第6話 クールなボス

「セナちゃんが……異世界からやって来た?」



 レイラは口をポカンとさせながら私を見つめる。

 だがそれもそのはず、かつての師が突拍子も無い憶測を話し始めたのだ。

 いよいよ私がボケ始めたのだと思われても仕方がないと思う。


 だが私がセナを異世界転生者と思っているのは事実なんだ。

 彼女の疑惑の目に臆する事なく続ける。



「あぁそうだ。だから私はセナを元の世界に帰すべきなんじゃないかと考えている。何か異世界転生について知っている事はないかい?」

「異世界転生……。そんなの見た事も聞いた事もありません。アンブラのリーダーであるアタシが知らないので、かなり珍しい例かと」

「そうだよねぇ……」



 情報を得られなかった事に対し、私はハァと小さなため息をつく。

 だが決してレイラが悪い訳ではなく、ただセナの立場が特殊すぎるだけなのだ。

 五十年以上生きて来た私でも異世界に関する情報は神話でしか聞いた事がない。


 ……やはり地道にやっていくしかなさそうだな。



「まぁ知らない事を考えても仕方がない。私はこれからセナが元の世界に戻るための方法を探す旅に出ようかと思っているんだ」

「え、待ってくださいよ先生。セナちゃんが異世界人という事は確定事項なんでしょうか?」

「いや、そういう訳ではない。だが出会った状況とセナ自身が持っている知識を照らし合わせると、その可能性が非常に高かったというだけだ」

「うーん、先生が言うなら十中八九そうなんでしょうね……。思っていたよりも大変な事に巻き込まれていらっしゃったんですね」



 そう言ってレイラはプリンを口いっぱいに頬張っていた。

 本当に大変と思ってくれているのだろうか?

 相変わらずマイペースな子だ。





 だがこのタイミングで、店の入り口からこちらに向かって歩いてくる高身長の黒スーツの青年が目に入った。


 動作からしてかなり戦闘訓練を積んでいるようだな。

 敵意などが無い事から、おそらくレイラの部下だと思われる。


 するとそれに気付いたレイラは、すぐさま自分の目の前に置いてあったスイーツの数々をセナの目の前へと移動させていた。

 どうやら甘いものを沢山食べている所を部下には見られたく無かったようだ。



「ボス、少々よろしいですか?」



 そしてとうとうレイラの横にピシッと立った黒髪で短髪の青年は、レイラの耳元に手を持っていくような形で語りかけていた。


 だがレイラの反応が少しおかしい。



「おいアウラム……アタシが今どなたと話しているのか分かっているのか?」

「い、いえ。失礼ながら存じ上げておりません」

「神だ。神と話しているんだよ?もし再びアタシと神の会話を妨げたら、お前の地位も名誉も……」



 なぜか突然、金色の髪を逆立てて怒りをあらわにするレイラ。

 ……まさか神って、私の事か?

 剣術を教えた記憶はあるが、彼女の神になった覚えは無いぞ。


 さすがに青年に申し訳ないと感じた私は、すぐさまレイラへと語りかける。



「レイラ、やめなさい。君は組織のボスだろう?私に気を使わず、ちゃんと仕事を優先させなさい」

「せ、先生がそういうなら……。はぁ、すまなかったなアウラム。それで要件は?」



 気を取り直したレイラは、私には見せた事のないようなキリッとして真面目な表情を青年に向けていた。


 なるほど、これが仕事中のレイラか。

 きっと普段は部下からも信頼されているようなクールでカッコいいボスなのだろう。


 ……あぁそうか。だからわざわざ甘いスイーツを隠したのか。

 可愛い部分を部下に見られたくなかったという事かな?

 フフ、中身は変わらず子供のままだ。



「実は砂漠北部で……」

「誰がやったのかは……」

「続報が入り次第……」



 だがそんな事を考えている内に、青年の呟きが少しだけ聞こえてくる。

 砂漠で何かが起こったようだな。



「分かった、報告ご苦労。引き続き監視に務めろ」

「はっ」



 お、どうやら報告は終わったようだ。

 だがレイラの表情は少し曇ったように見える。



「何かあったのかい?」

「いやそれが……。どうやらこの一帯の砂漠を支配していた最強のモンスターが、砂漠の北部付近で真っ二つになって討伐されていたそうです。これは予想外かつ大変な事態です。アタシ達が立てていたプランが全て白紙になりそうなぐらいには」

「それは大変だ。ちなみに何のモンスターだったんだい?」



 私が何気なく聞いた質問だったが、まさかそれが私自身の首を絞める事になるとは思いもしなかった。



「討伐されていたのは、レッドスコーピオン種。通称”砂の処刑人エクスキューショナー”です」

「あっ……」



 私は思わず声を漏らしていた。

 さすがのレイラもそれを聞き逃すようなミスはしてくれない。



「先生、アナタまさか……?」



 残念な事に、レイラの表情はさらに曇りを極めていくのだった。


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