しきよく 六
「ねえ、みやび―――私ね、怒ってるよ?」
「―――だよね」
「だって、みやびが、一番、みやびの気持ちに酷いことしてるじゃん」
「――――え?」
「そもそも私達、思春期じゃん。えっちなこと考えるなんて、言っちゃああれだけど、よくあることじゃん? そんなのみんな考えてるよ、ありがちじゃん」
「―――でも」
「でも、聖女様だったら、そんなこと考えないの? じゃあ聖女様はお腹も減らないし、眠くもならないの? そんなことあるわけないでしょ」
「―――」
「私はさ、完璧無敵で心の弱さなんて一ミリもない聖女様と友達になったつもりなんてないんだよ。聖女様のふりして頑張ってるけど、本当は普通に泣いちゃうくらい優しいみやびだから好きになったんだよ」
「――――」
「正直に話してくれたのはすっごく嬉しい。だから、その想いがみやびにとって許せないことだっていうのも、なんとなくわかる……つもり。うん、逆の立場だったら私は多分一週間くらい恥ずかしすぎて話できてないと想うし。まあ、実際、副作用のこと伝えるのに結構かかったし……」
「…………」
「でもね、そんなにみやびばっかり悪者にならなくたっていいじゃん。そんなみやびばっかり、あれが足りないこれが足りない、頑張れてない頑張ってない、って厳しくしなくたっていいじゃん。何回も言ってるけど、みやびは十分頑張ってるから、そんなの私だって、るいちゃんだって、えるちゃんだって、みんな知ってるよ。なのにずっと頑張ってない、みやびが悪いって、そんなのおかしいよ。―――私の大事なみやびをそんなに悪く言わないで欲しい」
「……………………」
「あと最後にもう一個」
「……………………………………」
「
「………………え?」
「だって、今のみやびの話の前提はこうでしょ? 『私だけがえっちなこと考えてそんな想いをあやかに向けて、傷つけてる。あやかは本当はそんなの嫌なのに。ああ、私はなんてダメな奴なんだー』って」
「…………………………」
「―――そうやって私の答え、勝手に決めてたでしょ」
「………………それは」
「ねえ、みやび考えなかった?」
「―――――」
「どんなに気持ちいいことでもね、嫌いな相手にされたりしたら。ちゃんと気持よくはなれないでしょ? 好きな相手じゃないと、心の底からは気持ちよくなんないよ」
「――――――――――」
「本当に嫌だったら私そう言ってるよ。それに本当にダメだったら、るいちゃんもえるちゃんもさすがに止めてるよ」
「―――――――――――――」
「ねえ、みやび。邪なことを考えてるのは友達への裏切りなんだっけ?」
「――――――――――――――――――」
「じゃあ、私達
「―――――あ」
「ね、みやび。私、みやびと同じ気持ちなんだけど」
「――――――」
「それでも、みやびの気持ちは間違ってるって、そういうの?」
※
もし。
もし、あやかが魔の使いか何かなら。
私はとっくの昔に堕落させられていて。
もし、あやかが魔王に人質に取られたら。
私は多分、なすすべもなく負けを認めてしまうんじゃないか。
そんな疑念が湧いてくるくらいには。
もう、私は、あやかのことが―――。
「ねえ、あやか」
「なあに、みやび」
「好きで……好きでいていいの?」
「うん、私も好き」
こんなのどうにかなってしまいそう。
聖女としての責務も、信徒からの期待も、来たる運命への不安も。
何も解決していないのに。
あやかに言葉をもらったそれだけで、私の涙腺はぐしゃぐしゃに崩れてしまう。
ぼろぼろとこぼれる雫を、この子の前で、もう何回こぼしたんだろう。
許されない愛のはずなのに、なんでこんなに胸が熱く震えてしまうんだろう。
「愛していいの?」
「うん…………愛、愛……ぬぬぬ」
「………………?」
「いや、改めて口にすると、恥ずかしさが……」
ぎゅっと抱きしめられながら、子どもみたいに頭をあやされながら。
あやかがそんなことを言ったから、私は思わず顔を上げてしまった。
………………今更何を言っているんだろう、この悪女は?
いや、さっきまであんなに堂々としてたじゃん。私が好きだのどうだの臆面もなく言ってたじゃん。
なのに、愛なんて言葉が出てきたくらいで、今更、何を照れてるんだろう。
そして、どうして、私はその事実に胸の奥がうずうずしているんだろう。
「さっきまで、散々恥ずかしいこといってたじゃん」
「いや、そ、そうなんだけど、半分、勢いと言いますか、なんと言いますか」
気づけば、私のことを怒ってるのだのとやかく言っていた顔が、今はすっかりしどろもどろだ。
そんな顔を見ていたら、頭の奥で意地悪な、あまり聖女らしくない私が顔出して、ちょっとむずむずしてきてしまう。
段々とその顔をもっと、恥ずかしさでゆがめたくなってくる。
「愛してる」
「は、はひ」
「好き、一番好き。一生好き。他の誰よりも大好き、今までで一番好き」
「う、うん」
段々と。
段々と、あやかの顔が赤くなってくる、それを見ているとなんでか私の涙はゆっくりと引っ込んでいった。どころかこう、むずっと身体の奥からかゆみに近い感覚が、私の背をじわじわと押してくるような、そんな得体のしれない感覚に突き動かされる。
「愛してる。性的な目で見てる。本当は抱きしめたい。キスだってしたい。ていうかできるなら犯したい」
「う、うにゅにゅにゅ……」
口にしてから自覚する、なるほどこれが多分、性欲だ。私の身体のすごく根っこの部分に根付いている欲求、食や睡眠と同列の根源的な渇き。誰かを―――愛する人に触れたいと、抱きしめたいと、交わりたいと想う心。
人が持つ大罪の一つ、色欲と呼ばれるもの。
「私の心を、私の気持ちを、蔑ろにしないでって言ったのはあやかだよね?」
「そ、うん。そうなんだけど……」
止まらない。
「じゃあ、私の気持ち、ちゃんと聞いて? 全部見て?」
「う……うん」
止まらない。
身体が段々と自分のものじゃないみたいに熱くなる、自分の口が信じられないくらいに回りだす。したいこと、みたいもの、触れたいものが止め処なく溢れてくる。
ただ肝心のあやかは、顔を真っ赤にして、しどろもどろで目線はあちこち泳いでる。さっきまで、誰にで性欲はあるぞとか、私の気持ちを蔑ろにするなって怒ってた子と同一人物とは想えない。……違うな、そうやって怒ってくれた子だからこそ、もっともっと困らせたくなる、気がする。
ああ、好きな人を困らせたいなんて、あってはならないことなのに。
そんな歪んだ想いが、どうしてか今は心地がいい。
「ねえ、あやか」
「な、なんでしょう」
「
そう抱き着いたまま耳元で口にすると、あやかの身体がびくんと揺れた。わかりやすい、そういうところも好き。
そして咄嗟に隠そうとしたけれど、首元についた小さな切り傷は抱き着いた私が邪魔で隠せてない。
「こ、これは―――」
「
その『治す』にどういう意味が、どんな感覚が含まれているのかを。
私達は今、お互いに知っている。
この行為の意味を。
「あやか、私、本当に嫌だったらしないから。だから、お願い、素直に言って」
耳元で、囁くように、言祝ぐように。
そう口にすると、あやかはしばらく迷って、逡巡して、やがてゆっくりと傷を覆っていた手が降ろされた。
「う…………」
「いやじゃない?」
わかっているのに、あえて口にする。お腹の奥から胸の奥から、何かが私をそう突き動かすままに。もっと君の赤くなる姿が見たいから。
「…………うん、でも」
「…………でも?」
もうあやかは耳まで真っ赤になっていたから、頬に触れるあやかの部分が全部熱い。首元まで熱く赤くなっているのが、眼にしなくてもわかってしまう。
「やっぱりちょっと……恥ずかしい」
「………………そう」
その可愛らしくも、愛おしい、そんな姿を見て。
私はそっとため息を小さく吐いた。
「ねえ、あやか。ごめんね」
「うん……?」
「ちょっと、
『傷』に『癒し』を。
腕の中であやかの身体がびくんと跳ねた。そのまま抱きしめたまま、聖句をそっと言祝いでいく。
「みや……び……ぅん!」
『痛み』に『安らぎ』を。
あやかの身体が熱に侵されたみたいに、小刻みに震えてく。抱きしめているからその不自然な痙攣が、身体全体に伝わってくるけれど。その身体の震え全てを感じていたくて、私はその身体をぎゅっとより強く抱きしめた。
『傷跡』に『修復』を。
そんな大きな傷じゃない、だからそれだけで簡単に傷は塞がる。あやかの息は酸素を求めるみたいに、短く喘ぐようになっているけど、今ではその息がどうして起こるのかも私は知ってる。
あやかの身体が震える意味も。
あやかの顔が赤くなる意味も。
あやかが必死に声を抑えようとする意味も。
あやかの脚がどこか切なそうに擦りあわされる意味も。
私は知ってしまっている。
それを認識したからこそ、ようやく自分の奇跡に何が混じっているのかを知覚できた。
ああ。
ああ。
ほんと、自分でもちょっと笑えてくる。
こんな『奇跡』をずっと無意識のうちに使っていたのか。
そんなことを知らず知らずのうちにしてしまうほどに、ずっと惹かれていたのか。
まったく。
まだ余韻で身体を震わせているあやかの耳にそっと唇を寄せた。
吐息があえてその耳にかかるように、そっと微かに触れるほどに唇をそこに沿わせた。
それから、ゆっくり、吐息と混じるように、一つずつ確かめるみたいに言葉をささやく。
「ねえ、あやか、もう傷は治ったけれど」
「
そう囁くと、あやかの身体がびくっと揺れた。
結局のところ、今まで私たちはあくまで治療の副産物として、そうなっていただけ。
それは何処までいっても邪なものだけど、それと同時に不本意な物でもあった。
そうなることを望んでいたわけじゃない、治療の過程でおこる言ってしまえば事故のようなもの。
でも、今、傷の治療はもう終わってる。
これ以上は必要ない。
これ以上に意味はない。
もしそんなのがあるとすれば。
ただお互い想いを相手に刻み込むためだけの、そんな営み。
だから――――。
「…………いいよ」
きっと、今まで以上に、蕩けて、甘く、耐えがたいものになる。
「『少女』に『愛』を」
―――――――。
「 」
抱きしめていたあやかの息が、一瞬、止まった。
身体ががくがくと、まるで何か毒でも含んだみたいに、痙攣していく。
喉から漏れ出る声が言葉になっていなくて、吸っているのか吐いているのかもわからない。
腰が抜けたかのように身体からがくんと力が抜けて、私はあやかの体重を受け止めながら非常階段にゆっくりと腰を下ろした。
「みや……び……、ちょっと…………やば……これ…………」
言葉になっていない声が、あやかの口から漏れる。私はそれにゆっくり頷きながら、その頭をそっと撫でた。さっき私がしてもらっていたみたいに。
「『少女』に『愛』を」
再びあやかの身体ががくんと揺れる。余韻がまだ残っているところに、追い打ちのように使ったから、少しびっくりしているのかもしれない。
なんて、ね。今、どうなるかなんて分かったうえで、あやかの脳が愛に蕩けてしまうくらいに、注いでる。
そもそも、無意識にほんの少し混ざっただけで、あんな結果を引き起こしていた奇跡なんだから。直接、意思を持って、お互いの合意の上で使えばそれの何倍も何十倍も効果が出ることは分かってた。
分かってるうえで、今、私はこの奇跡を、この『愛』をあやかに何のためらいもなく使ってる。
正直ちょっと酷いことしてる。虐めてるとかそういう次元じゃないかもしんない。
でも、それでも。
私の腕の中でだらしなく痙攣して、顔を真っ赤にして、もう漏れ出る声を抑えることもできなくなっているあやかは、どうしようもないくらいに愛おしくて。
この欲は間違いなく私の心の内から湧いて出てきたものではあるけれど。
でも、あやかも半分は悪いんだからね。
こんな私に、そんな甘くて優しい態度なんて取っちゃうから。
だから、こんなに。どうしようもないくらいに。甘えてしまう、私の欲を、願望を、想いを曝け出してしまってる。
「おっ……あっ………………ひっ…………ぅん」
「『愛』を」
「――――!!??」
声にならない嬌声を上げて、あやかの身体がもう一度震えだす。多分だけれど、私が言葉を紡ぐごとに、きっと大きな波が来てる。いや、これだけ反応がいいってことは、一回の奇跡で何回もきてるのかもしれない。そう考えても不思議じゃないくらいには、あやかの身体は不規則に痙攣していて、身体にはもうすっかり力が入らなくなっている。
漏れ出る声はもう抑えが効かないから、私があやかの口に指を挿し入れて無理矢理抑え込んでいるだけだ。ただそうやっているだけでも、時折口の中まで痙攣していくのが、また私の中のどうしようもない欲求を刺激してくる。あやかの唾液で指が濡れていくことすら心地いい。
そうして、だらんと手足の力が抜けたあやかを階段にそっと寝かせて、私は上から覆いかぶさるようにその身体を抱きしめる。もう二度と離してあげないと、そう伝えるみたいに。
「『愛』を」
「 」
「『愛』を」
「
」
「『愛』を」
「 」
「『愛』を」
「
」
溶けるような。
夢のような。
ともすれば、そのまま身体ごと消えてなくなってしまいそうな時間の中。
そんな奇跡を何度か注ぎ込んだあと。
ふと我に返った頃には、あやかの顔はもう見る影もなく表情は崩れて、涙と他のよくわからない汁でぐちゃぐちゃになっていた。
それなのに、身体はずっと細かく痙攣を続けていて、もう何回、波がきたのかも、数えるのがきっと馬鹿らしくなるくらいに震えてる。
声はずっと私の指で抑え込まれているけれど、その間にも音にならない何かが指の隙間から零れだしていて、当たり前だけど私の指はあやかの唾液でぐちゃぐちゃになっていた。
スカートの隙間には、小さくない染みが出来ていて、多分ナプキンつけていたんだと思うけど、もう意味がなくなってるみたい。
ああ、我ながらほんとに酷いことしてる。抵抗できない相手に、ただ乱暴に快楽を注ぎ続けるなんて。
それなのに、胸の奥からは薄暗くて、甘くて蕩けるような、衝動が湧きだして止まらない。
もしできるなら、本当に、このままあやかの心と身体を、愛と快感で取り返しがつかないくらいに、ぐちゃぐちゃにしてしまいたくなる。
そしてできるなら、私なしじゃ生きられなくしてしまいたい。
………………まあ、さすがに、そんなことはしないけれど。
でもまあ、多分、普通じゃあきっと味わえないようなことはしたから。
これから一生、忘れられないような、そんな想い出になってたらいいなあ、なんて。
そんなことを考えながら、君の首筋の傷跡があった場所にそっと唇を重ねておいた。
私の想いが少しでもそこに遺るように。
「ね、好きだよ。あやか」
そう伝え、私はそっとあやかの下腹部をゆっくり服の上からなぞりながら。
その奥に、彼女の女の子としての際たるモノが、そこにあることを知りながら。
「みや……び」
あやかにそう呼ばれると同時に。
そこに、もう一度、『愛』を注ぎ込んだ。
そうして理性が溶けてなくなるほどの愛を注いだその果てに。
私は半ば放心したあやかの首筋にもう一度小さく口をつけた。
そうして目を閉じた私の胸の内は、許されない背徳と、甘い密のような快楽と、それなのにどうしようもないほどに満たされた充足感だけがあった。
校舎の中にはもう誰も残っていなくて、足音一つしない中、誰も知らない非常階段の隙間であやかと二人。
私達はこっそりと愛を確かめ合っていた。
きっと誰にも知られぬままに。
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