憤怒 - Ⅶ
『みやびってさ、あんまり怒んないよね』
いつかの放課後、なにげなくあやかが呟いた言葉があった。
『そう? …………ほんとはずっと怒ってるけど?』
ただ、それを表に出すのが許されてないだけだから。
『ありゃ、まじ? 私にも怒ってる?』
そう問われて、ゆっくりと首を横に振った。
『ううん、あやかにはほとんど怒ってない。……よくあるのは教会のこととか、学校のこととか、奇跡のこととか、そういうとこかな』
そうやって嘘偽りない、そんな言葉を当たり前に口にできるのは、君の前だけだから。
『あー、やっぱり』
そうやって口にした言葉に、あやかは少し納得したようにうなずいていた。私は少し心配になって、首を傾げる。
『私、そんなに怒ってるのわかりやすい?』
ただ、そんな言葉にあやかは軽く笑って、首を横に振っていた。
『ぜーんぜん。でも、ほらみやび優しいからさ、そういうの溜め込んでそうだなーって想っただけ』
そう言ってあやかは、いつも通り、屈託のない顔で笑ってた。
『優しい……かどうかはわかんないけど、それって溜め込むのと関係あるの?』
溜め込んでる自覚は、まあ正直あるけど。
『んー? うーん、優しい人は結構ため込みがちというのが、私の経験則なんだけど。うちのお父さんがさ、まあ優しいし怒んなくて、実際怒ってるの一・二回しか見たことないんだけどさ。怒った時が、もー怖いの、普段優しいから余計だよねえ。
……そんで気づいたんだけど、優しい人って怒ってないわけじゃなくて、怒りそうになっても、じっとこらえてくれる人なんだよね。優しいから相手を傷つけないようこらえちゃう。だから、そういう人は溜め込みがちって印象があるかな』
そうやって話すあやかは、なんでか、どこか少し楽しそう。
『ふーん、あやかのお父さん、怒ったら怖いんだ』
そう問うと、笑顔はより一層深くなる。
『そだよー。でもまあ、大事なことのために怒ってくれてるのは凄く伝わるかな。実際、お父さんが怒ったのも、私が教会の神父に襲われかけた時くらいだし。あの時もずっと私のことだけ心配してくれてたから』
でも、そうやって話す姿は少しだけ寂しそう。それは結局、あやかのお母さんとの決別の話でもあるからかな。
『…………そっか』
私は上手く言葉を探せなくて、淀んだ返事しかできなかった。
『…………まあ、でも私なりに学んだ話ではあるんだよね。怒るってさ悪いイメージが強いし、ずっと怒ってばっかりの人は嫌だけど。
―――それでも、大事なものを守るときとか、やっぱり怒らなくちゃいけない瞬間はきっとあるから』
だけどあやかは、軽く頭を振ると自分ですっと俯いた視線をまっすぐ戻して、そう言って優しく笑ってた。
『…………大事なものを守るとき?』
私にとって、何が大事なものなんだろう。
『そう、大事な人とか、その人との関係とか……あとは何より自分の心とか』
その大事なものに、私は、私自身をちゃんと含められているんだろうか。
『……………………』
『そういうのを守らなきゃいけない時もあるから、みやびはもっと怒っていいよ』
怒っていいなんて、変な言葉。そんなこと、生まれて初めて言われた気がする。
『……そういえば、私あやかに、一回怒ったことあると想うんだけど?』
そう言うと、君ははっとなった表情をして、そうだそうだと手を打った。
『あ、ほんとだ。私一回怒られてるじゃん』
『そう、勝手に奢りはじめときね。あの時は、ちょっと嫌だった。折角一緒に行ったのに、私だけ奢られて、お客さんみたいに扱われて。初めて友達とカフェなんて行ったのに』
『その節はどうも……、気を遣いすぎました……たはは。……許して』
『もう許してる。……今更だけど、私あやかには普通に怒れるかも』
『それいいことなのか……?』
『さあ? あやかがお手軽に怒りやすいだけかもしんない』
『ぐ、ぐぬぬ……お手軽に怒りやすいとは……』
『ふふ……うそうそ。…………うん、そだね。ちょっと頑張ってみる、いざって時に怒れるように』
『ふふふ、そーしたまえ』
『その代わり、怒ったときは、ちゃんと話、聞いてよ?』
『もちろん、まっかせろ』
そう言って君は笑ってた。
もっと怒っていいよなんて、変な言葉を言いながら。
そんな光景を、どうして今までずっと忘れていたんだろう。
そう、君はずっと言ってくれていたのに。
大事な時は怒っていいって。
大切なものが、大切な人が傷つけられた時。
ちゃんと怒っていいって言ってくれてた。
なのに私は、君が傷つけられたとき、何もできないで。
言われるがまま、されるがまま、黙って、耐えて、飲み込んで。
その果てに、大事にしてたものを、大事にしてた関係を、そして何より他の誰でもない私自身を。
誰かの手で、ぐちゃぐちゃになるまで壊されてしまった。自分が大事にしてたことが、誰かにとって都合がいいように売り渡されてしまってた。
誰かの望みに応えるのは尊いことで。
誰かの願いを叶えるのはとても綺麗なことだけど。
その果てに、私の大事なものが傷つけられてしまうなら、私自身の心を犠牲にしてしまうなら。
ほんとは私は怒らなきゃいけなかったんだ。
声に出して、相手を見て、まっすぐ自分の怒りを伝えなきゃいけなかった。
やめて、そんなことしないで、って。
守らなきゃいけなかった。
そんなきっと当たり前で、誰だってしていることを。
私は失ってから、初めて気づいた。
君を失って、るいを失って、えるを失って。
あの日常を失って。
そして何より、私自身の心を失って。
初めて気づいた。
やっと、やっと気づけた。
「ほんとはね、死にたくないの」
「うん」
「ほんとはね、世界なんて知らないの。みんなの期待なんて知らないの。だってみんな、私の心なんてちっとも知ろうとしてくれないんだもん」
「うん」
「ほんとはね、こんな奇跡も嫌だったの。痛いし、辛いし、苦しいし、一体誰が自分の身体に孔が開く痛み解ってくれるのって想ってた。私がどれだけ痛いかもしらないで、なんでやれっていうのって想ってた」
「うん」
「学校でのことがね、全部教会で決められてるのが嫌だったの。修学旅行の班わけだって決まってて、ほんとは行きたいところもあったのに。ちゃんと選べたことなんて一度もなくて」
「うん」
「訓練もいや、礼拝もいや、教会のためとか言って都合の悪いことに隠蔽かけるのもいや、断罪とか言って、知らない人に酷いことするのもほんといや」
「うん」
「奇跡の施しとか聖歌歌うのは嫌いじゃないけど。それを理由に教会に縛り付けられるから、ほんとはそれも嫌だった。だけど嬉しそうな信徒の人たち見てたら、結局されるがままになっちゃって」
「うん」
「友達を作るたび、その友達に酷いことされるのが嫌だった」
「……うん」
「あやかに酷いことされた時、…………ほんとに、ほんとにいやだった」
「…………うん」
「ああ、もう私が近くにいちゃダメなんだって。あやかに甘えちゃったから罰が当たったんだって、想ったけど。想ったけどやっぱり嫌で。ほんとは、ずっと―――ずっと離れたくなんてなかった」
「………………うん」
「るいやえると引き離されたのが嫌だった」
「うん」
「あやかともう会えないってなったもの嫌だった。私の知らないところで、死んじゃってたら、どうしようって想ったら、もうわかんなくちゃった」
「…………うん」
「海に……一緒に海に行けなくなったのが嫌だった。行きたかった、ほんとはみんなで行きたくて、水着だって欲しかったし、お小遣いだってもっと欲しかったし、いろんなこともっとしたくて―――」
「うん、うん」
「ちゃんと―――怒りたかった」
「うん」
「大事なもの、傷つけられたんだから。もっと―――ちゃんと」
「うん」
「ちゃんと―――守りたかった」
「うん、大丈夫。みやびなら、ちゃんとできるよ」
「―――できるかな」
「―――できるよ。みやびなら大丈夫。だからみやびはやりたいこと、したいこといくらでもしていいんだよ。一杯頑張ってきたんだから」
「――――うん」
「――――大丈夫。大丈夫だから」
「――――うん」
泣きながら、涙を零しながら。
そんな慟哭をずっと繰り返していた。
割れたステンドグラスから零れた光に照らされた、礼拝堂の真ん中で。
罪人が贖罪を訴えるような声を上げて。
母親に縋る子どもみたいに泣き叫んで。
二人揃ってへたり込んで抱き合いながら。
そんな言葉を。
慟哭を。
告解を。
ただひたすらに繰り返してた。
触れた君の身体は温かくて、私の血のせいで少し濡れていて。
抱きしめる身体はちょっと傷ついてて、だけど抱きしめてくれる手はどこまでも優しくて。
応える君の声はただ静かで、安心できて。
泣き叫ぶ私の声は、段々と小さく小さくなっていた。
どれくらいの間、そうしていたかはわからないけど。
涙は気づけば止まってて。
ふと顔を上げて周りを見回してみたら、もう礼拝堂を壊していた『何か』は無くなっていた。
私達が言葉を止めれば、音はもうどこにもなくて。
静かで、穏やかで、君の呼吸の音と、私の心臓の音だけが鳴っているだけ。
そんな瞬間が堪らなく愛おしくて。
ああ、やっぱり。
やっぱり、私の居場所は君の隣が一番いい。
君の胸の中が一番落ち着く。君の隣が一番安心できる。
君の声の届く場所がいい。君の笑顔が見える場所がいい。
泣きたいときは君に抱きしめてもらうのが一番いい。
もしも今日、世界が終わってしまうとしても、私は君の傍にずっといたい。
きっと生まれて初めて、そんな気持ちを胸抱けた。
生まれて初めて本当に意味で欲しいものにやっと出会えた。やっと気づけた。
孔が空いた胸に暖かさが戻ってくる。
痛みばかりに震えてた身体に、安らぎが帰ってくる。
生きてていいってそんな想いが、心の奥に少しずつ湧き出してくる。
だから、そう君が言っている通り。
大丈夫、もう二度と失わない。離さない。
この居場所を守るためなら、きっと私は何だってできる。
もう、大丈夫。
そう想って君の身体をもう一度抱きしめた。
この暖かさをもう二度と忘れないように。
ゆっくりと息を吐く。
「……ありがと、あやか。もう大丈夫」
最後にそう口にしてから顔を上げる。ようやく涙も止まって、少しだけ落ち着いてきた。
「うん……」
そんな私に、君はそう言って、でも腕は相変わらず私を抱きしめたまんまで、時折優しく背中を撫でてくれている。
その暖かさに甘えるように、私はもう一度君に体重を預けて。
そんな時―――。
「お、ちょうど泣き止んでるじゃん」
目の前にふっと二つ影が差した。
「……でもみやびはもっと泣いていい。だって十年分なんだから、必要なら私たちはもうちょっと待つ」
バサっと何かが羽ばたく音がして、目を上げる。そしたら、その二つの影がステンドグラスの光を遮りながら、私たちの真上に二対の翼と共に舞い降りる。
白と―――黒の――――。
「るいちゃん……えるちゃん…………?」
そこにいたのは、『翼』を広げたるいとえる――――。一瞬意味がわからなかったけど、『眼』でみてようやく状況を理解する。
つまり、それは彼女たちの、本来の『天使』と『悪魔』の姿を顕現させた姿。
思わず目を疑うけれど、いくら見ても変化はない。
―――――は?
え? なんてことしてやがんのこの二人。
「るい―――、える―――」
「ところでさあ、える、警備はあらかた処理できた?」
「……完全には処理できてない。みやびの暴走を察知してから、すぐにこっちに飛んできたから。それでも少し邪魔されて時間がかかった」
「あー、だよねえ。私も似たようなもんだけど…………あれ? みやび?」
何、当たり前のように世間話とかしちゃってるわけ、この二人は。
「るい―――、える―――――」
そう声をかけて、あやかの腕からそっと抜け出して、二人を見上げる。それから二人の身体の『組成』をもう一度、確認する。何度確認しても、『眼』で見た通り二人の身体は、今この瞬間にも刻一刻と『天使』と『悪魔』に近づいている。
……ほんと何してんの、この二人。
せっかく止まった胸の痛みが、ゆっくりと復活しだす。ただし、さっきとは別の要因で。ついでに多分、今、私の表情はひどい顔になっている。
「あれ…………なんかみやび、顔怖くない?」
「…………」
段々と、私の異変を察してきたのかるいは若干冷や汗を垂らして、えるはそっと私から視線を逸らした。
ああ、計らずともさっそく怒るタイミングが来てしまった……。
「るい」
「……はい」
「える」
「…………なに?」
「
そう言って、足元の地面を指さした。二羽の天使と悪魔は、そっと顔を見合わせるとすごすごとゆっくり空中から降りてくる。状況に置いてけぼりのあやかだけが不思議そうに首をかしげているけれど、今はそれどころじゃない。
「その『翼』、なに?」
頭の奥からふつふつと湧いてくる感情をぎりぎりで抑えながら、じっと二人に詰め寄る。二人は地面に着地して、誰が言うまでもなく正座になった後、ゆっくりとお互いの顔を見合わせた。まるで宿題をやっていなのがバレた子どものように気まずそうにして。
「え、えとみやび救出のために、力が足りないから『翼』を出してて……」
「…………私達が陽動になってあやかをここに連れてくるのが目的で。私達も……その……かなり怒ってたから……」
二人がそうぽつぽつと事情を話してくる。経過は大体、予想通り、予想通りだからこそ頭の奥からふつふつ湧いてくる怒りは、余計に沸き立つばかりなんだけど。
「その『翼』さあ。使ったら二人とも、
天使と悪魔になってさ、概念上の存在になっちゃうやつだよね?
そしたら、もう二度と私達には見えなくなるし、言葉も交わせなくなるやつだよね?」
「「………………」」
押し黙る二羽。
「え? るいちゃん、えるちゃん? どういうこと?!」
混乱していたあやかが、ようやく状況を飲み込み始める。
この子たちの身体の組成は、あくまで人間のそれだ。産まれたときから半分概念上の存在との合いの子なってる私とはわけが違う。『奇跡』を使いすぎれば、それだけ概念上の存在に近づくし、それはつまり人間を辞めることにほかならない。
まして二人はもともとの存在が『天使』と『悪魔』。もともとこの星の外、遥か彼方の理外の存在だ。そこまで戻ってしまったら、もう人間として生活することはできない、概念的に私に見えればまだいい方で。天上の存在が地上にいることを許せない集合的無意識に地球の外まで飛ばされて、二度と戻ってこれないのがオチだろう。
「つまり、るいとえるはね、私を助けるためなんだろうけど。自分たちがこの星から消えて無くなってもいいって想ってたみたい。その翼、出したら最後、人間の身体無くなっちゃうんだけどね。そんで私とあやかは、二人がいなくなっても、この場が解決すれば万事オッケーって想うような、能天気なやつだと思われてたみたいだよ」
そう口にすることで、余計にふつふつと怒りが湧いてくる。あー、なるほどこうやって怒るのか。いい練習台ではあるけど、結果がさっぱりわらえないんだけど。
案の定、隣に立っているあやかも、段々と顔が赤くなってきている。状況を飲み込み始めると、二人がどういうことをしでかしていたのかの意味がわかって、怒りが湧いてきたんだろう。私もそう、もうキレそう。てかキレてる。
「ほんっと、あり得ない」
「……それはダメだよ、二人とも」
そうして私とあやかが放った言葉には、明確に怒りがこもってた。
そして、二羽の天使と悪魔はそれぞれ罰が悪そうな顔で私達から目を逸らす。まあ、それだけ私たちのことを想ってくれた結果なんだろうけど。その想ってくれた関係の中に、二人が含まれてることも少しは考えて欲しかった。
…………なんて、まあ、私も結局、似たようなものだけど。
だからこれ以上、怒りはしない。
だからもう、私は私にできることをするだけだ。
ちょうどさっき、あやかにやりたいようにしていいって言われたばかりだし。
今わいている怒りは、紛れもなく私にとって大事な物を守るために湧いてくる怒りだから。
その、怒りに背を押されるまま。
私の大事なものを守るために、怒りを使う。誰に文句は言わせない。
「二人とも。手、出して」
そう言って私が出した手に二人は、意図も解らないまま、おずおずとそれぞれの手を添えてきた。
まあ、この二人も勝手に色々やったわけだし。
私が勝手に色々やっても、文句のつけようはないでしょう。
「
「……「え?」」
そう言って、
厳密に言うと、『翼』っていう概念に可視化された奇跡そのもの。概念を変化させる力そのものを私の中に吸収する。
バサっという音が二人の背中から聞こえたと想ったら、次の瞬間には身の丈を覆うほどあった『暗翼』も『光翼』も、舞い散る羽を遺して跡形もなく消え去った。
一瞬、身体中の血管が倍に膨れ上がるような飽和感が身体を満たす。でもまあ、あやかを蘇生させた時に比べれば大したものじゃない。
唖然とする三人を置いたまま、私は自分の中に吸収された力の具合を確かめる。うん、大丈夫、問題ない。内に留めておくのは難しいけれど、すぐ使う分には支障がない。
ふう。これで、二人ともこれ以上、『天使』にも『悪魔』にも変化しない。ぎりぎり、人としての身体は保てているから、これからも、私たちのただの友人としていてもらえるはずだ。
勝手にやったのは申し訳ないけど、そこはお互い様だしね。
「え?! 私らの『翼』??!! みやび!?!?」
「…………奪ったの……? それだけの『奇跡』、抱え続けたらあなただって無事でいられない」
「……みやび、大丈夫?」
「だいじょーぶ、どうせすぐ使い切るから」
そう、この力はすぐ使う。
ちゃんと私が怒るために。
ちゃんと決別するために。
ただ少しだけ緊張もする。
私が十年の間に培ってきたもの、私を十年の間縛ってきたもの。
それと向き合う必要があることだから。
だから軽く息を吐いて、ぐっと手を強く握った。
「さ、行こう。みんな」
あえて軽くそう言って、私はふらりと歩き出した。ぼろぼろになった礼拝堂の真ん中を、悠々と縛るものなんて何もないかのように。
余った力で、ゆっくり胸の傷を塞ぎながら、それとなく、少しだけ後ろを振り返ったら、きょとんとしたあやかと目があった。
できるかな、やれるかな、本当にちゃんとお別れできるかな、この先ほんとに大丈夫かなって、少し不安になった。
だから、きょとんとした君に少し微笑みかけて聞いてみる。
「ね、あやか。もし私が独りぼっちになっても、助けてくれる?」
君は少しだけ不思議そうに首を傾げて、でも程なくして優しく笑みを浮かべると。
「もっちろん!」
と、そう元気に答えを返してくれた。
そんな答えに、少しだけ笑みをこぼして。
君を縛る銀の首輪を、そっと撫でる様に指でなぞった。
『刻印』を。
バヂッと何かを焼き切るような音がして、あやかの首から二つに割れた首輪が落ちる。後は少しあやかの身体を撫でて、後ろの二人も合わせて傷のあらかたを治癒しておく。
うん、『翼』を二つも貰ったから、出力がかなり上がってる。聖別された『退魔』の銀器を簡単に焼き切れるくらいには。
唖然とした三人に軽く微笑んでから、私はすっと正面に向き直った。
さあ、もうこれで終わりにしよう。
『聖女』も『魔王』も何もかも。
私の大事なものを傷つけるその全部を。
今日、ここで終わりにしに行こう。
◆次回で憤怒編は終わりです。
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