憤怒 - Ⅳ

 みやびのことは、最初、暗そうな子だなって想ってた。


 『あの人』に使命を与えられて産み落とされて。


 でも使命は『できたらでいい』なんて変なこと言われて、混乱して。


 いざ出会ってみた見守るべき『聖女』は随分と無愛想な子だった。


 話しかけて、最初は私たちの素性に驚いていたけれど、やがて興味をなくしたようだった。その頃はまだ、あの子にも友達がいたっけね、一か月もしないうちにその子は学校に来れなくなったけど。


 そんなやり取りを何度か繰り返して、あの子が段々と周囲に対して諦めのような視線を抱いていくのを、私たちはただ見ていた。


 引きこもった子のケアに行ったり、教会の見張りを出し抜いたり、うざがられようが無理矢理あの子に話しかけたり。


 いろいろしてはみたけれど、正直、やってて半信半疑。


 だって、私達に与えられた使命は、あの子をただ『見守る』こと。苦しい境遇から助けたりとか、教会をぶっ潰したりとか、はたまた教会のために尽力したりとか、別にそういうことをしなきゃいけないわけでもない。


 ただ『見守る』だけ。


 そんな曖昧な使命に、もやもやしなかったなんて言ったらウソになる。


 ただ、正直、どうしたらいいかわからなくて『見守る』って言う言葉を、傍観するって言葉に無理矢理変えてたのかもしれない。


 えるが言うには、『天使』や『悪魔』が救いになってはいけないらしい。


 それじゃあ、みやびは『聖女』から何も抜け出せないから。


 あの子の救いは何も特別じゃない、ただの『誰か』でないといけないって。


 ちょっと、よくわかんないよね、助けれるなら助けたらいいじゃんって想うわけだけど。でも、みやびもそれを望んでいるわけじゃなかったから、結局つい一月前に至るまで私たちはあの子のことを本当にただ見守っていただけだった。


 だけど、あやかが来てからの一か月は、本当に劇的だった。


 いや、やってたことだけ書き連ねていったら、多分、高校生がよくやるありふれたことしかしてないんだけどさ。


 カフェにスイーツ食べに行って、保健室でさぼって、カラオケ行って、試験勉強して、夏休みの計画立てて、恋とかそういうのもしてみたりして。


 きっと、割とどこにでもいる高校生の、ありふれた日常。


 でも、みやびのモノクロの世界には、今まで一度だって訪れてこなかった色鮮やかで鮮烈な日々だったんだろう。


 正直、ちょっと嫉妬した。


 こちとら十年見てきてんのに、ぽっと出がしゃしゃりでちゃってよーなんて。


 ま、思わなくもなかったけれど。


 それ以上に、当たり前に喜んで、当たり前に戸惑って、当たり前に笑って、当たり前に人を好きになってるみやびを見ていると、なんだかどうでもよくなってくる。


 ああ、そっか私とえるは、きっとみやびのこういう日常を見守るために、あの空から落ちてきたんだ。


 なんて、そう想ってしまうくらいには。



 なんて、そんなことを想っているとふと思い出す。



 この身体に私達の意思が宿る前。



 遥か空の向こうで言われた言葉。



 『特別な力を持ってしまった子がいるの』



 『その子は、これからきっとたくさん苦労すると想うから』



 『よかったら、あなたたちにはその子を見守ってあげて欲しいの』



 『何か特別なことはしなくてもいいから、ただ傍で見守ってあげていて』



 『ああ、でもね、あの星に生まれ落ちたら、あなたたちもあの星に生きる命になるから』



 『最後の最後、本当にどうするかは、あなたたちの意思で決めて欲しいな』



 『上手く仲良くなれないかもしれない、もしかしたらこんな奴、見てたくないって想っちゃうときもあるかもしれない。でもそれはそれで仕方ないと想うの、あなたたちが一生懸命生きて考え出した結論なら、私はそれでいいと想う』



 『だから、あなたたちのやりたいようにやってみて。私はそれを、ずっと見守っているから』



 『諦めないで、頑張ってね。私の可愛い『天使』と『悪魔』。……ううん、これからは、えると、るいだね』



 あの言葉の意味が、今日までうまくわからなかったけれど。



 今は少しだけわかる気がする。



 怒るあやかを見て、みやびを必死に取り戻そうとするあやかを見て、自分ひとりじゃなんにもできないのに、想いだけは一丁前なあやかを見て。



 ああ、この子を助けたいなってそう想った。



 そして、もう一度、四人でまたあんな風に笑えるようになりたいなって想った。



 そうでなくても、みやびとあやかがちゃんと二人揃って隣にいれるなら。



 私は、それがいい、それでいい。



 だって、『やりたいようにしていい』って言われたもんね。



 じゃあ、好きにするよ。言われた通り、私の心の赴くままに。





 『暗翼』を。





 そう聖句を唱えて、私が悪魔である証の黒い翼を思いっきり広げた。



 生まれてからずっと抑え続けた『奇跡』の力。



 そもそも身体が特別なみやびと違って、私とえるは普通の身体だ。だから奇跡を使いすぎたら、身体が『天使』や『悪魔』の在り方に引っ張られてしまう。



 そしたらこの人間の身体は維持できなくなるだろう。だから私たちの奇跡にはずっと制限がかかってた。



 でも、今はそんなこと気にしない。



 今日、ここで使い切る。



 視界が360度、回転する。



 身体が物理法則じゃあり得ない挙動を描いて空を切る。



 そんな人生で、一度っきりの宙に舞う感覚を愉しみながら、私は眼下の人々に思いっきり笑みを向けた。



 ここは教会の総本山、最も人員と警備が集中する、正面広場。



 私の目的は、もちろん、陽動。



 えるとあやかが、ちゃんとみやびの元まで辿り着けるよう、ここで注意と人を引き付ける。




 空中で黒い羽根と共に翔びながら、独り、笑った。




 さあ、一世一代の大舞台、張り切ってやってみよー。
















 ※




 「…………意外」


 「……そうですか? あんな見え透いた陽動ならば、裏であなたが侵入している程度のこと、容易に想像がつくでしょう?」


 るいとは逆方向から『隠蔽』をかけて潜入した裏口には、敷き詰めるように警備が待ち構えていた。しかも気づけば背後も囲われ逃げ場がないように、取り囲まれている。


 「……そっちじゃなくて、あなたが直接出てきたところ」


 そして、その警備の奥に真っすぐとこちらを見つめている、シスター服の女。


 いつも決して自分では手を下さず、そうなるように他者を仕向けてきた。今、目の前にいるシスターと呼ばれる女はそういう人物だ。直接、顔を合わすことはほとんどなかったけれど、お互い監視を通して嫌というほど存在は意識していた。


 「重要な局面はきちんと自分の目で確かめたいタチでしてね。特にあなたたちは、場合によって報告を『改変』されることもありえます。念のためですよ」


 「…………そう。私のことなんて、そこまでも重要でもないと想うけど」


 私の言葉に、シスターはにやっと頬をゆがめた。どことなく呆れと嘲笑を含んだ、そんな表情。みやびの前では、形式上見せていない顔だろう。半端な嘘でなく本心から、そんな顔を使い分けているのは心底大層なものだと想うけど。


 「何を謙遜を、『聖女』程とはいかずとも、あなたたちはそれぞれ『奇跡』が扱える者。警戒も当然します、その調査も、下準備も」


 女の言葉と同時に脇に構えていた兵が、私に向かって大筒のような銃口を向けた。…………捕獲兵器のようなものだろうか。


 「奇跡を用いた概念操作は、銀によって阻害される。あの子曰く、銀に付与された『退魔』の概念のようなものが、奇跡を弾いてしまうそうですね。そして、あなたたちの認識操作は、一度かなり近くに寄らなければ、発現しない……ですね? つまり、この距離から銀器により、攻撃を行えば、あなたたちに対抗する術はないと」


 「……うん、よく調べてる。その通り」


 多分だけれど、みやびを使って散々奇跡の実験はしているんだろう。予測はおおよそ当たっているし、奇跡への理解も深い。何より、概念操作という奇跡の本質を、とても正確にとらえている。


 「……あなたは双子の中でも、比較的利口で合理的な方だとみています。どうですか、ここで降参して今後教会の意向に沿うならば、あなたたちの身柄の安全は保障しましょう。定期的にあの子との面会も許可します。どうです? 悪い提案ではないと思いますが」


 シスターの顔は勝利への確信と、自身の策謀への絶対的な信頼に染まっていた。まあ、実際今の状態は、限りなく彼女の思い通りになっている。


 「…………悪くない、でも、そこにあやかの安全は含まれているの?」


 「………………もちろん」



 「―――。あなた、ほとんど『嘘』つかないのが、すごいところだったのに」



 私がそう言うと、シスターの表情が明確に歪んだ。


 ぐちゃり、ぐちゃりとまるで泥人形をこねてつくった顔見たいに、歪んでく。


 「………………」


 「―――自覚してる? あなたは、あなたが想っている以上に、あやかのことを認められてない。だからあなたは決してあやかをそのままにはしておかない。自分の意図がかからないように工夫して、知らぬうちに始末するつもりだったのでしょう? あなた自身も関知しないようにしながら」


 「……ふっ、あんな『奇跡』も使えない小娘に、そこまでする価値があるわけが――」


 「―――そう? でも今あなた、また『嘘』ついてる。もしかして自分で嘘ついてる自覚ない? まあ、無理はないかもしれない、だってあなたは結局、みやびのことも、あの子が使う『奇跡』と、『聖女』っていう呼び名でしか価値を見出せなかったものね」


 ぐちゃりぐちゃりと、表情は歪んでくる。辺り満たす空気は、緊張と戦慄に満ちている。


 「…………」


 「―――あなたは結局、私達を『奇跡』の多寡でしか図れてない。だから見落とす、あの子の価値を。私があなたの立場なら、私とるいを追い詰めたくらいで勝ち誇ったりはしない。だって、今この場所で一番大事な鍵を握っているのはあやかなんだから」 


 「……………………あんな小娘に何ができると言うのです」


 「―――だから、それをあなたは見落としてるの。だって―――」


 「………………」



 「―――私たちも、あなたも、十年かけて変えられなかったみやびの心。それを、たった一か月で変えてしまったのが、あなたが何の価値もないと決めつけた、あやかでしょう?」



 女の表情にヒビが入ったかのように、その表情が決定的に歪む。それでも構わず言葉を叩きつけ続けていく。



 「……………………っ」


 「―――自覚してなかった? それとも、無意識のうちにあやかにそんな価値があるって想いたくなくて見落としてた?


 まあ、どちらでもいいけれど。もう


 ――――ありがとう長話に付き合ってくれて」



 そろそろ別ルートのあやかは無事に潜入出来ただろうか。



 「あなたは『奇跡』の価値しか見てこなかった、だから『心』を見落とすの」






 「踏みつけた『心』は、抑えつけた『想い』は、決しては消えて無くなったりはしない。あの子の内で、ずっとずっと息づいて、その時をずっと待っている」






 「それをあなたは考えもしない、だからあなたは見落とすの」






 「みやびの『心』を」





 「あやかの『価値』を」





 「私たちの―――『怒り』を」










 『光翼』を。








 そう聖句を紡いで、天使の象徴たる白翼を背中に顕現させる。



 今、この瞬間に限って言えば、私たちの奇跡の出力はみやびのそれに匹敵する。



 それにしても、あやかに少し影響されたかな、身体が熱い。でもそれだけでは説明がつかないほどの激情が、今、私の全身から溢れ出している。



 どうにも私も、私が想っている以上に怒っていたみたい。あの子たちを傷つけられたこと、その日常を台無しにされたことに。



 どうしようもなく怒りが溢れ出して止まらない。



 翼が顕現した余波で感情が熱波となって零れだす。轟音があたり一面を、背中の翼を中心に乱流となって迸る。



 「――――っこの」



 「―――もう喋らないでいい。あなたの言葉は耳障りでしかないから」



 



 『   』







 聖句と同時に、もう一度あたり一面に乱流が迸った。












 …………なんか、どおんって音がしたような。


 だれもいないろうかで、うぃーんとドアを開けながらうぬぬと首をかしげてみる。


 まあ、今日はお母さんもそばにいないので、だれも返事をしてはくれませんが。


 ぐぬぬとうなりながら、わたしは控え室の前でうろうろと歩き回る作業に戻る。


 それもこれもというものの。


 なんと! 今回のみやびさまの奇跡、子どもは見ちゃいけないんだって!!


 なんで!! 私、今日はみやびさまのお付きなのに!


 舞台袖まで行って、始まりのあいさつだけしたら追い出されちゃった!!


 それからというものの、どうにかみやびさまの奇跡をみれないかなって、辺りをちょろちょろしているんだけど、さっぱり入れそうにありません。


 むー、なんで! 今日の奇跡は特別だっておかあさん、嬉しそうに言ってたのに!!


 なんで、子どもは見ちゃいけないの! どーりで、今日はゆうくんも、かずさちゃんも来てないし! 子ども私だけなのおかしいと想ったらそーいうことかー!!


 シスターにあるまじきぷんすこ具合ではあるのだけれど、いくらぷんすこしても状況はかわんない。くう、これは一時撤退せざるをえない。


 でも見たかったなー、みやびさまの奇跡、いっつもおっきな傷を治したり、あとぴーを跡形もなく消してみたり、すごくてすごくて、すごいのだけれど。

 

 それのもっとすごいバージョンってことでしょー、あーあー、みたいなー。どんなことするんだろう。


 あ、でもそういえば。


 みやびさまと別れる時、じゃあ、ここまでだねって言って、最後にいってらっしゃいをして見送ったけれど。なんかちょっとさびしそうというか、ちょっと悲しい顔をしてた気がするけれど。


 気のせいかな。なんだろ、みやびさまがいやなことする奇跡じゃないといいんだけれど。


 なんて考えをしながら、みやびさまのきひん室に戻ってきた頃のことでした。



 …………変な人がいます。



 シスター服を着ているけれど、私にはわかります。あれは変な人です。


 だって、教会のシスターは皆んなおしとやかで、ゆうがで、えれがんとで、あんなにおろおろ歩き回ったり、あちこちきょろきょろしたりしないのです。


 なんだろー、と考えて、私ははっとなってその答えに至りました。あまりの名案に、頭の中で先生が花丸を押してくれています。


 ふっふっふ、これでも察しのよい小学生として売っているのです。ねるは気づいてしましました。


 「そこのお姉さん!!」


 「うぉおっひょうぅい!!???」


 声をかけるとお姉さんは想像の五倍くらい飛び上がってくれました。そのままこけそうになったので慌てて支えて。お互いなんだかちょと照れながら顔を合わせます。なんだかリアクションが面白いお姉さんですね。


 「そこのお姉さん!!」


 「あ、あらためてやる感じ?」


 そう、あらためてやる感じです。


 「さては―――迷子ですね?」


 「ま、まあ、そうかも」


 どうどうと決めポーズを、そしてドヤ顔を忘れないよう、そう告げます。私の言葉にお姉さんは少したじたじ。ふふ、そんな態度が動かぬしょーこ。いわゆる図星というやつなのです。


 「やはり。そして、私はおねーさんの行き先を知っています!!」


 「な、なんだってー!!」


 「ずばり、大聖堂。式典をやっている場所でしょう!! ずばりみやびさまの奇跡を見たいのです!!」


 なぜなら、今日、教会の人は特別に全員みやびさまの奇跡を見ないといけないのです。このお姉さんはおそらく、式典が始まったのにここがどこだかわかんない。みやびさまの奇跡がみれなーいって困っている人にちがいないのです。


 「お、すげえ。ほんとにあってる」


 「ふふーん、どやです」


 推理が当たって、思わず鼻が高くなりますこれは私も、眼鏡をかけて腕時計がたますい住をつける日も近いもしれません。


 「いや、この建物でかくてさ、わかんなくなっちゃって」


 「ですよね。そーほんざんはとてもおおきいのです! でもご心配なく、ねるが案内してあげます!!」


 そう言って、おねえさんの手を取って私はドヤ顔できた道をもどりはじめます。


 さあ、さあ、このおねえさんを式典の場所までつれていってあげましょー。


 そして、そして。


 もしもの、そして。


 案内するついでに、ちらっと舞台がのぞけたら。


 ぶたいそでから、ちらっとみやびさまが何をやってるか見えたなら。


 それはー、もー、事故だから、仕方がないですよねー。


 うひひとシスターにあるまじき笑みを浮かべながら、お姉さんの手を引いて小走りで廊下をかけていきます。うきうきが止まりません。



 「わ、ちょっと、えと、ありがと! えーと、ねるちゃん!?」



 「はい、ところでお姉さんは名前なんて言うんですか?」



 「え、! えーっとね、みやびの友達!!」



 「え、みやびさまの友達!? いいなー!! 私もみやびさまと友達になりたい!」



 「あはは、みやび聞いたら喜ぶよ!」



 「あ、でも友達でも、みやびさまってよばないと怒られちゃいますよ!!」



 「いーや、友達はみやびって呼んでいいんだよ!!」



 「えー、ずるーい!!」



 「あっはっはっは!!」



 そんな会話をしながら、お姉さんを連れて控え室に向かって走ります。



 さあ、さあ、みやびさまの奇跡をちらっと覗きにいっちゃいましょう!!



 そんな風に笑う私のとなりで、あやかっていうなまえのお姉さんは、笑顔のまま、どこか真剣な瞳でじっと前を見つめていました。

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