第8話 旅立ちと流れ星

「おい急げ!今ならまだ見られるってよっ!!」



 若い青年達が私の横を駆け抜けて行く昼下がり。

 なぜか必要以上に慌ただしく人が動く街中で、私とセナは中心街に徒歩で向かっていた。


 それにしても先ほどのレストランでの会計後に気付いた事なのだが、どうやらレイラはかなり多めに現金を置いていってくれていたようだ。

 そのおかげで食事代はもちろんの事、これからの移動費、その移動中の食費、さらにはその先の宿泊費も十分に払えるほどの額がお釣りとして返ってきた。



「彼女には、またどこかでお礼しないとね」



 私はまたいつか会えるであろうレイラの顔を思い浮かべながら、日差しの強い大通りを歩き続けるのだった。



「レオ!あれかって!」

「ダメだよ。無駄遣いになってしまう」



 砂漠を超えるにあたり、私は商店街で必要な物資を揃えていた。

 主に食料、残りは日中の暑さと夜間の寒さへの対策といった所だ。


 しかし……。



「じゃあアレかって!」

「アレはお菓子じゃないか。もっと効率良くエネルギーになる食料を買うべきだ」

「レオはダメしか言わない!レオはたくさんかってるのに!」

「セナも分も買ってるんだ。……こら、勝手にお菓子を店員に渡すな」

「ぶぇーっだ!!」



 何とも不機嫌そうな様子のセナ。

 短い腕を組みながら私と目を合わせようとはしてくれない。


 やれやれ。世間の親というのは、こんなワガママを毎日浴びせられているのだろうか?

 剣だけ振っていればよかった私の人生は楽だったと言わざるを得ない。



「……分かったよセナ。一つだけ買ってもいいよ」

「ほんとに!?さっすがレオ、わかってるじゃーん」



 ふむ、なんと生意気な生き物だろうか。

 だがお菓子を両手に持ちながらどれにしようかと悩んでいるセナの目はキラキラとしている。

 それを見て少し口角の上がる自分がいた事にも少し驚いたような、そんな買い物の時間だった。



「まいどあり」



 そして多くの食材を買い溜めた私たちは、いよいよ目的地へと向かう。


 セナは私が買ってあげたスネークキャンディを右手で持ちながら楽しそうに歩いていた。

 彼女の顔よりも長いスネークキャンディは、心なしかいつもより大きく見える気がする。


 ……訂正、買ってあげたのは私ではなくレイラだな。

 とにかく機嫌が戻ったようでなによりだ。



「お客さん、運が良かったね!ウチのキャルメルは残り一頭だよ」



 キャルメルの貸し出しをしている店主は、私たちに向かって笑顔で語りかけていた。

 キャルメルとは砂漠を超えるには最適の生き物。

 背中についた大きな三つのコブが特徴的な、薄茶の毛並みを持つ動物だ。



「ラクダさんだね」

「セナの住んでいた所ではラクダと言うのか」

「うん。せなかがボコってなってるでしょ。だからね、ラクダさんなんだよ」

「そうか。なら私もラクダと呼ぶ事にしよう」



 それにしても今日は”ラクダ”の数が極端に少ないな。

 街も妙に慌ただしく見えるし、何かトラブルでもあったのだろうか?


 するとラクダを貸し出してくれた店主は、私が問いかける前にその疑問の答えを語り始める。



「お客さんも他の街へ行くんだろ?なにせあの”砂漠の門番”が倒されたんだ。これから安全に人もモノもドンドンと動き始めるぞ?」

「砂漠の……門番……」

「知らないのかい?砂漠にいる大型のレッドスコーピオンの事だよ。処刑人なんて呼び方もされてたっけな。今や街中がヤツの素材の奪い合いや、隣街との貿易の準備で大忙しだ」

「そ、そうだったのか」



 まさか街が慌ただしくなっていた原因が私だったとは。

 レイラの言っていた”私の一振り”の意味が、本当の意味で実感できたような気がする。



「それじゃあお客さん、砂漠越え頑張ってな。あとそのキャルメルは目的地についたら水でもやって放っておいてくれ。コイツらは方向感覚が良いんだ。勝手にこの街に帰ってくるようになってる」

「分かった。感謝する」



 こうして私達は砂漠の街・スタッドザンドを後にして、次なる目的地であるカタリス王国王都・ドルーローシェへと向かうのだった。



────



 夜の砂漠は冷える。

 出発したのが日暮れ前だったので、スグに辺り一体は暗闇へと変化していた。


 明日の朝から移動を開始する事も出来たのだが、なにせ今はセナがいる。

 あの暑さの中で移動するリスクを考えれば、おのずとこの時間に距離を稼いでおくのが最善だと考えたのだ。



「みてレオ、おほしさまがいっぱいだよ」

「あぁ、そうだな。砂漠では星がよく見える」



 まるで私たちを飲み込むかのように、地面の砂以外の全てが星空に変わったような景色。

 まるで雲の上を歩いているかのような錯覚に襲われる事さえあった。



 ……美しいな。



「プラネタリウムでみたのと、ちょっとちがう」

「ぷらね……なんだ?」

「プラネタリウム!!レオしらないの?あのね、まるいへやの中でおほしさまがみれるんだよ」

「それは凄い魔法だな。何のために生み出されたんだろうか」

「きれいだから!」

「綺麗だから……か。そうだな、きっとその通りだろう」



 私たちは顔を上げながら会話を重ねる。

 まさかこんな夜を迎える事になるなんて、セナと出会うまでは考えもしなかったな。


 ……じゃあ今、私の前に座っているセナはどう思っているのだろうか。

 元の世界へ帰りたいと思っているのだろうか?


 突然両親と別れてしまった彼女の心は、この星空のように光と闇が交錯しているんじゃないのか?

 この年になると、そんな事を考えてしまうようになった。



「セナ、星は好きか?」

「まーまーかな」

「まぁまぁか……」

「でもね、パパとママもおなじホシをみてるかもしれないから、やっぱりすきかな〜」

「……会いたいか?」



 スグに私は後悔した。

 どうしてこんな質問をしてしまったのだろう、と。


 会いたいに決まっているだろう。

 我ながら馬鹿な質問すぎて溜め息が出そうにすらなった。


 だがセナはポカンと口を開けたまま、少し考えた様子を見せた後に答えてくれた。



「あいたいけど、いまはレオがいるからだいじょうぶだよ!レオはセナをたすけてくれたんでしょ?だから、大丈夫だよ」



 子供は全て分かっている。分かっているのだ。

 私の目には、夜空を撫でる一筋の流れ星が見えたような気がした。


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