”のコート。

 どうやらカタリス双翼騎士団の部隊長以上の人間のようだ。



「あぁ、こんな所にいらっしゃったのですかレクス様。突然パレードを抜けられたので、団長も困っていましたよ」



 落ち着いたトーンでレクスに語りかけた彼は、非常に身長の高いスラッとした青年だった。

 髪は私とは違う”地毛”の白髪で、目元にはギリギリかからないほどの前髪と耳が完全に見えるほどの短髪が特徴的だ。


 それにしても彼はアルドルとは対照的に、表情がほとんど変わらないな。

 敵からすれば何を考えているのか分からない彼の剣は、非常に恐怖を感じるだろう。


 それに所作にも気品が漂っているし、関節の可動範囲も大きい。

 スラッとしているように見えるが、必要な筋肉がシッカリとついている所を見れば、かなりの強さを持つ隊長なのは明確だ。



 すると早速彼の視線が私の方へと移る。

 そして少し目を凝らした後に、レクスへと質問を投げかけていた。



「レクス様、この方は……?」



 するとその問いかけに対してレクスは、私の紹介を簡潔に始める。



「彼は剣聖レオ。俺と共に魔王を討伐したパーティーのメンバーだよ。おそらく君の百倍強い」

「……なるほど。あのレオ・レクティオ様でしたか」



 すると何故か私の正体を聞いた青年の表情がヒドく曇り始めていた。

 きっとレクスが”百倍強い”とかいらない事を言ったせいだぞ。


 こんなジジイが現役の騎士団員、しかも部隊長より百倍も強い訳がなかろう。



 ────だが白い髪の青年は予想外の言葉を発する。



「つまりアナタは……濁った血を持つ者だ」



 すると何故かそれを聞いたレクスが即座に反応していた。



「”ラーナ”よ。俺の友人を侮辱するのなら……今、ここで、斬るぞ」



 数十年ぶりに肌で感じたレクスの殺気は、遊んでいたセナでさえもバッと振り返るほどの圧だったのは言うまでもない。


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