ごーよく 二

 今日は、あやかに誘われて、るいとえるも併せて水着を見に来ていた。


 私の水着は、当日あやかが持って来てくれるから、この買い物に私が参加する意義は実はあんまりない。えるも新しいのを買うらしいけれど、るいはもうすでにあるものを使うらしいから、私と同じ見学組だ。


 ただまあ、だからといって参加しないという選択肢は別になかったりする。多分、るいもそれで仲間外れにされるのは嫌がる質だし。


 「これ、どう? パレオっていうやつかな? 淡いピンクがいい感じ」


 「うん、かわいい」


 「……う、うん。えとじゃあ、こっちのワンピースみたいなのは。水色が夏らしく良くない?」


 「いい、綺麗、かわいい」


 「ふ、ふふ……、こ、この程度照れはしませんよ。えと……じゃあ、このフリルがついたやつは……」


 「最高、抱きしめたくなる、綺麗、かわいい」


 「ふ、ふふ…………照れてねえ、照れてねえぞ……」


 「ちなみに、今手に持ってるビキニはダメだから」


 「え、あ、やっぱりそう? こういう大人っぽいのはあんまり私、似合わないんだよねえ。一応、もってきたけどさ―――」


 「だって、ちょっと煽情的すぎて、私が耐えられる自信がないから」


 「………………みやび?」


 「だから……その、海行ったとき、外であやかがしたいなら……それでもいいよ?」


 「みやび!? ねえ、みやび!? 正気に戻って?!」


 「あ、でも。それでもいいかな、ていうかそれがいいかな。あやか、それにしよ。そのビキニ。うん、それがいい、一番いいから」


 「みやび!? 私達、水着見てるだけだよ?! るいちゃん、えるちゃん、ヘルプ!! ヘルプミー!!」


 慌てたあやかがるいとえるに助けを求めているけれど、二人は知らん顔でえるの水着を見ている最中だ。あきらかにあやかの声は聞こえているけれど、スルーされている。


 ちなみにえるは小学生の水着コーナーでドヤ顔で真っ白なワンピースの水着を着て胸を張っていた。無表情なのに態度でドヤってるのがわかるのが不思議なところ。


 そんな二人には私とあやかの関係をもうすっかりバレてるから、こういうやり取りはそういうものとして受け入れてくれることにしたみたい。まあ、あの二人に関係を隠しきるなんてことできないのはわかってたから、私が開き直ってるせいもあるだろうけどね。


 実際、私があやかに奇跡を注ぎ込んだ次の日には、るいは無言で私の肩をぽんと叩いてきたし、えるも何も言わずにあやかの頭を撫でていた。


 ま、私たちの間では、お互いに関係が公認ってことだから、私としても遠慮しないでいいから楽でいい。あやかだけはそのことを知らないけれど。


 そんなこんなで、褒めるたびに顔を赤らめるあやかを見ていると、少し胸の奥がむずむずしてくるから、とりあえずあやかの背中を押して、試着室の方へ誘導する。


 ちなみに今日のあやかは、試着用なのか軽く髪を結んで上にまとめている。そういうのもまた可愛くて、私の中のむずむずは加速する。……この状態で、あの時みたいな私の奇跡でぐちゃぐちゃになった顔をしたら、私の気持ちはどんな風になっちゃうんだろう。そんな想像するだけで、身体が少し期待に震えてくる。


 「ま、何はともあれ、着てみないとわかんないでしょ?」


 「え、まあ、うん。そうだけど……」


 「じゃ、試着行こ。ほら、私も見たいし、あ、あやか、後でこれも着てもらっていい?」


 「え、あ、うん」


 少しの間。


 「………………」


 「………………ねえ、みやびこの限りなく布面積の小さい水着……なに?」


 まあ、さすがに気づくか。でも、肝要なのはここで引かないこと。押すときはちゃんと最後まで押し切ること。なぜならあやかは押しに弱いから。


 「え……? あやかが恥ずかしがる顔を見るためのやつ。…………あ、さすがに本当に買わなくていいよ? みんなが見えるとこでこんな恰好されたら、私が嫉妬で狂っちゃいそうだし……」


 「私の羞恥心で遊ぶんじゃねーーー!!」


 さすがに揶揄いすぎたのか、あやかも顔を真っ赤にして、ぎゃーっと私に噛みつくように声を上げた。ただまあ、騒いでる内容が若干恥ずかしいのか、声量自体は控えめだ。


 ちょっとやりすぎてる気もするけれど、ここで引いたら意味がない。ていうかシンプルに引きたくない。


 だから私は、あやかの瞳を思いっきり見つめ返して、至極まじめな表情でじっと自分の真剣さを伝える。



 「―――遊んでないから」



 「…………え?」



 どうもあやかはこのやり取りが、私にとってどれだけ重要かをわかってくれてないみたい。


 「そもそも私があやかのことで遊ぶわけないでしょ?」


 「え、あ、え? え?」


 「だから、私は真剣にあやかが恥ずかしがる顔がみたいの、だって、折角あやかに水着を好きに着せられるんだよ? こんな機会二度とあるかもわからないんだから、遊んでる時間なんて一秒もないんだよ?」


 我ながら、聖女として恥ずかしげもないこと口にしてはいるけれど、その欲望を目覚めさせたのは、目の前のあやかそのものなんだ。


 ちゃんと責任を取ってもらわないと困る。ちゃんと私の欲望を、認識してくれないといけない。だって、これはあやかにしか向けられないものなんだから。


 「え、あ、は、はひ」


 「わかったら、ちゃんと着て。あ、あやかの携帯、後で貸してね、記録残しときたいから。私の携帯じゃ、ちょっと画質が良くないし」


 この性欲も。嗜虐心も。あと、キュートアグレッションっていうんだっけ? どうしても君の困った顔が見たくなる欲望も。


 ちゃんと受け止めてくれないと困るんだから。


 それにしても、こんな感情、ずっと真面目に聖女なんてやっていたら、一生認めることができなかったものだったんだろうなあ。教えの象徴たる聖女がこんな様だなんて、信徒のみんながみたら卒倒しそう。


 「う、うん」


 「それじゃ、いこ。ほら、ほら。あ、こっちのやつも持ってこ」


 それから困惑気味のあやかをそっと押し切って、私は何気なく隣の棚から水着を籠に一つ差し込んだ。


 「う、うん……………?」


 「………………」


 ただ、あまり喜ばしくないことに、あやかの視線がゆっくりと、私が挿し込んだ水着に向けられる。それから少し理解に時間を要する間があった。


 そしてしばらくすると、はっと我に返ってなおのこと顔を真っ赤にしだした。うーん、予想はしてたけど、そんな顔もいじらしい。


 「………?…………! な、なにこれ?! ほとんど紐じゃねーか!!」


 「……ちっ、さすがに流されてくれないか」


 ああ、上手いこといける流れだと思ったんだけど。


 「ねえ、みやび。今、舌打ちしなかった? ねえ、したよね? やっぱり、完全に私で遊んでるよね?」


 あやかは真っ赤な顔で私を問い詰めてくるけれど、私はそっぽを向いて素知らぬ顔。ただこんなやり取りですら、一か月前では絶対に向けられなかった種類の視線に、思わず背筋がぞくぞくしてしまう。おまけに、そんな視線も可愛いと、心地いいと思ってしまうあたり、私も大概、脳がやられてる。


 「大丈夫、大丈夫、誠心誠意やってるから。誠心誠意、下心100%でやってるから。大丈夫、絶対可愛いよ、あやか、可愛いし、セクシーだし絶対似合う。だって私が滅茶苦茶見たいから」


 「う、うう…………」


 あと、ここで押されちゃうところがまた可愛い。恥ずかしがりながら、無理矢理露出の高い恰好をしてしまうところまで考えると、ちょっとだけ鼻血すら出ちゃいそう。ていうか、意外にまだ押しきれるなこの子。


 「ね、お願い。みたい。これ着たあやか、一瞬でもいいし、ここだけでいいから。お願い、ホントにあやかの綺麗な姿が見たいだけなの。…………ダメ?」


 我ながら、悪い思惑を自覚しつつ、真剣な表情でお願いする。それだけであやかの顔を、さっきとは別の理由でみるみると赤くなって、もじもじと指をくねらせている。あー、ほんとにこの子は。私の欲を煽るのがうますぎる。


 「こ…………」


 「こ?」


 「…………こ、今回だけだよ?」


 押しきっといてなんだけど、大丈夫かな、この子。いつか悪い人に騙されそう。いや、今まさに悪い奴もとい私に騙されているわけだけど。


 まあ、眼福かつ役得なので、私としては愛おしい以上の感想は出てこない。ただ、あやかのこの騙されやすさに付け込むような奴がいたら、ちょっと加減できる気はしない。海だとナンパとかもあるかもだし、相手を怖がらせるような奇跡もちょっと練習しておいたほうがいいかもしれないかも。


 まあ、それはそれとして、一つ魔が差したことがあるとすれば。


 試着室って密室で二人きりになっても許される場所だよね。他からは何してるか見えないし。


 うん、悪いこと考えた。我ながら、聖女の癖に、悪落ちが板についてきた気がしなくもない。


 だから、あやかを試着室に押し込んだ後に、『隠蔽』をかけてから、何気なく一緒に試着室の中にすっと入り込む。


 「え?」


 るいとえるが待ってるから少し惜しいけど、五分くらいが限度かなあ。


 そんなことを考えながら、私はするっと振り返りかけたあやかに後ろから抱き着いた。丁度あやかの胸の前で腕を組むような形にして。



 『愛』を。



 それから、あやかの耳元で囁くようにそうつぶやいた。


 君の可愛い声が、他の誰かに聞かれないようしっかりと口元を抑えながら。


 しかし、私、ほんとに悪い子になったなあ……。


 そんなことをしみじみと考えながら、君のくぐもった喘ぎ声を聴いていた。


 夏も盛り、ショッピングモールを包む緩やかな喧騒が、君の声を遠く隠していく。



 
















 ※


 「あいつら、またしてるし…………」


 「……でもるい、あれは喜ばしいこと。あのみやびがあんなに欲望に素直になった」


 「そーだけどさ、清廉な聖女の見る影ないっていうか、変化激しくない?」


 「……長い間、思春期の健全な性欲が不自然に抑えられていたんだから、発露の仕方としてはむしろ自然。それを一人で受け止めるあやかは大変だけど」


 「あー、そっちは心配してない。だって、あやかに『忌避』とか『嫌悪』が一ミリも見えなかったし。……しかしあそこまでされて、なんで嫌がってないんだろね、あの子」


 「……それがあやかの指向だから。ところでるい」


 「なに?」


 「……二人を見てたら私も少し熱くなってきた。ちょっと、する?」


 「…………………………しーませーん、ここはお外です。あとあの二人見とかないといけないし」


 「…………そう、ざんねん」

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