晩飯と羞恥心

 幼い頃から台所に立ってきた身として、俺はそれなりに自分の料理の腕というものに自信を持っていたけれど、もしかしたら自分で思っていた以上に料理人としての才能があるのかもしれない。


「ん〜っ美味しい……っ!」


 目の前で幸せそうな顔で俺の料理に舌鼓を打っている莉奈さんを見ながら、俺はふとそんなことを思った。

 過密なスケジュールを過ごしている莉奈さんの疲労とストレスを考え、献立は胃に負担をかけにくい和食を、その中でもより穏やかな方向へ舵を切ったのはどうやら大正解だったらしい。莉奈さんの箸の進む手が早い。


 一応献立の内容を説明しておくと、煮魚(タラ)、煮物(人参、大根)、煮浸し(ほうれん草)味噌汁(じゃがいも、玉ねぎ)、豆腐、となっている。

 一般的に胃に優しいと言われている食材をメインに据えて、その大体を煮ておいた。味付けはやや薄めにはしたけど、それも物足りなくはならない程度、煮加減といい我ながら上手く出来た方だと思う。


「全部が全部、美味しすぎるよ……っ!」


 矢継ぎ早に箸を出して、それぞれの料理を存分に味わっている莉奈さん。

 ふむふむ……こうやって見てみると、母さんとの血の繋がりを節々から感じるなぁ。美味しいものを食べた時には、頬をおさえる家系なんですね。

 今のは数あるうちのたった一つの例に過ぎず、細かい所作が良く似ている。まあもちろん、母さんの方がよりずっと大袈裟ではあるんだけど。

 いやあ、それにしても不思議ですね。根っこの部分は同じはずなのに、莉奈さんの場合は単純に嬉しい。でも母さんの場合は……言わずもがな。だから言わないでおこう。


「青澄くん、お母さんから聞いていた以上だよ……本当に料理上手なんだね」

「えへへ……そうですかね」


 ワーキャー!な喧しい母さんとは違い、莉奈さんに真面目なトーンで褒められると、素直に照れる。

 えー、進路変えようかなぁ?無難に進学を考えていたけど、俺は三つ星シェフになる星の下に生まれた気がしてきた。


「うん、絶対にそうだよ。私ってこう見えて料理とか全然出来ないから、尊敬しちゃうよ」


 莉奈さんって、ちょくちょく圧倒的な自信が垣間見えるよな。なのに全然嫌味にならない。あー確かに、って思っちゃう。

 なんか、覇王の器って感じがするぜ。こういう人が古来から天下を取ってきたんだろうなぁ。


「……はあ、どうしよっかな」

「え、どうかしましたか……?」


 急に莉奈さんが物憂げな顔になり、加えて溜め息までついたので、俺は途端に物凄く不安になった。

 何か今の一連の流れの中で、莉奈さんの機嫌を損ねるような失態を俺はしでかしてしまったのだろうか……?ど、どうしようっ、全く思い当たらないぞっ……!


「いやほら、向こうに戻った後ってまた外食とかになるから、青澄くんの手料理が恋しくなりそうだなぁ……ってね」


 ああー、なるほどなるほどっ。なーんだそういうことか、それなら良かった……て、うえっ?

 ……や、やばい。未だかつてないほど、俺は今嬉しくなっている。顔が熱い。目玉焼きくらいなら作れそう。


 い、いやだってこんなの仕方ないだろっ!莉奈さんみたいな綺麗な人に、例えお世辞だろうとそんなこと言われたら、男なら誰だって嬉しくなるって!

 こちとら思春期だぞっ!こんにゃろう!


「あの、そのっ、全然っ!莉奈さんが呼んでくださったら、俺すぐに駆けつけますのでっ!ほんと、絶対にっ、最優先でっ!」


 あーもう何を言ってるんだお前は!そんな本気で受け答えすんなよっ!

 どう見たってお世辞だろ!日本人のくせに本音と建前も知らないのかよっ!これだから髪が銀色のやつはっ!まったく!

 俺があたふたと、そんな感じで大いにテンパっていたら、


「本当に?絶対に?最優先で?」


 などと莉奈さんがまるで追い討ちかのように、無情にもそう聞いてきたので、


「ほ、本当です!絶対です!最優先ですっ!」


 俺は食い気味に頷く他に道は無かった。そこ以外は全て断崖絶壁だった。


「そっかそっか。私が呼べば青澄くんはいつでも来てくれるんだね。そっかそっか。本当に、絶対に、最優先で……来てくれるんだね。へえ、そっかそっか」


 俺への当て付けなのか、しっかりと俺にも聞こえる声量で、何度も俺のアンサーを反芻はんすうする莉奈さん。

 すいません、穴掘って埋まってもいいですか?もう顔が上げられないです。莉奈さんの方を見れないです。


 はあ……待ってくれ、冗談抜きでかなりキツい。顔から火が出てないのが不思議なくらいだよ、ほんと。

 こんなの恥ずかしすぎるってぇ…………何の拷問だよ……。


「ねえ、青澄くん」


 羞恥心に身悶えていたら、突然名前を呼ばれたので、俺は慌てて顔を上げる。

 すると、いつの間にか箸を置いていた莉奈さんが、両手で頬杖をつきながら、俺を真っ直ぐにじっと見つめていた。

 莉奈さんと目が合った瞬間、心拍数が跳ね上がったのが分かった。さっきとは違うルートから、顔に熱が集中していく。


「なら明日は一緒に東京行こっか?」


 倒れなかった自分を、まずは褒めてやりたい。

 あのですね、莉奈さんは冗談やノリで言っているつもりなのかもしれませんけど、普通に破壊力高すぎますから。台詞といい表情といい、もはや兵器ですよ。

 よく生きてたな、俺。凄いな、俺。頑張ったな、俺。

 

 さて、話を戻そう。

 ここで「はい、一緒に行きます」と答えられる人間が社会で出世するのだろうが、俺にそんな度胸は無い。

 それで莉奈さんにドン引かれたら、多分普通に死ぬ。もしくは腹を掻っ切る。


 だからこの場合は度胸じゃなくて、勇気を出していこう。そうしよう。

 何の勇気を出すかと言えば、流れを変える勇気だ。

 俺は勇気を振り絞る、


「あの、話変えませんか……?」


 振り絞ったつもりだったが、自分でも上手く聞き取れないくらい、か細い声しか出なかった。勇気どころか元気の問題だった。

 これじゃあ莉奈さんに届くわけ無さそうだ、くそったれ。


「うん、いいよ」


 ごめん届いてた。

 えっ、聴力検査一級?聴力検査に級とかあるのか知らないですけども。

 にしても流石は人気女優……いや関係ないか、これは。


「じゃ、じゃあ変えましょうっ!何か聞きたいこととかありますかっ?」


 良かった、助かった。

 この話題さえ抜け出せれば、後はどうにか──


「んー……あ、そうだ。文化祭なんだけど、私ね、多分行けると思う。青澄くんのクラスは結局、何することになったの?」


 ──ならねぇっ!一番ならねぇっ!一番ならねぇトピックが丸々残ってやがった!

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