人見知りに社交的な役割を任せるな
あの後、佐藤さんと別れた俺は、ぶらぶらと気の向くままに校内を
人間って思ってたよりも単純な生き物のようで、最初の一歩目さえ踏み出すことが出来てしまえば、二歩目三歩目は易々と踏み出せるようになるらしい。配る度にハードルが下がっていく。
佐藤さんに感謝だ。もしも佐藤さんが話しかけてくれていなかったら、俺はきっとまだあの廊下の隅で、ぽつんと一人立ち尽くしていたに違いない。一枚のビラも配れないまま、時間だけが過ぎていったに決まっている。
いやでも、あのままの方が良かった可能性も結構普通にある。というか、絶対に良かったんだと思う。
だって自分でも分かるよ、今は一時的にハイになってるだけだってことがさ。寝る前とかにでも一気に後悔が押し寄せてきて、枕に一心不乱に顔を埋めて足をバタバタとさせてる姿が、簡単に想像出来ちゃうし。
何で俺はあんなに職務に忠実に勤めちゃったんだよぉ?!って、今の俺を徹底的に恨むに違いない。もう、間違いないね。
愕然となるくらい、最初と比べて数が減っている、目の前の紙の束。
俺はその厚みに、注目を向けてみた。
ひーふーみー……とはわざわざ数えないけれど、パッと見た感じ、ああなんということでしょう?さっきの三分の二ほどの厚みしかないではありませんか。
いやそれでもまだ300枚以上はあるんだけどさぁ……。はあ、かなり薄くなっちゃってるぜ……。
どう少なく見積もってみても、俺は既に100枚以上を余裕で配ったらしい。三桁オーバーの黒歴史を増やしたらしい。
あれからまだ一時間半も経っていないのに、こんなのは想像以上のスピードだ。自分でも驚きで仕方がない。
うげぇ……と、苦虫を味わっているような声が、口からは出てきてしまう。
どうしてこんなに張本人である俺が驚いているかというと、実際のところは、俺はそこまで意欲的に活動していたわけじゃなかったからだ。
佐藤さんの時と同様、受け身のスタンスを取っていたからだ。
つまり俺は、常に話しかけられ待ちだった。
話しかけてくれた相手にだけ、ビラを配っていた。それも佐藤さんと同じく、俺の抱えている紙束に対して興味を示してくれた人にだけ、ビラを配っていた。
前にも言ったと思うけど、俺は自分から話しかけるタイプではあんまり無い。でも話しかけられる分には、結構いけるタイプだ。そういうタイプの人見知りだ。
だから必然的に、配る相手は顔見知りが中心になった。
知らない人に突拍子もなく急に話しかけて、こんな恥ずかしすぎるビラを手渡すなんて勇猛果敢な行為は、俺にはまるで出来なかった。
そんなのは想像しただけで足がすくんで、だらだらと汗出てきて、びくびくと体が震えた。
そんな自分が情けなくて、涙が出そうにもなった。ごめん、ちょっと見栄張りました。ほんとは常に半泣きでした。
い、いやだって!仕方ないだろっ!出来ないことは出来ないんだよっ!
人見知りの人間に他人に話しかけろって言うのは、蕎麦アレルギーの人間に蕎麦を食えって言ってるようなもんだよ!ほんと!けしからんってば!
人見知りじゃない方々にも、それくらいの鬼畜の所業だってことを分かって欲しい!気合いの問題じゃないんだ!これは!
ふう……これだけ熱弁したんだし、分かってくれたかな?
って、何を一人で言い訳してるんだか……。
ま、まあっ、とにかく、そういうことなのっ!俺は悪くないのっ!
悪いのはこんな仕事を俺に押し付けた壇ノ浦さんと吉野ヶ里さんと、あと俺の性格を知っているくせに、サポートにさえ志願してくれなかった政道だ。そうだ、この三人が全部悪い。
俺だって内装係に任命されてたら、校内を半泣きで歩き回るような羽目には、あわなかったはずだ。そんな学校の七不思議みたいな存在には、成り下がらなかったはずなのだ。
だから悪いのはその三人で!
その中でも、とりわけ政道が悪い!
あれもこれも、あいつが悪い!
気付けば俺は机をバンと叩きながら、隣に座っている人物に向かって、そんなようなことを言っていた。
言い終わると同時に、ぽんと頭に手を置かれた。微塵も衝撃を感じない、それは優しい手付きで。
さて、言うまでもないだろうけど、今俺の隣に座っている人物とは、
「良く頑張ったな、青澄。アイツには私から後でしっかり言っておこう」
真矢さんである。
ちなみに、現在地は生徒会室だ。室内には俺と真矢さんの二人だけ。さっきまでは他に何人かいたけれど、真矢さんが仕事か何かの指示を出して、全員がどこかに行ってしまった。
さて、ここまでの成り行きを説明すると、俺が半分(これ重要、わーわー泣いてない)泣いていたせいで通りすがった人達に心配をかけてしまい、大丈夫かと囲まれていたところ、騒ぎを聞きつけた真矢さんと生徒会の人がやってきて、そのまま保護(連行の方が正しいか)されたって感じだ。
説明しておいて何だけど、顔から火が出そうなほどに恥ずかしい。帰宅部の俺にはあまり関わりのない、上級生の階に行ったのが間違いだった。あんな子ども扱いされるとは思わなかったよ……。
二分ほど真矢さんに頭を撫でられていると、急に罪悪感が湧いてきた。恐る恐る、謝る。
「あの……ごめん、真矢さん……忙しいのに迷惑かけて……」
こういう催しごとの期間は例え準備期間であろうとも、生徒会は相応に忙しいはずだ。やるべきことがたくさんあるはずだ。生徒会長ともなれば尚更だ。
それなのに俺なんかに時間を割かせて、真矢さんには本当に申し訳なくて仕方ない。
やばい、また涙が出てきそうだ。この前の莉奈さんの時といい、一度緩んだ涙腺は中々締まってくれないから、俺にはどうしようもない。
ちくしょう、情けなさすぎる……。
「なに、気にするな。ちょうど今は手が空いていたんだ。それに青澄が困っているというのに、放っておくわけにはいかないだろう。
私は生徒会長の前に、お前の幼馴染なんだからな」
うう、真矢さんはやっぱり優しすぎる……。
それなのに、こんなに優しい真矢さんに、昔っから迷惑しかかけてないんだぞ……お前……。少しは頼れる男になれよ……この軟弱野郎め……。
でもそう思っていても、真矢さんに物理的に頼られるような男になれる気は到底しないので、俺なりのやり方で恩を返していかないとな、とも思ってしまう。
例えば俺の得意分野である手料理とか、裁縫とか、そういう方面。後はちゃんと感謝を口にする。結局、それが一番大事なことかもしれない。
なので、
「真矢さん、いつもありがとう。真矢さんと出会えて、本当に良かったよ」
俺は精一杯の笑顔で、日々の分の感謝まで、真矢さんに真っ直ぐに伝えてみた。
涙で目が赤くなっているし、顔からも熱が引いていないから、だめだめな笑顔だとは思うけど、そうやって真矢さんに感謝を伝えた。
伝え終わったら、とりあえず返事を待ってみる。ずっと顔を見ているのも何だか気恥ずかしいので、視線は下げる。
「…………」
……変だ。一向に真矢さんからの返事がない。
あれ、何か間違えたかな……?もしかして、聞こえてなかったかな……?
おずおずと顔を上げてみる。
すると、
「真矢さんっ?!」
真矢さんは、石像のように硬直していた。ぴくりとも動かない。
慌てて顔の前で手を揺らしてみたけど、反応は一切無い。心臓麻痺!?とも思ったけれど、脈はあった。呼吸も正常、だと思う。
ただ、真矢さんは何故か気を失っていた。
119に電話をかけるべきか迷ったけども、真矢さんがこうやって突然気を失うことは小学生の頃からも多々あったので、今は様子を見ることにした。
ピンと背筋を伸ばして椅子に座った状態では疲れるだろうし、かと言って机に突っ伏す体勢も体への負担は大きいので、いくつかの椅子をくっ付けて並べて簡易的なベッドを作る。
枕なんて置いていないから、それは俺の膝で代用することにした。俺の膝枕とか自分でも誰得だとは思うけれど、背に腹は代えられない。真矢さんの首や頭が痛くなるよりは、断然マシだ。
真矢さんが目を覚ますまで、俺は静かに待つ。
その間、気は進まないが、忌々しいビラに再度目を通してみた。
あれ、隅っこの方に小さな文字で、何か書いてあるぞ……?
『※このチラシをご持参の方は、当店自慢のメイド(新丸青澄くん)との握手・チェキ等サービスが半額となります!どしどしご来店ください!』
うおいこらぁっ?!何だそのサービスぅ!?俺なんにも聞いてないんですけど!?しかも名指しぃっ!?
というか半額って何!?限定じゃなくて!?いや限定でも駄目だけどさっ!?満額払えば全員いけるのかよっ!?
ざっけんな馬鹿あああああ!!!!
ガタッと立ち上がらなかったのは、盛大に叫ばなかったのは、褒めてやって欲しい。
健やかな寝息を立てている真矢さんを見て、俺はセンチメンタルな気分になる。
あの、今から予算を没収することとかって、出来ないですかね?
何らかの法律に違反してると思うんですよ、俺は。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます