第4話 レイラ

 私を”先生”と呼ぶ人間は限られている。


 それは”私が仲間達と共に魔王を封印”した後に開いた剣術教室で教えていた生徒達だ。

 それ以外に先生と呼ばれるような事をしてきた覚えはない。



「レ、レオ先生ですよね!?あの頃よりも雰囲気が変わっていたので気付きませんでした!」



 私が後ろから首の前に刃を向けて拘束している女は、先ほどまでとは別人のようにキラキラとした目で私に言い放っていた。


 さすがに敵意を感じなかったので、私はそのままゆっくりと剣を下ろす。

 もしこれが私を油断させる為の演技だったとしたら、相当な策士だ。



「ほら先生、覚えてないのですか!?私の顔をよく見て下さいよっ!!あの頃は子供だったけど……でもほら、ほら!髪とか目の色とか!」

「うーん、金髪で碧眼の女の子といえば……。あっ」



 そこで私はハッとした。

 確かに言われてみれば数十年前までやっていた剣術教室に、目の前にいる女性と同じ特徴を持った少女がいたのだ。


 最初は言葉少なく、仲間との訓練も拒否していたような気難しい子だった。

 だがしばらくして環境に慣れて来たのか、少しずつ剣術や戦闘術に興味を持ち始め、気付けば同年代の中では最も優れた腕前を持つ剣士になったのをよく覚えている。


 確か名前は……



「レイラ、なのか?」

「……ッ!!」



 彼女は私の言葉を聞いた瞬間に、真顔のまま涙を滝のように流し始めていた。

 涙が流れる際にドバァという音が聞こえた気がしたのは、生きていて初めての経験だ。



「そうです……覚えていてくださってよかったです……もうアタシ今、死んでもいいです」

「いやダメだよ。それにしても、レイラも昔と比べて随分と雰囲気が変わったね」

「そ、そうですか!?綺麗になったでしょうか?」

「綺麗なのは元からだよ。それよりも雰囲気が大人っぽくなった」

「そ、そりゃ文字通り子供の頃以来会ってないですもの!もう、先生の天然っぷりは相変わらずですね」



 そう言ってレイラは口元を気品のある所作で押さえながらクスクスと笑っていた。

 あぁ、そうだったな。彼女は笑った時に目尻がグッと下がるんだ。

 少し当時の景色や匂いが蘇った気がする。



「それにしてもレイラ、なぜ私の後ろをつけていたんだい?何か問題があったのか?」

「……あっ、そうでしたね!実は先生と分かっていた訳ではないんです。ただアタシ仕事の関係でたまたまこの街に来ていたんですけど、スキが全くて異常な魔力も持つ人物を見かけて不審に思ったんです」

「それで気になって後をつけてみたら、正体は私だったと」

「そういう事になりますね、フフフ。でも納得です!だって先生以外にあんなスキのない人間がいたのかって本気でビックリしていたんですから!蓋を開けてみればまさか先生ご本人だったなんて、笑い話ですよね」



 レイラは嬉しそうに笑顔を向けながら語っている。

 それにつられて私も自然と口角を上げてしまっていた。


 だがそれにしても、昔に比べれば随分とレイラも笑顔が増えたものだ。

 昔から暗い顔をしている事が多かった子なので、長い間会っていない内もたまに彼女の事を思い出しては心配する事はあった。


 しかし私が教室で教えていた生徒達が今もこうやって強く生きていてくれるなら、私はそれだけで十分な気がしていた。



「じゃあアタシの事を忘れていなかったお礼に、さっき先生が本気で私を斬り殺そうとした事は忘れてあげます」

「本気じゃないさ。尋問するつもりだっただけだ」



 そう言いながら私は剣を鞘にしまう。

 するとそのタイミングを見計らったかのように、ゴミ箱の後ろに隠れていたセナが姿を現していた。


 そうだ、レイラとの会話ですっかりセナの存在を忘れてしまっていたな。



「レオ、そのおねえさんだれぇ?」



 セナは私に当然の疑問を投げかける。

 だがそれに答えようとした矢先、なぜかレイラの方が先に口を開いていた。


 なぜその表情からは笑顔が消えている。



「……先生、後ろをつけている時から気になってたんですけど、まさかこの子は先生のお子さん……ではないですよねぇ?」



 レイラの空気が変わった。

 ピリピリとした空気を漂わせ、随分といぶかしげな表情を浮かべている。



「いや違う。ついさっき砂漠で拾ったんだ」

「ひ、拾った?どういう事ですか!?」

「私も分からないんだよ。色々と複雑みたいだ。正直説明できるほど彼女の事を分かっている訳ではない」



 それを聞いたレイラは、”ふーん”と言った感じでセナの事をジロジロと観察していた。

 何が起こっているのか理解していないセナも、純粋かつ大きな目でレイラの事を見つめ返している。



「先生、この子は少し可愛いすぎますね。連れ帰ってもいいですか?」

「ダメに決まっているだろう。……いや、むしろ今の私よりはレイラに預ける方が安心かもしれんな」



 レイラの強引な提案は、以外にも完全に否定できるようなモノではなかった。

 セナからすれば、私もレイラも得体の知れない存在であるのは変わりない。

 なら私より遥かに若く同性のレイラに預かってもらう方が色々と楽なのかもしれない……。



 ────だがそんな事を考えている最中だった。



【グゥゥゥ〜……】



 暗い路地裏に響く鈍い音。

 それは間違いなく私とセナの腹から発せられた音だった。


 だが示し合わせたかのように重なった空腹の報せは、再びレイラの表情を曇らせる。



「ちょっと……本当に親子じゃないんでしょうね先生!?」

「だから違うと言っているだろう。それよりもレイラ、私は今お金が無いんだ。だけど子供がお腹を空かせている。つまり……分かるね?」



 彼女は察しのいい女の子だ。

 きっと着ているスーツの上質さを見る限り、良い仕事に就いて沢山稼いでいるのだろう。


 とりあえずセナの処遇については、レイラにもてなしてもらっている時に考えても遅くはない。


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