第7話 剣聖の一振りは
【
それはまさに私が数時間前に斬ったばかりのモンスター。
あそこまで巨大な個体が他にいるとは思えないし、これから私がレイラに怒られるのは避けられないのだろう。
「せ、先生?あのモンスターがどれだけ強く、どれだけ大きな影響力を持っているかご存知ですか?」
「いや、あんまり……」
それを聞いたレイラは、心底信じられないといったような表情を浮かべ、そして若干呆れてもいるように見えた。
「あのねですね先生……。あのレッドスコーピオン、個体名”
「は、はい……」
「何ならアタシ達
レイラは先ほどまでとは別人のように私を叱っている。
だが私自身が事の重大さを理解していない影響なのだろうか、ちゃんと人を叱れるようになったレイラに少し感動をしてしまっていた。
「聞いてますか先生!?」
「……あっ、ちゃんと聞いているよ」
「そもそもあの個体は、数年前に冒険者ギルドが”危険度Aランク”と定めたようなモンスターです。つまり都市を崩壊させる危険度です。そこからさらに成長していると考えると、国家崩壊も可能なSランクになっていてもおかしくはないんです!」
「あ、あれがSランク?一回で斬れたぞ」
「あのですねぇえ!!?先生の一振りを、常人の一振りと一緒にしないでください!!先生みたいに強い方の一振りは、その後の歴史すら変えてしまう可能性がある事をもっと自覚してください!?」
おいおい、そんなに怒ったらせっかくの美人が台無しだぞ。
危険を排除したんだから、ちょっとぐらい褒めてくれてもいいんじゃないのか?と思っている自分すらいる。
きっとこういう性格が昔から女性に怒られやすい原因なのだろうな。
「はぁ、アタシでも一人で倒せるか怪しいレベルのモンスターだったのに……。とにかくアタシが考えていた全ての作戦が白紙同様になってしまいました」
「えっ。それは本当にすまなかった」
「やっと本気で申し訳なさそうな顔になりましたね先生ぇ?」
「い、いや、そんな事はないのだが……」
あんなに小さかったレイラが、今や女性特有の優れた洞察力も身につけているようだ。
まったく恐ろしい弟子だね。
「まぁ、お察しの通りアタシは仕事に戻らないといけなくなりました。お金はここに置いておきますので、余った分はセナちゃんの為にでも使ってあげてください」
「もう行くのかい?」
「仕事を優先しなさいとおっしゃったのは先生じゃないですか!」
「確かに、その通りだった」
「もう……他人事なんだからぁ」
そしてゆっくりと立ち上がったレイラは、無造作に金色の髪をかきあげ右の耳にかけ直す。
その仕草はまさに大人の女性にしか見えない。私にとってもいつまでもあの頃の小さなレイラなのに。
「フフ、久しぶりに成長した姿を見られて嬉しかったよレイラ」
「……まったく、先生も相変わらずのようで安心しました。アタシも先生のような強さを手に入れられるように精進しますね」
「うん、応援しているよ。それより手間を増やしてしまってすまなかったね。セナの事は他の人に頼む事にするよ」
「そうですね……どちらにせよ今のアタシが子守りをするのは無理だったように思います。もしアテがないのであれば、王都に戻ってみるのもいいかもしれません」
「そうだね。そうする事にするよ」
そしてレイラは私に向かって右手を差し出していた。
わざわざ黒い手袋は外しているようだ。
「それではまた、どこかで」
「うん。体調には気をつけるんだよ」
そして私と固い握手を交わした後にレイラはセナの方にも手を伸ばし、ヒザを曲げて別れの挨拶を告げる。
「セナちゃんも元気でね。レオ先生は優しくて強いけど、ちょっと抜けてる所もあるからサポートしてあげて」
「ぬけてるってなに?」
「うーん、そうだなぁ……。ちょっと耳貸して」
するとレイラはセナにしか聞こえないように何かを耳打ちしていた。
なんだか悪口を言われているような気がしてならない。
「分かった!ちょっとおバカさんって事だね!!」
「セセセセセ、セナちゃん?何で口に出しちゃったの???もしかしてお姉さんの事嫌いなの?」
「ううん!レイラお姉ちゃんはキレイでお胸が大きくてカッコいいから好きだよ」
「おぅぅ……アタシが忘れてしまった純粋さを持っているのね。とにかく、またどこかでお話ししましょうねセナちゃん」
「うん!」
そしてレイラは気まずそうに私の横を通り過ぎて行く。
私の事をちょっとおバカさんだと思っているレイラが通り過ぎて行く。
「そ、それじゃあ先生もお元気でぇ〜……」
「あぁ、お馬鹿なりに元気に生きて行く事にするよ」
「……本当に申し訳ございませんでした」
とうとう深く頭を下げて謝罪してしまったレイラ。
まったく、最後まで世話の焼ける弟子だな。
まぁ本心では私も全く怒ってなどいない。
軽口を叩けるような関係でありたいと願っているからね。
だからこそ私は最後にレイラに伝えておきたい事があった。
「なぁレイラ」
「は、はい?」
そして頭を下げるレイラの左肩を、私は右手でポンポンと叩いた。
そして再会した時からずっと隠し切れていなかったレイラの”不安の感情”に、あえて言及する事にした。
「大丈夫。君はよくやっている。君はとても強いよ。私が君のことを誇りに思っているんだ、君も自分の事を誇りに思いなさい。大丈夫だ」
レイラの心の奥底に隠れていた不安を切り倒すように、私は力強く彼女に言い聞かせていた。
そこからレイラの目に力強さが戻った瞬間を、私はしばらく忘れないだろう。
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