かつて最強だった剣聖、なぜか幼女と旅に出る事になりました 〜私に子育ては無理がある〜

成瀬リヅ

出会い

第1話 温かい光

 暑さを感じなくなってきた。

 口の中に入ってきた砂にも不快感を感じない。


 砂漠の中心で仰向けになっている私の視界には、目を背けたくなるほどに綺麗な青空が広がっていた。



 ……あれ、どうして私はここにいるんだ?

 どうやってここまで来たんだ?


 あぁそうだ、知らない女に進むべき方角を教えられたんだ。

 あれは誰だったんだろう。


 今更考えたところで時間の無駄でしかないよな。

 私の人生はここで終わりを迎えるのだから。



 そう思っていた。



────あの強烈な光が視界に入るまでは。





「コホッゴホッ!……あれは……何の光だ?」



 霞む視界の端に映った、とてつもなく強烈な光。何かの魔法だろうか?

 こんな砂漠の真ん中で魔法を使うとなると、モンスターなどに襲われた魔法使いでもいるのだろうか。


 だがそれにしては、あの光はとても温かかった。

 物理的な意味ではない。ただ何と言うか、胸の奥の温度が少し上がるような、そんな心の隙間にスッと入ってくるような光だった。



 私は限界の近かった上体を起こし、光の方向へと視線を凝らす。

 ここでようやく目に入っていた砂に不快さを感じ始めていたが、今の私には光の正体の方が重要だ。


 一歩、二歩……


 脱水状態の進んだ重い体を起こし、私は歩みを進める。

 自分でも信じられないが、体が勝手に動いているような感覚だ。


 だが、おおよそ光が見えたと思われる位置にたどり着いた私の視界に映ったのは、これまた予想だにしない光景だった。



「これは……子供か?」



 そこには赤いリボンと見慣れない衣服に身を包んだ少女が、砂の上で横向きに倒れていたのだ。

 どうやら意識を失っているのか、はたまた眠っているのか、とにかく栗色の長い髪を持つ彼女は目をシッカリと閉じている。


 先ほどの強烈な光はこの少女が放ったモノなのか?

 だが彼女がそこまで強力な魔力を持っているようには見えないが……。



 とりあえず一つだけ確かなのは、このまま砂漠の真ん中で倒れ続けていたら彼女は間違いなく死ぬという事だ。

 ここから最も近い街でも、徒歩で二時間近くはかかる。


 もちろんそれは大人が歩いた場合にかかる時間であり、私の腰元ぐらいの身長しかないであろう小さな子供が一人で歩くには、あまりに過酷な道のりだ。



死にたいのか……?」



 気付けば自分の口から言葉がこぼれ落ちていた。

 全くの無意識から溢れ出た私の”本心”は、私が砂漠の真ん中にやって来た理由を思い出させる。


 だが私の言葉に対して反応を見せない少女に、私は数秒後に”フフッ”と自分自身を鼻で笑っていた。

 なにせこんな幼い子供が、死にたいが為に砂漠の真ん中までやって来る訳がないとスグに気付いたからだ。



 生きる目的を見失っていた私とは違う。

 この子はまだ”生きるべき存在”だ。



「すまない、少し持ち上げるぞ」



 私は相変わらず目を覚まさない彼女を持ち上げ、そして背中に乗せる。

 とても軽い体のはずなのだが、なぜか私は必要以上の重さを感じていた。


 これは命の重さなのだろうか。

 この重さの正体は、今の私にはまだ分からない。





 彼女を背負って千歩ほど歩いただろうか。

 スグに私は地面から伝わる違和感に気付いていた。


 何か砂の下でうごめいているような、とても気持ちの悪い振動が足の裏から伝わって来る。



「厄介なのに見つかったな……」



 私がそう呟いた三秒後、ゴゴゴゴッと地面から鈍く重い音が響き始めたかと思えば、とうとう砂を空高く巻き上げながら”ヤツ”が姿を現す。



【【ギュギャァァァアア!!!!】】



 ビリビリと空気が揺れるほどの音圧。

 そんな迫力のある鳴き声を上げながら姿を現したのは、砂漠地域のみに生息する危険度Bランク以上のモンスター・”レッドスコーピオン”


 しかも体の大きさと動きの俊敏さから推測するに、ギルドにもネームドとして登録されているであろう危険度Aランク以上の個体”砂の処刑人エクスキューショナー”だと思われる。



 高さは……最低でも三十メートル。体長は八十メートル近くはありそうか?

 尻尾の先についた鋭利な毒針だけでも、人間と同等かそれ以上のサイズがありそうだ。



「随分と大きいな。一体どれほどの人間を殺して来たんだ?」



 だが私の質問に処刑人が答えるはずもない。

 ただのルーティンのように殺意を私に向けて、そのまま太く毒々しい尻尾の先をジリジリと私に向けて近づけて来る。


 おそらく並みの人間であれば、この時点でヤツの圧に屈して腰を抜かしていただろう。

 そしてそのまま簡単に死ぬ事も出来ただろう。



 だが私は違う。

 既に右手が無意識に剣の柄を握っていたのだ。

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