久しぶりだな、公園
あれから三十分後、外出用の服に着替えた俺と莉奈さんは、まだ昼間なのに人通りが全く無い小道を二人で歩いていた。
頭上に広がる天気は、雲一つない快晴。突き抜けるように青い空が紅葉途上の山に良く似合っていて、綺麗なコントラストになっている。
都会に無いもの……普通にあったな。これが田舎の良いところってやつか。東京の無機質なビルと違って、ずっと見ていられるぜい。まあそもそも、東京の無機質なビルを見たことないけど。
「ん〜……良い天気。見て見て青澄くん、山がとっても綺麗だよ。もうすっかり秋だね」
斜め前を歩いていた莉奈さんが、山の方を指差しながら振り返る。その声はとても弾んでいた。やっぱりビルよりも山の方が良いものらしい。
ちなみに莉奈さんはサングラスをかけている。これは紫外線から目を保護するためではなくて、身バレ防止のためだと思われる。
でも言いづらいけど、その役割を果たせているとは微塵も思えない。滲み出るオーラが隠せていない。むしろ増してるような気さえする。
「十一月になりますからね」
「ね、時の流れが早すぎるよ。今年は本当にあっという間だったなぁ…………」
「お、お疲れ様ですっ!」
莉奈さんがまたもや遠い目になりかけていることが、サングラス越しでも容易に分かった。
去年の十一月から始めたという女優業が、莉奈さんの一年間をどれだけ怒涛の勢いですっ飛ばしていったのかが、手に取るように分かる。
俺はすぐさま話題を変えることにした。
「こ、この近くに、俺が昔よく遊んでいた公園があるんですよっ!よかったら行ってみませんか?」
無駄に大きな声を出して、駄目な方の物思いに耽る莉奈さんの気を引くようにそう話しかける、というより語りかける。
「へえ、公園かぁ」
俺の目論見は上手くいったようで、莉奈さんが我に返った。どこか遠くにいっていた目が、近くの俺へと戻る。興味を示したのが丸分かりだ。
「うん、ぜひ案内してくれる?」
「はい、行きましょうっ」
俺はやや早足で、莉奈さんを案内し始めた。
それから五分もしないうちに、俺と莉奈さんは目当ての公園へと辿り着いた。
そこは何の変哲もない、ごく普通の公園だ。
ブランコとか鉄棒とかジャングルジムとかシーソーとか滑り台とか、どこでも見かける遊具しかない。目を引くような特徴は別にない。
日本全国どこにでもありそうな、そんな公園内をぐるりと、俺は隅から隅まで見渡す。
……あれ、こんなにここって小さかったっけ?もっと全体的に広くて大きくなかったっけ?
すこぶる悪い表現とは分かっているけど、何だかしょぼいと思ってしまった。
俺もしっかり成長してるんだなぁ……と、ちょっぴり感慨深くなる。だけど多分、これ以上に小さく感じることはもう無いと考えたら、少し悲しくもなってくる。
俺の身長は中三の冬を境に、うんともすんとも言ってくれなくなったのだ。
「なるほど、これが青澄くんの思い出の公園かぁ」
隣にいる莉奈さんが目を細めて、俺よりも感慨深そうに公園内を見渡している。
こんなありふれたザ・公園なんて、東京にだってありそうだけど、そんなこと無いのかな?
「まあそんなに、思い出がいっぱいってわけでも無いですけどね……」
ここに来ていたのは、スマホもまだ待たされてない時代の話だ。
あの頃の俺はゲームにもまだそこまで興味を持っていなかった。しかし外で遊ぼうにも、他に近所で遊べるような場所が無かったので、仕方なく俺はこの公園に来ていた。
もちろん、記憶に色濃く残っている思い出もある。
政道と真矢さんと初めて出会った時とか、知らないお姉さんがやけにお菓子をくれたとか、両手で数えられるくらいには。
それにしても、今思い返してみると、あのお姉さんはなんであんなに俺にお菓子をくれたんだろう?
んんー、謎だ。政道と真矢さんといる時には一度も見かけたことなかったのを含めて。
ま、単に優しかっただけか。夏とかは熱中症になったら危ないって、茂みや物陰に誘導したりしてくれたもんなぁ。やけに鬼気迫る感じだったから、熱中症というものが幼い俺にはお化けや
懐かしい思い出だ。あのお姉さん、元気にしてるといいなぁ。
そうやって俺が
「それじゃあ、何して遊ぼうか?」
無邪気な莉奈さんの言葉によって、思考回路を現代へと引き戻される。
隣で莉奈さんが、クロスした腕を伸ばしていた。どこからどう見てもストレッチしている。
「え、遊ぶんですか?」
と、莉奈さんの思いもよらなかった発言に、思わず俺がそう口に出すと、
「え、遊ばないの?」
と、莉奈さんは首を傾げる。
どうやら冗談とかでは無いらしい。
「青澄くんが何のために私を公園に案内してくれたと思ってるの?」
それは話題を変えるためです、とは当然言えないので押し黙る。
そんな俺の姿を見て、莉奈さんは満足そうに頷いた。
「まずは鉄棒でもしてみよっか。私、逆上がり上手いんだよ」
いやいや待ってください。自分の格好をちゃんと分かってますか?スカートですよ、スカート。
鉄棒なんてしたら……逆上がりなんてしたら……あわわ……あれですよ、あれ……口に出すのも恥ずかしいことになりますってぇ……。
「ほ、他のにしませんか?」
「そう?じゃあ、シーソーにでもする?」
「ええっと、他ので」
「んー、ジャングルジム?」
「それもちょっと……」
「なら、ブランコ?」
スカートでやるべきもんじゃないですよ、どれもこれも、全部全部。どこかしらのタイミングでファサッてなりますよ、確実に。
直接は言わないけどさぁ……気持ち悪いとか思われたくないし……。だからどうか察して欲しい、察してください、お願いします。
「もう、駄目だよ、青澄くん。運動は大事だよ」
莉奈さんは俺が単に運動したくないだけ(それも要因ではあるけど)だと思っているみたいで、ビシッと人差し指を突きつけてくる。
「そ、そういうわけじゃなくてですねっ」
「なら、どういうわけなのかなぁ?」
「それは、ええーっと……」
「うんうん、それは?」
口ごもる俺と、追求する莉奈さん。二分ほど同じようなやり取りを繰り返す。
つい四十分ほど前のデジャブを感じた。もう泣きたくない。俺は意を決した。
「……り、莉奈さんの格好が、その……ほら、下……スカー……ト、なの、で……」
決したつもりだけど、決せてなかった。
深く俯いて、人差し指の先をつんつんとしながら、途切れ途切れの弱々しい声で、俺はその言葉を言った。
頭の中で描いていた理想の俺は、堂々と目と目を合わせながらそれを言えていたはずなのに、現実の俺は酷すぎた。目も当てられないぞ、おい……。
これは流石の莉奈さんにも聞こえていないだろうなぁ……。
「あー……なるほどね、そういうこと」
と思ったら、ちゃんと聞こえていたようだ。
目線を下に向けた莉奈さんが、納得したようにそう呟いている。
「ごめんね、全然気が付かなくて」
「いえ、そんな、莉奈さんが謝ることじゃないですっ」
「青澄くんって本当いい子だよね。普通は男の子って、そういうの分かってても絶対に言わないと思うよ?」
そんなことっっ…………うん、そうかもしれない、違う、そうだよ。
全男子代表として異論を唱えようと思ったけれど、ぐうの音も出なかった。政道とか絶対に言わないもん、あいつ。
「さて、青澄くん。そんな正直者な君には、私から何かご褒美をあげたいと思います。欲しい物とかあったりする?私結構稼いでるから、遠慮しないでいいよ」
莉奈さんからの急すぎる提案に、俺の思考も急停止。何かはあるはずだけど、一切何も思い浮かばない。
そもそもの話、莉奈さんに何かを買って貰うなんて、そんなのは申し訳なさすぎて無理だ。というか、ご褒美をあげたいと言っているけれど、莉奈さんと一緒にいれる今この時が既にご褒美になってるんだと、声を大にして伝えたい。
「いえ、大丈夫ですっ。ご褒美なら、俺もう貰ってますから」
「え?」
「莉奈さんと一緒にいれるだけで、俺嬉しいんですっ!すっごくすっごく嬉しいんです!だから大丈夫なんですっ!」
伝えた。
そうしたら、莉奈さんが黙ってしまった。
あれぇ、なんか間違えたかな……?
「…………こら」
「あうっ?!」
突然、莉奈さんに額を指で弾かれた。いわゆるデコピンというやつだ。ビックリして、たちまち視界が滲む。
俺は額を押さえながら、何事かと莉奈さんの様子をうかがった。
すると、
「まったくもう……やれやれだよ、青澄くんは……」
何故か莉奈さんまで額を押さえていて、なおかつ深い溜め息をついていた。そしてその顔は明後日の方に向けられていた。
ダメージを与えた側のはずなのに、どうしてか莉奈さんの方がダメージを受けているように見える。ほんとにどうして?
俺が疑問を抱いていると、莉奈さんがぱっとこちらに向き直り、俺の手を取る。
手を取ったまま、
「さっ、青澄くん遊ぶよっ」
と、莉奈さんが軽やかに歩き始めたので、伴って俺の足も勝手に動き出す。
「わわっ、莉奈さんっ?」
「ほらほらっ、四の五の言わずに遊ぶよ、遊び倒すよっ」
「いや、ですからスカートはっ……」
「いいよ、青澄くんになら見られたって。別に減るものでもないし」
「それは絶対に良くないですってぇっ……?!」
そんなわけで俺の抵抗も虚しく、結局、莉奈さんと公園で遊ぶことになったのだった。
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