顔合わせ、なう(死語)
衝撃の御対面から三分後、俺は机を間に挟む形で楠木莉奈と向かい合っていた。
斜め前にはこれから俺の母さんになるらしい人も座っていて、流石は人気急上昇中の女優の母親というか、こちらもかなりの美人さんなのだけども、それ以上に残念な印象の方が強い。
まずファーストコンタクトがあんなのだったわけだし、それに現在進行形でしきりに俺にウインクをしてきていて、正直なところ既にしんどい。出会って五分でお腹いっぱいになった。
率直に言って、同じ屋根の下では絶対に暮らしたくないタイプだ。週に一度、道の向こう側で見かけるぐらいがちょうど良いタイプだ。近くに行くほどにガッカリするタイプだ。
父さんのタイプってこういう人だったのか……。人は自分とは真逆の人間を好きになると聞いたことがあるけど、どうやらそれは正しいらしい。
ちなみに敷いてあった座布団はフカフカで、俺の家にあるものとはまるで質が違った。超高級品っぽい。
そのお陰で慣れない正座をしても負担が少ない。これならかなりの長時間にならない限りは、足を痺れさせる心配は無さそうだ。
この点に関してだけは良かった。今のところ唯一褒められる点かもしれない。
……さて、それじゃあ。
俺は隣へと視線を向ける。
そこに座っている父さんを、ギロリと剣呑な目で睨み付ける。
「父さん」
実の息子に重々しい声色で呼ばれた父さんは、首をゆっくりと動かし、俺を真っ直ぐに見つめ返した。
父さんの表情はいつもと何ら変わらず、何を考えているのかが分からない、無愛想な顔のままだった。
「どういうことだよ、これは。俺、何にも聞いてないんだけど?」
刺々しい物言いで、苛立ちを滲ませながらそう尋ねてみると、父さんは不思議そうにこう答える。
「……言ったと思うが」
いや、言ってないだろ絶対に!
こんな重大情報を聞かされてたとしたら、俺が忘れるわけないし!というか性格が変わるくらい頭を強く打ったとしても、こんなの忘れられないし!
「言ってない。絶対に、ずぇ〜〜〜ったいに、言ってない」
俺は強い確信を持って、強い意志も携えて、強く強く首を振るも、しかしそれだけでは飽き足らず、この煮えたぎった感情を少しでも発散しようと、
「ならいつ言ったのさ?何時何分何秒?地球が何回回った時?」
ついついこんな子供っぽいことまで口にしてしまった。小学生以来の懐かしいフレーズだ。
これ、何年振りに口に出したかな?政道は未だにたまに言ってるけど。
「……そこまでは分からないが、お前が莉奈さんの出ていた番組を見ていた時に、言ったと思う」
俺が楠木莉奈の出演している番組を見てる時ぃ……?そんな瞬間は多分、今に至るまでに一回ぐらいしかないけど?
それこそ一ヶ月前の…………えっ、まさかあの時のことを言ってるのか!?このクソデカダンマリ親父はあれをそんな一大イベントとして捉えてたのか!?
いやいや、まさか、そんなはずは無い……よね?
「ねね、父さん父さん。もしかしてそれって一ヶ月ぐらい前の、超衝撃映像100連発、的な番組を見てる時のこと……じゃあ、ないよね?流石に、ねぇ……?」
俺のそんな恐る恐るな質問に、
「……それだ」
父さんはしっかりと頷いてくれた。
頷くなこの口下手ぁっ!何がそれだ、だよ!首を横に振れぇっ!
「あ、あ……あんなので分かるかぁっ!!!」
俺は勢い良く立ち上がって、父さんを見下ろしながら声を荒げる。重そうな机じゃなくて、目の前にちゃぶ台があったのなら、きっと盛大にひっくり返していたことだろう。
「……青澄、今の子をどう思う?……じゃないわいっ!あれをどうやったらこれからお前の家族になる人だよ、って意味に変換できるんだよ?!世界の誰も無理だよ!息子の俺ですら無理なんだからさぁっ!大体父さんはいっつも──」
父さんのモノマネという名の小芝居も交えつつ、俺は更に苛烈な口撃を続けた。
そのついでにビシビシって父さんの額を、人差し指で突きまくった。
五分ぐらいはそうやって、日常の中で積もりに積もっていた鬱憤を晴らしていたと思う。口下手なところもそうだが、皿の洗い方とか、洗濯物の干し方と畳み方とか、実に些細なところまで言ってやった。
ぜえぜえ、はあはあ……!
気付けば俺の呼吸は、フルマラソンを走り切った後ぐらい、酷いものになっていた。走り切ったことないけど。
「……はっ」
不意に現状を思い出す。今は顔合わせの時だった。怒りに我を忘れてしまっていたけど、ここは我が家じゃないのだ。
俺の説教が効いているのかしょぼくれた父さん(表情に変化無し)からは視線を外し、ギギギ、と錆びたブリキの人形もかくやのノロいスピードで、この場にいる第三者の方へと次に視線を向ける。
まず目に入ってきたのは、
「ちょっとちょっと莉奈っ!怒ってる青澄きゅんも可愛いわねっ!!」
母さん(仮)が目を輝かせながら、隣に座っている楠木莉奈の肩を叩いているところだった。
第一印象の通り母と娘の性格の系統は異なっているらしく、楠木莉奈の方は眉根を寄せて、鬱陶しそうな顔をしていた。
「はあ……お母さん、そのきゅんっていうの、絶対に辞めた方がいいと思うよ」
「えー、だってその方がしっくりとくるじゃない!青澄きゅんはくんよりきゅんよ!絶対に!」
な、何だよ、くんよりきゅんって……?この人は何を言ってるんだ……?全然分かんないんですけど……?
……まあ、いいや、どうでも。深く考えたら墓穴を掘る気がしてならない。
とりあえず、先に場を荒らしたことを謝ろう。それが人としての礼儀だし。
「……あの、お見苦しいところをお見せして、すいませんでした」
座布団の上にきちっと座り直し、俺の出来る最大限に綺麗な正座をして、そのまま深く深く、土下座の半歩手前ぐらいまで頭を下げる。
えー、この度は誠にすいませんでした。ははぁー。
「うんうん!それでっ?」
SO・RE・DE!?
「その次にくる言葉は、ご迷惑をおかけしたので何でもします……みたいな感じだったりするのかな〜?」
いや、そこまでの話だったんですか?それ本気で言ってますか?
ひとまず土下座までしようとして、その前に、助け舟が俺のもとへとドンブラコと流れてきた。
「お母さん……私、そろそろ怒るよ」
と、楠木莉奈の鋭い一閃。滲み出している怒りは、さっきまでの俺のものに比べて、威圧感のレベルが違う。
これが実力派若手女優の実力……ごくり……違うか。
「もうっ冗談よ〜っ!怒らないで、莉奈っ!この通りよっ!テヘペロ!」
どの通り?地獄の一丁目?
「フンッ」
どすっと鈍い音がした。母さん()が悶絶している。え、殴ったのですか?
「重ね重ね本当にごめんね。お母さんね、少しテンションが上がっちゃってるだけで、いつもはもっと…………」
あ、黙った。てことはいつもこれなんだ。それはちょっと、ごめんかなり、しんどすぎるんですけども。
二十秒ほどの沈黙の後に、楠木莉奈はゆるり明後日の方を向いた。ぽつり、
「…………ワ、ワルイヒトジャナインダヨ」
うわ、いきなり驚くほどの棒読みになった。
しかもそれってどうしようもない時に絞り出す答えだし……なおかつ大体悪い人なんだよなぁ……。
「と、とにかくっ!改めてこれからよろしくね、青澄くん」
あ、強引に話題を変えた。とにかくって便利な言葉だよね、ほんとに。
意図は察しているので、俺も何事も無かったかのように、話を合わせる。
「よ、よろしくお願いしますっ」
楠木莉奈に向かって、さっきよりは深くないまでも、浅くはない程度に頭をきっちりと下げる。
緊張はというと、まだしていた。テレビの向こうにいた人が目の前にいるのだから、それも仕方ないだろう。長々とは顔を合わせてられない。
「これから私たちは家族なんだから、そんなに畏まらなくていいよ。年だって一つしか変わらないんだから、敬語なんて使わなくていいし、名前も気軽に呼んじゃってね」
いや、そんな簡単な風に言われても、それは中々難しいって。
ここですぐに「おっけい!莉奈ぁ!これからよろしくぅ!」と言える人間がモテるんだろうさ。でも、俺には絶対無理です。
「わ、かりました。莉奈……さん」
小心者の俺には、これが精一杯だ。
「私はドラマの撮影とかもあって、完全に一緒に住むようになるのは年明け頃からの予定だけど、ちょくちょくこっちには来るから、そのつもりでいてね」
うお、女優だ。その言葉を聞いて、また緊張が強くなる。
年明けからってことは、あと二ヶ月も無い。本当に一緒に住むのか、こんな綺麗な人と。
未だ現実感がない。頬を強めにつねってみたら、涙が出そうになるぐらい痛かったから、現実には間違いないんだけどさ。
はあ、こんなの誰にも言えないな。特に政道には。
あいつの熱がこの二ヶ月の間に冷めることを祈っとこっと……。
そしてその後、母さん(その名を
色々と重大な内容はあったが、全部を話すのは面倒なので、一番重要なことで、一番億劫なことだけ報告しておく。
母さんの方は、明後日の日曜から我が家にやってくるようだ。
あの、こっちが年明けであってくれよ……。
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