第3話 尾行されている
「ねぇオジサン。いせかいってなに?」
私の背中から顔を覗かせるセナが問いかけた。
どうやら”異世界”という言葉は、まだ彼女には理解出来ないようだ。
「つまりその……別の世界という事だ。君が産まれた場所は、おそらくこの世界には存在しない可能性が高い」
「うーん、なんかわかんない。じゃあパパとママはどこにいるの?」
その質問を聞いた瞬間、私の胸はグッと締め付けられた。
なぜなら私の仮説が正しければ、おそらくセナの両親もこの世界には存在しない。
つまりセナは、今後両親には長い間会う事が出来ない可能性が非常に高いのだ。
「君の両親は……。きっといつか会えるだろう。世界は広いからね」
結局のところ、私は下手な嘘で誤魔化す事しか出来なかった。
地位も名誉も財産も、手に入れられるモノはほとんど手に入れてきた私の人生。
だが所詮それらは純粋な子供の前では何の役にもたたないゴミのようなモノなのだと、そう強く実感させられる時間だったように思う。
「とりあえず歩こうか」
私はこれ以上セナに現実をつきつける事を恐れたのか、彼女を背中に乗せたまま再び砂漠を歩き始めるのだった。
────
【砂漠都市スタッドザンド】
砂漠のオアシスとして親しまれる、中規模程度の都市。
日干しレンガや石材を使って作られた武骨な建物の数々は、一種の観光名所としても扱われている。
砂漠のモンスターを狩る依頼を受けた冒険者などは、この街中で英気を養いつつ作戦を立てる事が多いそうで、私も一度ではあるが若い頃に泊まった経験もある。
当時よりも店の数や人の数は少し増えているように感じた。
もちろん古くから住んでいる住民もおり、厳しい砂漠の環境下でも飲食店や宿屋、近隣都市との貿易などで財を成している。
私も元々は貧しい村で育った人間ではあるが、資源が限られている砂漠の中心という環境で長く過ごせるような自信はない。
だから何というか、人間の”強さ”というものを肌で感じさせられるような、私にとってはそんな場所だ。
もちろん日差しの強さも肌には辛いものがある。
しっかりとセナにも日光対策をさせておかないとな。
◇
「すごいねレオ。おみせがいっぱいあるね」
私は背中から下ろしたセナと共に、スタッドザンドの中心街を歩いていた。
頭上には左右の建物の間にかけられた白いロープと共に、そこに吊り下げられている様々な柄の布が街の華やかさを演出していた。
だが私はそれよりも気になっている事がある。
それはセナが、さも日常のように私の右手を握りながら平然と私の横でトコトコと歩いている事だ。
「なぜ手を繋いだんだ?」
「……えぇ?迷子になっちゃうよ?」
「私がか?」
「ううん。セナが」
何とも清々しい迷子宣言である。
自覚できているだけ偉いと言うべきなのだろうか?私にはよく分からない。
なにせ私は私自身の事すら完璧に理解してはいないのだ。
なのに出会ったばかりの子供の気持ちなど到底理解できるはずがない。
……だが少なくとも、この手を振り払ってはいけないという事だけは分かる。
「ねぇねぇ、おみせ入ろうよレオ。セナおなかすいたよ」
「そうだな……だが少し問題がある」
私は少し申し訳なさそうに答えていた。
なにせこの問題というのは、今の私は"少ない路銀"しか持っていないという悲しい現実なのだから。
「砂漠に来るまでに手持ちの金をほぼ全て使い切ってしまったんだ。まぁ、何とか君の分だけでも注文できるように安い店を探そう」
それを聞いたセナは、少し考える様子を見せた後に口を開く。
「レオはびんぼうなんだね」
「うぅん……」
純粋な言葉の刃は、私の心を深く抉っていた。
◇
とりあえず一人分の食事はギリギリ用意できる金はある。
俺は目の前に立ち並んでいる飲食街をゆっくりと歩きながら、可能な限り安い店を探す事に努めていた。
だが異変に気付いたのは、それから間も無くしての事だ。
「……つけられてるな」
私は誰にも聞こえないような声量でボソッと呟く。
どうやら私の後方二十メートル辺りを維持しつつ、誰かがずっと後ろをつけているのだ。
殺気はない。
だが気配の消し方から察するに、かなりの手練れである事は間違いなさそうだ。
「セナ、ここを曲がろうか。確かめたい事がある」
「こっちはくらいよ?」
セナの言う通り、曲がった先の道は暗くて狭い路地裏だった。
砂漠の中心地であるにも関わらずジメッとした印象を感じさせられるような、そんな通路である。
「セナ静かに。少しだけこのゴミ箱の裏に隠れていてくれ。スグに終わる」
「どこにいくの?」
「どこにも行かないよ。ただ少し確かめたい事があるだけだ」
そう言って俺は気配を完全に消し、路地の死角に息を潜めて”獲物”を待つのだった。
◇
タッタッタ……
その直後に路地裏に響いた足音。どうやら私を見失わないよう、少し駆け足でやって来たようだ。
髪の長さと顔立ちを見るに、おそらく女性。
肩まで伸びた金色の髪と、綺麗な黒色に統一されたネクタイとスーツと手袋が印象的だ。
うーん……どこかで見た覚えのある服装だが、何かの組織の一員だろうか?
まぁいい。ヤツに考える余地を与えるつもりはない。
私を追って来ていた人物と同じ気配だと確認した私は、スグに背後へスゥ……と回り込む。
そして既に
「何が目的だ?」
俺が身動きを封じた人物は金色の髪を右耳にかけており、そこから見える小さな耳には黒と赤のピアスを計三つも付けていた。
だが顔立ちは非常にシュッとしており、セナとは正反対のクールで大人な女性といった容姿だ。
一体この女は私に何の用があるのだろう?
とりあえず先の質問の答えを待ってみようか。
私を追って来ていたのだ、何か言いたい事もあるだろう。
────だがそこで返ってきた答えは全く予想だにしないモノだった。
「この剣……そしてこの声!?も、もしかしてレオ先生ですか!?」
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