しきよく 四

 聖女がたった一人に愛を、しかも性愛を向けるなどあってはならない。


 そもそも教会の教えでは同性愛は禁忌であり。


 そして、何より。


 あやかの気持ちを裏切ってしまっている自分が。


 ただ純粋に自分に向けて友情をくれている彼女に、こんな邪な想いを抱いていること自体が。


 あってはならないことだった。


 あってはならないのに。


 私はどうして。


 「……今日はごめんね、でも聞いてくれて嬉しかった」


 「―――そう、私こそごめん。私のせいなのに」


 「ううん、みやびのせいじゃないよ。ま、なにはともあれ、また明日」


 「うん、また明日」


 恥ずかしいのか、小走りで去っていくあやかを三叉路で見送って、ゆっくりと教会までの道を歩き出す。


 その過程でようやく、あやかの前で張り詰めていた緊張がどっと解けた。思わず少し眩暈がして息も荒れる、でもそんなことは今はどうでもよかった。


 ―――好き。


 あってはならない。


 ――――触れたい。


 あってはならない。


 ――――愛してる?


 あってはらないのに。


 どうして、私は—―――。


 ぼろぼろと涙が零れだすのが止められない。


 なのに身体の奥で疼くような熱がある。


 夏の熱さだけじゃない、私の中にあってはならない熱がある。


 聞き難い嗚咽を零して、震えて、誰もいない道の真ん中で独りうずくまった。


 どうしたらいいんだろう。わからない。


 この想いを、この熱を、このこらえきれないほどの醜い欲を。


 どうすればいいのか、未熟な私には、なにもわからなかった。




 ※



 

 家に帰って、お風呂に入って、自分の部屋のベットでふうと一息ついた頃。


 ふと想うことがある。


 今日の帰り際のみやびの顔。


 少しだけ思い詰めているように見えた気がした。


 今にして思えば、今日は私、自分の気持ちでいっぱいいっぱいでみやびの気持ちを考える余裕がなかったなあ、反省しなきゃ。


 あの時、みやびはどう想ってたんだろう。


 みやびの奇跡で、私が気持ちよくなってしまうこと。


 るいちゃんやえるちゃんの奇跡ではそうならないこと。


 みやびはどう想っていたんだろう。


 ―――それと、なんでこんなふうになるんだろう?


 わからない、私は奇跡のことは正直ほとんどわかってない。だから、たまにるいちゃんやえるちゃんが簡単に説明してくれるけど、それもあんまりちゃんと理解はできてない。


 でも、想像がつくこともある。


 例えば。


 例えばそう。


 みやびの気持ちの何かが、私の身体に影響を起こしていたりするんじゃないかな。


 もしそうだとして、それはどんな気持ちなんだろう。


 単純に考えればえっちな気持ち、誰かに触れたい、触れあいたいそういう気持ち。


 キスをしたり、抱き合ったり―――大事なところに触れてみたり。


 ふうと吐いた息が、お風呂上がりなのもあって少し熱くて湿ってる。


 それが少し指先に触れるだけで、なんでか身体の奥が少しだけ熱を持っていくような感じがする。


 みやびも、えっちな気持ちになったりとかするのかな。


 そりゃあ、するよね。年ごろの女の子なんだからして、おかしいことなんてない。聖女とかそんなの関係ないし。


 そして、もしそういう気持ちがみやびの中にあったとして。


 それが私の中に、何か、年が近いからとかで、うっかり流れ込んでいたとして。


 みやびはどんなことを考えているんだろう。


 ふと気づいたら、無意識のうちに指が服の中に伸びていた。優しくそっと何かを慰めるみたいに、私の身体をゆっくりと撫でまわしていく。


 みやびもそんなこと考えるのかな。みやびもこういうことするのかな。


 いつも教室で何気なく会話している大事な友達が、もしも夜こんなふうに身体の熱さに火照っている姿を想像すると、少しだけいけないことをしている気分になる。


 服の中を探っていた指が、そっと私の胸に届いた。


 みやびはどんな人が好きなんだろ。男の子? 女の子?


 年上? 年下? それとも同い年のクラスの中の誰かとか。


 指は下着をそっとずらして、その中の敏感な部分をゆっくりとさすってく。


 良く喋っているのは、るいちゃんかな、えるちゃんかな。他の子はどうだろう、というかあの二人意外とちゃんと喋ってること自体が稀かな。


 あと、よく喋っているのは―――。


 息が少し荒れ始める。お風呂上がりで火照った身体は、熱が消えなくて止まらない。


 ―――もし。


 ―――――もし、みやびの想う相手が私だったら。


 なんて都合のいい妄想。自意識過剰すぎて自分でちょっと笑っちゃうけど、寝る前に見る夢みたいなものだから許してほしい。みやびにバレたら怒られちゃうかもしれないけど。


 ――――もし、みやびの想い描く相手が私だったら、どうしよっか。


 女の子を好きになったことはない。そんな人と出会ったこともないから、自分がそうだと想ったことも一度もないけど。


 相手がみやびだったら、私はどうするんだろう。


 わからない。


 だから、ちょっと妄想してみよう。


 空いた方の指がそっと、パジャマのズボンの方に伸びていく。


 シチュエーションはどうしよう。


 そうだね、例えば今日の放課後みやびに副作用のことを話したら突然愛の告白をされちゃうとか。実はあやかのことが好きだったから、そんな副作用が起こってしまったのなんて、みやびが真剣な顔して言うんだ。


 私はそれに戸惑って、きっとうまく答えられなくて。でも、そんな私をよそにみやびは真剣な顔して、好きだよあやか、なんて言いながらそっと腰とか抱き寄せちゃったりするんだよ。美人だからそんなカッコつけたことしても、きっと似合う。あと、腰を抱き寄せられるの憧れなんだよね。どんな気分になるんだろ。


 ゆっくりと腰からみやびの手があがってきて、私の頬にそっと添えられて、鼻がくっついちゃいそうな距離でじっと見つめ合うんだ。それからそっと、ゆっくりとみやびの顔が近づいてきて。


 もし、そうやってされたりしたら、私は嫌かな?


 ダメだって、友達だからしちゃダメだよってなっちゃうかな?


 指が下着の中に潜り込んで、私の大事なところにそっと触れる。


 お風呂上がりだから少し熱と湿り気を持っていて、ちょっと触るといつもより少しだけ柔らかい。


 喉の奥から思わず漏れ出そうになる声を、枕にうずめてそっと塞いだ。


 でもみやびは、きっとそんなこと構わずしちゃいそう。いや、普段のみやびはきっと私の意思をちゃんと聞いてくれるけど、私の中の妄想みやびはちょっとだけ強引で。


 きっと抗う間もなく口づけされて。


 初めてのキスなのに、大人のキスとかされちゃって。


 キスってどんな感覚だろう。柔らかいかな、湿ってるかな、舌が自分の中に入ってくる感覚ってどんなだろう。みやびの唾液とかを流し込まれたりとかしたら、なんかそれだけでもうえっちだなあ。


 大事なところをそっと擦っていたら、少しずつだけ湿ってくる。お風呂上がりの熱と湿り気とは、全く別の何かが段々と溢れてくる。


 それから。


 それから―――。



 きっと、『奇跡』をかけられちゃう。



 私が、それで気持ちよくなることはもうバレちゃってるから。



 ダメって言っても、私のちっちゃな傷を見つけて、何回も。



 きっと耳元で囁くみたいに。



 それで囁かれるたびに、きっと、あの気持ちいいのが何回もやってきて。



 大事なところから段々と水音が響いてくる。指の動きが段々と激しくなってくる。



 癒しの力なのに、気持ちよくなっちゃうあやかは悪い子だ、なんて言われちゃって。



 きっと、そうみやびの手で、何回も。



 何回も。



 何回も。



 あ―――――。



 クる。



 来ちゃう。



 気持ち―――いいのが―――。





 「ーーーーっーーーーーーーーーーーーぁーーーーーーーーーーーーーーぁーーーーーーーーーーーんーーーーーーーーぁーーー」





 あ。



 ああ。




 から、だが、震える。



 甘くて、熱くて、気持ちよくて、いけない震えが身体の中でずっと反響してる。



 指先が想うように動かない、息が意味もなく荒れ続ける、足は私の意思をまったく無視して小刻みに痙攣を続けてる。



 甘くて、幸せで、でもちょっと背徳的な余韻が、私の頭を溶かし続ける。



 あはは、ほんとは知り合いで、こんなえっちな妄想あんまりしたらいけないけれど。



 今日はちょっと、みやびの奇跡で身体が熱かったから仕方がないって言い訳しちゃおう。



 指がようやく大事なところから水音を立ててそっと離れる。



 荒れた息は少しずつ落ち着いてはいるけれど、身体の奥から焼けるような熱さはあまり変わらない。



 小刻みに震える足は余韻を求めて、ゆっくりともじもじと動いてる。



 それにしても、ちゃんと気持ちよくはあったのだけれど。



 …………正直、みやびの『奇跡』の方が気持ちいいんだよね、なんて想ってしまうあたり、私の性癖も大概壊れている気がしなくもない。



 で、妄想の最中に浮かんでいた疑問なのですが。



 もしみやびに迫られたら、私はどう想うかって?



 下着からそっと引き抜いた私の右手は、どう考えても汗以外の何かでべったりと濡れていて。



 まあ、言わぬが花というやつかな……。



 これは私が女の子もイケるという証左なのか、ただ単にみやびだからオッケーという感じなのか。



 ああ、明日、みやびにどんな顔してあったらいんだろ。



 なんて考えはするけれど、その時間が心のどこかで待ち遠しいと想ってしまっているあたり。



 もう色々と手遅れの気がしないでもない、そんなころでありました。



 夏の夜の夢の中、ベッドにくるまって、私は一人。



 みやびのことを考えていた。



 ねえ、君は、私のことをどんな風に想っているんだろ。



 もし君に触れられたら、私はどんな風に感じてしまうんだろ。



 それがわからないのが怖いのに。



 それを知りたくてたまらない。



 ああ。



 早く、明日、こないかな。



 そんなことを考えて、私はそっと眼を閉じた。



 明日、また出会う君のことを夢に見ながら。

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