第2話 少女、目覚める
「数分前までなら、俺もお前の攻撃を受け入れていたかもしれん。だが今の私は他人の命を預かっているものでな。すまんが斬らせてもらうぞ」
私の語りかけに対し”グギャァア!”と荒い鳴き声を荒げる
どうやら私との会話は嫌いなようだ。
キィィン……と高い音を立てて
砂漠を歩き続けて体が疲弊しているせいか、本来の二十パーセントほどしか力は出せなさそうだな。
この魔力量で何とか致命傷を与えられる事を願うしかない。
私は片手で握った剣を頭上高く掲げ、そして刃を処刑人に向ける。
【
この世に存在するあらゆる結合を否定する斬撃。
自分の魔力を剣に込めて斬撃を飛ばすだけの単純な技だが、当たれば全ての物質や概念は必ず二つに割れる。
もちろんそれは、分厚く硬い装甲を持つ処刑人相手でも例外ではなかった。
【ブシャァアア……】
赤く厚い外骨格を縦に割り、目の前で左右二つに裂かれた処刑人の体。
その体内からは青色の血液が散り乱れ、同時に透明の液体も私の全身に降り掛かっていた。
幸いこれは毒などでは無い。
私の記憶が確かなら、これは大型のレッドスコーピオン特有の”保水体質”によって体内に溜めていた比較的キレイな水なのだろう。
なぜ綺麗だと分かるのか?
それは今の私が、ふりかかる水を口の中に入れて必死に飲み込んでいたからだ。
これに毒が含まれていたら、今頃私は立っていないだろう。
だが、それにしてもだ。
必死に生きようとしている自分の行動に、自分が一番驚いていた。
数十分前まで本気で死んでもいいと考えていた私が、今はモンスターの体内から溢れ出る水分を必死に取り込もうとしているのだ。
”私にはまだ、やるべき事が残されているのか?”
喉を潤わせながらボンヤリとそんな事を考えていた。
────だがその直後の事だ
◇
「ん……んん……。ここ、どこ……?」
聞きなれない声が私の鼓膜を揺らす。
それは私の背中で眠っている少女が発した声だと気付くのに、そう時間はかからなかった。
「目が覚めたのか?」
「……オジサン誰ぇ?」
少女は眠そうに目をこすりながら私に問いかける。
どうやら知らない人に背負われている状況に対して、取り乱すような事はなさそうだ。
「私は……レオ。レオ・レクティオだ」
「うーん、アメリカの人ですか?」
「あめりか?知らない地名だな。君の出身地か?」
「ううん。セナはね、ニホンって所だよ」
「ニホンか……。私も五十年以上生きてきて知識も豊富なつもりだったが、アメリカもニホンも初めて聞いた。まだまだ知らない事が沢山あるものだな」
そう言って私は苦笑いを浮かべていた。
こんな白いヒゲと長い白髪を蓄えたオジサンが、ここまでモノを知らないのだ。
きっと失望されたに違いない。
だがそれにしても、彼女の着ている服もあまり見た事がないな。
拾った時は私も意識が朦朧としていて気付かなかったが、私がこれまでの旅で見てきた色々な場所でも見てこなかった服装だ。
庶民では着られないような高級素材のようにも見えるし、おおよそ貴族の子なのだろう。
「確かセナ……と言ったか?どうしてこんな砂漠に来たんだ?」
「え?セナさばくに来たっけ?ラクダさんがいるところ?あれ、ちがうよ。セナはママとよるにおさんぽしててねっ、それで赤いしんごうでまってたんだよ。それで……あれ、それでね……」
セナは言葉に詰まった。
赤い信号とは何のことだろうか?
火属性の魔法か、それに準ずる魔道具か何かの事だろうか?
「うーん、おぼえてないや。でもね、すごいまぶしかったのはオボえてるよ」
「眩しい?やはり魔法か何かか」
「マホウ?マホウって、プリティアが使うやつ?」
「ぷ、ぷりてぃ……なんだって?」
「プリティアッ!レオはテレビみたことないの?」
ダメだ、致命的に会話が噛み合わない。
年代が離れ過ぎているせいなのだろうか、彼女の言っている事が全くもって理解出来ないのだ。
だがそれと同時に、私は少しずつ”違和感”も覚え始める。
果たしてこれは、”世代による食い違い”だけなのだろうか?
それだけで収めるには、あまりに違和感が多すぎる。
……あぁそうだ。彼女を見つける前に、私はとてつもなく大きな光を見たんだ。
こんな小さな子供が出したとは思えないほどに大きく強い光。
そして心に引っかかり続ける違和感。
「……セナ、君はこの世界で魂を四つに分けて封印されている魔王の名前を知っているか?」
私の唐突な問いに対し、彼女はさも当然のように答えた。
「マオウってなに?」
この世界で生まれた人間に、赤子を除いて魔王を知らない者などいない。
なぜなら魔王という存在は決して近付いてはならない、知ろうとしてはならない、崇拝などしてはならない、最も危険な存在なのだ。
今の子供達は物心ついた時から"魔王は恐ろしいモノだ"と親に教えられ、働き盛りの若者は学校の教科書で討伐された大罪人だと習い、私を含む年寄りには死を身近に感じさせた災厄そのものである。
だがセナは、魔王自体を知らなかった。
ここまで立派な服を着せてもらえるような環境で育った子が、魔王を知らなかったのだ。
私はほとんど確信に近い気持ちで、セナに事実を伝える。
「セナ。君は……異世界から来たのかもしれない」
カラッとした砂漠の暑さは、再び私の喉を渇かせていた。
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