見せ場が無くて泣けてくる
既に説明したとは思うけど、莉奈さんの滞在日程はたったの一泊二日だ。来て早々の翌日の夜には莉奈さんは特急電車に乗って、非常に残念なことに東京へと戻っていってしまう。
はあ……短すぎるだろおい。
神様、お願いですので母さんとトレードしてくれませんか?土下座までなら普通にします。喜んで額を床に擦り付けますから。
あっ、でも、至極残念ではあるけれども、実は残念なことばかりってわけでも無かったりする。くまなく探してみれば、良いところだって見つけられる。
それが何かと言うと、東京行きの電車が夜に出発するまでの間の、日中が丸々空いているという点だ。
まあだけど、これは論理的に考えたらの話ですけどね。まさに机上の空論ってやつさ。
だって、わざわざ遠路遥々(二時間弱でも遠路でいいよなぁ?)この町までやって来たのだから、莉奈さんにも何らかの目的というものがあると考えた方が自然だ。
俺は生まれてからずっとここに住んでいるので、この町を単なる平凡な田舎町としか見ることが出来ないが、莉奈さんからしたらそれは別であって、こんな田舎でも目新しい観光地として見ることが出来てもおかしくない。
なので何かしらの目的とやらを莉奈さんは持っていて、日中はどこかへ出かけてしまうものだと、俺はそう思っていた。
でも、実際はそうじゃなかった。
今の時刻は午後一時、昼食の後の昼下がり。
皿洗いを済ませた俺がリビングへと向かうと、俺の定位置とも言えるテレビ前のソファに莉奈さんは座っていた。
気配に気がついた莉奈さんが、ゆっくりと俺の方へと目を向ける。テレビは流しているだけで内容自体にはさして興味が無いらしく、その顔は非常に退屈そうだった。
「青澄くん……」
五秒ほど溜め、
「……暇だね」
ぼそりと、でもハッキリと、莉奈さんはそう言った。
本当に暇な時の言い方だった。口調も声色も表情も、その全てが。
「よし、出かけよっかっ」
意気揚々と、いきなり立ち上がる莉奈さん。
「どこにですか?」
素直に俺が尋ねてみると、莉奈さんはその場で静止した。まるで凍り付いたみたいに動かなくなった。
そこから流れる無言はさっきよりも長く、十五秒くらいして、
「どこがいい?」
あ、どこも思い付かなかったんですね……。
「何にもないですよ、この辺なんて」
「きっとそんなこと無いよ。絞り出してみて?」
ところがどっこいそんなことがあるんだよなぁ……。
何も無い、がここにはあるんだよなぁ……。
「……すいません、やっぱり思いつかないです」
「本当に何にも?」
「はい、本当に何にも、これっぽっちも……」
都民の方は田舎には田舎特有の何かがあるのだと幻想を抱きがちだけれど、実際は都会に無いものはここにも無いし、都会にあるものは逆にここには無い。
今のは言い過ぎかもしれないが、これには年齢も関係してくる。例えば都会では難しい公園でのボール遊びとか、そういうのは確かにここでは出来るけど…………ねぇ?そうじゃないでしょ?
「それは……困ったね」
莉奈さんが神妙な顔で呟いた言葉に、俺も神妙な顔を浮かべると、
「困りましたね」
と、同じ内容で返した。
一時三分、予定は未だ未定。そして未定で終わる可能性大なり。
「青澄くん、私ね、青澄くんが思ってる十倍は、今とっても困ってるからね」
「そ、そんなにですか?」
「うん。そんなにそんなにだよ」
莉奈さんが力無く腕を組み、浅い溜め息をついたかと思うと、
「テレビを見てると仕事のことを思い出すし、スマホを見てても仕事のことを思い出すし、だからってぼんやりしていても、仕事のことを思い出しちゃうからねぇ……」
あー……それは、そうですよね……。一般的に娯楽と呼ばれるものを、莉奈さんは仕事にしてますもんね……。それは素直に楽しめないですよね……。
俺にはテレビやネットに自分が出てくるという経験は一度も無いから、莉奈さんの心労は計り知れない。だから薄っぺらいシンパシーを抱くのは違うと思う。
となると、ここで俺が莉奈さんにかけるべき言葉は一つ。
「莉奈さん、出かけましょうっ!」
これしか無い。これがこの場面における唯一の正答なのだ。
「え、いいの?何も無いんじゃなかったっけ?」
「いえっ、実はあれ嘘ですっ!何もかも有り放題ですっ!」
嘘です、何もかも無し放題です。
「あはは、何それ」
けらけらと莉奈さんが笑う。
ひとしきり笑った後に、莉奈さんは首を傾げた。
「それじゃあ、何もかも有り放題のこの町で、青澄くんは私をどこに連れていってくれるのかな?」
…………えーっとぉ……。
「ふふ、楽しみだなぁ。青澄くんは私をどこに連れていってくれるのかなぁ?」
ま、まずい、嘘をついておいてなんだけど、やっぱり何も思いつかないぞ……。
背水の陣をきめたっていうのに、ほんとに一切出てこない。
ど、どうするか?と、とりあえず黙ったままも良くないし、何か言わないとっ!
「り、莉奈さん!」
「うん、一体どこに行くの?」
「えっ、えっとですね!」
「うんうん、どこどこ?」
更に首を傾げながら、莉奈さんは俺をまじまじと見つめてくる。
その視線に俺は耐えきれず、深々と肩を落とし、高々と白旗を上げた。
「……すいません……俺、嘘つきました……何も無いです……真っ白です……変に期待させて申し訳ないです……」
うう、なんて俺は無力なんだ……自分が情けなくて仕方ないぜ……。なんて頼りない男なんだ、ちくしょう……。
俺が自分の情けなさに
心底申し訳なさそうな顔で、莉奈さんは言う。
「ご、ごめんねっ!泣かせるつもりは無かったんだけど、何だかついちょっと虐めたくなっちゃって……」
え、俺泣いてました?確かにちょっと視界が霞んでた気はしたけど……さ、最悪だぁ恥ずかしすぎる……。
「ほ、本当にごめんね?」
「大丈夫です……莉奈さんが謝る必要なんてないですからっ……」
こんなの俺の自業自得でしかないので、莉奈さんに謝られると罪悪感が凄い。
や、やばい。申し訳なさすぎてまた泣けてきたぞ。どうして人の涙腺ってのは一回崩れると、中々元に戻らなくなるのさ?明らかな欠陥だろこれぇ……。
「その、情けないところ見せてしまって……すいません」
ぐしぐしと目元を拭いつつ、控えめに莉奈さんを見上げる。
すると莉奈さんがほんの一瞬よろめいた。目眩でもしたんだろうか?かなり心配になる。
「………………青澄くん、私はお母さんとは違うから」
今更すぎる言葉に首を捻る。
莉奈さんが母さんと違うことなんて、初めて会った時から分かり切ってるんだけどなぁ。
「まあ、無理して外出する必要なんて無いから、このまま青澄くんと家で過ごすのも良いよね」
莉奈さんはそう言ってくれてるけど、俺としては気を遣わせてしまっているようで……非常に申し訳なくて仕方ない。
それに莉奈さんに仕事のことを忘れて貰うために、俺はさっき嘘をついたはずだ。ここでおいそれと優しさに甘えていいのか?いな、良くない。
「いえ、莉奈さんには仕事のことを忘れて貰いたいんです!だから出かけましょう!それに俺、莉奈さんと出かけたいですっ!」
ぐっと両の拳を握って、熱い目で莉奈さんに訴えかける。
「う……そんな目でそんなこと言われたら、流石に断れないってば……。なら、出かけよっか」
良かった。俺の熱意がちゃんと伝わったらしい。観念したように莉奈さんは頷いてくれた。
「青澄くんってさ…………ううん、やっぱり何でもない」
「そうですか……?」
んん?一体何を言おうとしたんだろう?気になる。別に追求はしないけど。
まあ、とにかくそういうわけで、午後は莉奈さんとお出かけに決まった。
行く場所はてんで決まっていないけど、この一時でも莉奈さんに仕事のことを忘れて貰えるように、精一杯頑張るぞっ!
えいえい、おー!
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