ごーよく 一

 

 こんな感覚、私は知らない。



 わかんない。わかんないのに、なすすべもなく私の身体はみやびの声に震えさせられてた。



 声の一つで、身体が跳ねる。



 囁き一つで、奥が震える。



 吐息一つで、熱い雫がひっきりなしに私の足の隙間から溢れていった。



 それから、その全部が、信じられないくらいに、今まで感じたことがないくらい。



 私の感覚を塗り替えて余りあるほどに。



 ―――きもちいい。



 どうしようもないほどに。



 狂ってしまいそうになるほどに。



 だって、こんなに泣いたことなんて、一度もない。



 だって、こんなに叫んだことなんて、一度もない。



 だって、こんなに気持ち良さが、大きな波みたいに身体を満たしたことなんて、それを何度も何度も絶え間なく来たことなんて、一度もないよ。




 身体が自分のものじゃないみたいに痙攣する。みやびの声に囁かれるたびに、身体の奥から大きな波が私の身体を満たしてく。しかも、波が通り過ぎ去る前に次の言葉をみやびは容赦なく私の身体に注ぎ込んでくるから、治まる気配が全くない。



 正直、酷いことされてないかな。



 普通の子ならきっと泣いちゃう。知らない人にこんなことされたら、絶対に耐えられない。



 なのに私の身体は気持ちよくなりこそすれ、嫌がるとか拒もうとかそういう風にはまったく動かなくって。みやびがくれる快楽をされるがまま、ただ貪欲にに飲み込んでいった。



 そうやって感じてるうちに、自分がだんだんどこかおかしくなってることに、イヤでも気づかされていく。



 なんでか、指で乱暴に口を封じられるのが心地いい。



 しかも口の中を、みやびの綺麗な爪で優しく引っかかれるのすら気持ちいいし。



 しまいには、馬乗りなられて完全に押さえ込まれているのに、それだけで身体はみっともなく気持ちよさに震えてる。



 それに何よりみやびが注いでくるとめどない快楽に、私の身体がどうしようもなく支配され続けているこの感覚が。



 みやびに私の心と身体の全てを委ねられているこの感覚が、どうしようもないくらいにおかしいくらいに気持ちいい。その気持ちよさがずっと、私の身体の奥の、女の子の一番ダメな部分をぐちゃぐちゃにしてくる。それがまた耐え難いほどに、狂おしいほどに気持ちいい。




 でま、こんなのおかしいじゃん。




 普通、上も下もこんなにぐちゃぐちゃにされて気持ちいいはずがないのに。




 初めてでこんな耐えられないくらいの快楽を注がれて、喜ぶはずがないのに。




 こんな乱暴に私の心と身体をぐちゃぐちゃにさせられて、悦んだりするはずがないのに。






 みやびが最後に私のお腹の上、大事な大事なその上にそっと指を置いた時。






 そこから先のみやびの声を、ちょっと期待してる私がいた。





 その後の記憶はもうないけれど、一生忘れられそうにないくらいに気持ちよかったことだけは覚えてて。ちゃんと想いを伝えられたことも、それをみやびと共有できたことも滅茶苦茶嬉しいはずなのに、ほとんど印象をそっちに持っていかれたというか、なんというか。





 そんななのに、あの瞬間を思い出すだけで、普段からナプキンをつけててよかったなあ、なんて思う羽目になる。





 しかしこれは、もしかして。





 もしかしてなんだけど。





 いや、そんなことはないと思うには、あまりにも私の身体は正直ではあるのだけれど。





 もしかして、私、みやびにイジメられるの、ちょっと……ちょっとだけ好きなのかなあなんて。





 もしかして、ほんの少しだけ、私、変態なんじゃないかなんて。





 跳ねるようにベッドから飛び起きたそんな朝。みやびに手足を抑えられて、いっぱいえっちなことをされちゃう、あまりにも生々しい夢を見た、そんな朝。




 ふと思ってしまった、あやかちゃんなのでした。




 飛び起きた時のパンツの中が案の定だったので、朝っぱらから履き替える羽目になったのは誰にも言えない秘密なのだ。




 どうでもいいけど、私の身体……ちょっと感じやすすぎじゃない?







 




 




 「新しい学校は楽しいかい?」


 朝ごはんの時にお父さんにそう聞かれて、私はふむと唸ってここ一か月のことを想い返してみる。


 みやびと出会って、るいちゃんとえるちゃんと出会って、みやびとカフェ行って、るいちゃんと買い物行って、えるちゃんと図書館行って、三人とカラオケ行ったり、試験勉強したり――――、みやびに大事なことをたくさん喋ったり、その上で奇跡を――――。


 「顔、赤いけど大丈夫? あやか」


 「あ、うん。大丈夫、大丈夫。楽しいよ、めっちゃ楽しい」


 「……そっか、それならいいけれど」


 ちょっと思考がピンクに染まりかけたので、慌てて首を横に振って我に返る。いやあ、危ない。朝からまた変な気分になるとこだった。まあ、どうせ今日の朝学校に行けば変な気分にはなりそうだけど。


 お父さんは優しいしなんでも話を聞いてくれるけれど、さすがにここ一か月でだいぶあなたの娘はえっちな開発が進みましたとは報告しづらい。ただ、あんまり濁していると心配されるから、当たり障りのない範囲である程度はみやびのこととかは伝えるようにはしているつもり。


 「友達も仲良くしてくれてるし」


 「ああ、前、言ってた子たち?」


 お父さんは、トースターで焼いたパンを頬張りながら、そっと首を傾げる。


 「そ、聖女みたいに優しい子と、小悪魔みたいにちょっと意地悪な子と、天使みたいにふわふわでちっちゃい子。今度、夏休みにみんなで海に行こうなんて計画しててさー。あ、ごめん。こういうの前もって言っといたほうがいいんだっけ?」


 そういえば、遠くに遊びに行くときは事前に相談をって、前言われてた気がする……。


 ちょっと慌てたけれど、お父さんは軽く笑って、首を横に振った。


 「そうだね。でもまあ今聞いたから大丈夫かな。ちなみに、いつ頃の話?」


 「えと、来週の水曜日かな」


 「そっか、父さんは送り迎えできないけど大丈夫?」


 「うん、みんなで電車乗って行くからさ。で、ものは相談なのですが……」


 こそっと頭を下げながら、恐る恐るお父さんの顔色を窺うと、案の定見慣れた苦笑いの表情がそこにはあった。


 「……もしかしてそっちが本題?」


 「実はそうだったり……。どうしても水着買いたくて……」


 「……あれ、去年買ってなかったっけ?」


 ちょっと呆れたような声が飛んでくるけれど、ここは誠心誠意頭を下げる。心まるで武士のよう、……あれ武士って頭下げていいんだっけ?


 「新しいのを買うと言う体で、友達に古いのを譲りたいわけでして……」


 なにせみやびのことだから、新しいの買ってあげるよなんて言ったら、また前みたいにそんなの自分で出すと言うに決まっているのである。しかし、私は最近、みやびが遊びに行くたびにこっそりお財布の中身を気にしているのを知っているのである。


 かといって、私もこれからの夏、度重なるイベント、お小遣い事情が必ずしも裕福というわけではない。うちの学校バイト禁止だし。


 「……ふむ、なんかちょっとややこしいね?」


 「ちょっと懐事情が厳しい子なのです。それを私が無理に誘っちゃったし、でも新品の水着を買ってあげるなんて言ったら怒っちゃう子でもあるのです。だから、こう一杯言い訳して、どうにか譲れないものかと」


 「言い訳って自覚はあるんだ。……学校指定の水着とかなかったっけ?」


 「私が! みやびの! 水着姿がみたい! ちゃんと可愛い奴!」


 まあ、去年の私のお下がりなので、そこはちょっとあれだけど。


 折角の海なのに、いつもの見慣れた学校指定の水着? ありえん。いやみやびはすらっとした美人だから、学校指定の水着でも似合ってるんだけど、それはそれとして違う姿が見たいのが私の乙女心。乙女か? ほんとに乙女の発想かこれ?


 「我が娘ながら、欲望に素直に育ったね……」


 「お父上の教育の賜物です」


 「してない、してない……してないよね?」


 「いえいえ、御謙遜なさらずに」


 じゃあ、お母さんの教育か、いやお母さんも割とそんなに欲望の主張強くなかったな。じゃあ、なんだこれは。私の素か、そりゃそうか。


 お父さんは仕方ないなあという風に軽くため息をつくと、片目を下げてちょっとおかしそうにこっちを見た。


 「その子に無理強いはしてないね?」


 「ちょっとしてるかも!」


 「じゃあ、ダメじゃん……」


 じゃあダメか…と一瞬心折れかけたけど、ふんぬと精神を叩き直す。ここで引いたら乙女心(諸説あり)がすたるってもんですよ。


 「でもせっかくの夏だし、気兼ねなく楽しんで欲しい! あとやっぱり私がちゃんとした水着姿が見たい!」


 そう宣言する私に、お父さんからちょっと呆れた視線が飛んでくるけれど、ここは頑として譲らない。己の欲望に素直であるコツは、決して己の欲を恥じないこと。しょーもないことも、堂々と言えばそれはちゃんとした主張になるのだ。


 「……約束その一」


 「うす」


 「その友達が嫌がったらちゃんと止めること。たとえ善意でも押し付けはよくないからね」


 「いえっさー」


 お父さんの言葉に私は笑顔でぐっと親指を立てる。


 「約束その二」


 「うにゃ」


 「あやか自身も無理してその子のためにお金は使わないこと。楽しくて一緒に居るのに、独りで無理したら、あやか自身が辛くなってくるからね」


 「ふふ、それは当人から既に怒られたんだぜ……」


 「しっかりしてる子だ……じゃあ、まあ心配はいらないかな。この前の期末も成績は下がってなかったみたいだし」


 多分、それはみんなで勉強会したおかげだけどね。


 「ということは……?」


 「一万円までは出しましょう、それ以上高いのは勘弁して」


 「余裕すぎるぜ、ありがと! お父さん! お礼に来週までは私が夕ご飯毎日作るよ!!」


 「あー、それは普通にありがたい。てなると実質バイト代だね」


 「腕によりをかけちゃうから、バイト代に色をつけてくれてもいいんっすよ」


 「……考えておきましょう。ところで父さんは冷麺が好きですよ」


 「さてはお客さん、キムチが一杯乗ってるやつかな?」


 「いいね、最高だ」


 なんてご機嫌なやり取りを朝にしながら、私は意気揚々と終業式がある学校へと向かったのでした。



 というわけで、青春を謳歌する紳士淑女の皆々様長らくお待たせいたしました。



 夏だ!


 海だ!


 水着だ!


 ひゃっふーーーー!!



 「みやび! るいちゃん! えるちゃん! 水着買いに行くから付き合ってー!!」




 朝いちばんテンション高い私の声に、みやびはくすっと笑いながら、るいちゃんはしゃあないなあって感じに苦笑しながら、えるちゃんは無表情ででも少しだけ嬉しそうに手を広げながら。



 私達は、無事、夏休みを向かることができたのです。



 高校初めての夏! 新しい友達と過ごす、最初の夏!



 痛みとか不運に悩まされないで済む、もしかしなくても人生初めての夏!!!



 あとあと、あと! 好きな子と―――みやびと一緒に過ごす初めての夏!!



 たーのしんじゃうぞ!!!





















 ※



 「『対象』と思しき影を捕捉しました」


 「重畳です。しかし焦らぬように、あの子に感づかれないよう、慎重にことを進めなさい」

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