しきよく 三
※
「最近、自分が嫉妬深いことに気がついちゃって」
「……嫉妬? 誰に? るいとか?」
「……昔の自分」
「………………?」
「私、みやびと出会った時のこと、覚えてないじゃん?」
「まあ……うん、事故のせいだから」
そういうことにしといてある。身体を『巻き戻し』て死から蘇生させたとは伝えられない。奇跡的な都合で。
「うん。で、その事故に会う前の私が、みやびと会って、仲良くなったから今こうして友達としていられてるんだよね?」
「…………まあ、そうと言えば。そうかな」
あやかの記憶がないことが分かったうえで、友達になることを選んだのが私だから、そこのところは何とも言えないけれど。
「みやびはさ、めっちゃよくしてくれるじゃん。使っちゃいけない奇跡をこっそり使ってくれるし、怪我は大体治してくれる。私さ、こんな体質だから、いっつも身体のどこかに怪我してるのが当たり前なんだけど。それが転校してから五体満足なんだよ? 信じられる?」
「そんな大げさな……」
「大げさじゃない! いい? 身体が痛いって言うのは、それだけでメンタルにくるの! 生理でお腹痛くなったらそれだけでメンタルやられるでしょ?! いくら慣れても、やっぱり常に何かが痛いって言うのは、それだけで心がちょっと病んじゃうんだよ?!」
「そっか……」
「そーなの。だからさあ、みやびがいっつも治してくれるから。おかげで私はいっつも絶好調。あんまり誇張じゃなく、こんな元気なあやかさん、人生でも類を見ないくらいだからね?」
「えー、あやかはいっつも元気じゃない?」
「……それはいっつも君が治療してくれてるからなのだよ。まあ、転校してきてからあった人たちはそりゃあさ、元気な私しかみてないかもしれないけど。私だって痛くて苦しい時は落ち込むもんだよ。それこそ出会った頃の私、落ち込んでなかった?」
「あー、言われれば。そうかも」
「でしょ! とまあ、そういうわけで、私としてはみやびにめっちゃよくしてもらってるって認識なの。もう人生変わるレベルで!」
「……そっか、よかった」
ちょっとは、私が貰った分も返せているのかな。
「で、こんだけ貰っていると、想うこともあるのです。なんでみやびはこんなによくしてくれるんだと。そりゃあ、出会った頃の私が仲良くなったからなんだろうけど、肝心の今の私はその仲良くなった経緯を知らないぞと。それにどんだけ仲良くなったらここまでよくしてもらえるんだいと」
「やっぱ、大げさだと想うけど、そんな大したこと……」
「みやびにとって普通でも、それくらい私には大事なの。そりゃあ助け合いが友達だけどさ、こんな一杯貰ってたら、私は何が返せてるんだろって考えちゃう」
「………………」
「今の私にそれがわからないなら、昔の私ならわかるのかな。みやびと出会って話した時の想い出があったら、みやびの想いとちゃんとつり合いがとれるのかなって? そうでなくてもさ、出会った時なんて大事な場面のことを、私だけ忘れてるの、ちょっとやだなあって想っちゃう」
「……………………」
「―――って悩んでたのが、最近のことなのです。答えはいまいち出てないし、想いだす気配もさっぱりないから、ちょっともどかしいけれど。私、大丈夫? みやびの負担になってない? それとやっぱり、出会った時のこと、もっとちゃんと聞きたいかな。全部は思い出せなくても、みやびから見た視点だけでも、ちゃんと知ってたいかなって」
「…………うん」
「―――そう想うわけなのです! あの頃の私どうだった?」
「…………苦しんでたかな、あやかが言ってたみたいに。でも身体の傷じゃなくて、心の傷で苦しんでる感じだった」
「あー、やっぱり。みやびが私に出会って……今の私に出会って、初めてかけてくれたのが、『心』の奇跡だったもんね」
「あれは気休めだけどね。心の傷は私未熟でちゃんと治せないから。……そういえばこの話、出会った時のあやかともしたよ」
「おおー、そっかそっか。教会でとか?」
「あやか、教会嫌だって言うから連れ出した」
「え」
「最初は熱中症で倒れかけてて、それで教会の話になった時イヤそうだったから。私が部屋に連れ込んだの」
「え、私見たことない、みやびの部屋!!」
「何にもないよ。でそれで、あやかの話聞いたの。教会の嫌な想い出とか、お母さんのこととか、辛そうでさ。でも私聞くだけでなんにも出来なくて。だから気休めだけど奇跡を使って見せたの。ちょっとでも楽になればいいなーって想って」
「うう……みやびの部屋。……でも、そっか、そこで身の上話したんだね」
「そ、そしたらあやか、もっと奇跡が見たいって、今から家に行ってもっと見せてって」
「わ、我ながら無理矢理すぎる……」
「だよねえ。で、一応、夕方に出る約束したんだけれど、シスターにダメって怒られちゃって」
「あらら……」
「そしたらね、教会の塀から誰かさんが侵入してきたの」
「……一体どこのバカなのやら」
「そうね、どこのあやかさんなのやら。……それで、無理矢理外に連れ出された」
「ほぼ誘拐では……?」
「うそうそ、自分の意思で外出たよ。私も……ちょっと窮屈だったから」
「うへへ……、我ながら暴走が過ぎる。……でもちょっと、やりそう」
「実際やってたしね、で、コンビニでアイス食べたの。教会の近くのとこ、そこで私の話とか聞いてもらった」
「あれ、奇跡は?」
「見せたよ? 今のあやかが見たことないやつ」
「ぐ、ぐぬぬ、昔の私め……ずるいぞ」
「あはは、それでねいっぱい話した。奇跡のこととか、いつか魔王と戦うことか、聖女として過ごしてく中で嫌なことが山ほどあるけど、それでも頑張ってることとか。それでもやっぱり辛いこととか」
「……それは今の私も聞けてる話?」
「ちょっとずつは言ってるかな。大丈夫、また改めてちゃんと言うから。―――でそうやって話してたら、『みやびは頑張ってる』って褒めてもらった」
「みやびは今も頑張ってるよ」
「ありがと。そう言ってくれるのあやかくらい」
「るいちゃんとえるちゃんも言ってくれそうじゃね?」
「るいとえるはね、信じられないだろうけど、あやかが来る前は私の方が敬遠してたから。聞ける距離にいなかったかな」
「うぇー、まじかあ。今、仲良さそうなのに」
「まじまじ。あのねー、あやかが想う以上に、私、聖女の顔してる時以外は愛想ないからね? るいとえるは……悪いとは想うけど、ちょっと信頼しきれない理由もあったから。まー、そこんとこも今度はなすよ」
「うん、ならいい」
「ありがと。で、そうやって褒めてもらえたのが嬉しかった。それまで頑張って当たり前、出来て当然、聖女なんだから完璧にならなくちゃってなってたところに、そんな優しい言葉貰ったら。まあ、堕ちちゃうよねえ。それで私わんわん泣いちゃって」
「………………あはは」
「いやー、あやかは魔性の女だと想うよ? それでいっぱい慰めてもらった、初対面なのにこんなに良くしてもらえる? ってくらいには」
「いやー、それはほら、みやびが先に優しくしてくれたから」
「まあ、そうかも。でも聖女の施しはね、教会だと当たり前なの。捧げて当然、あるのが普通、そういう存在としてありなさいって教育されてきましたから。そんなとこに魔性の女に優しくされたら、それはもうコロッと」
「な、なんか私、悪い女みたいになってない?」
「えー、実際悪い女だとは想うけど? …………くふふ、ウソウソ。まあ、それくらい嬉しかったということで」
「そ、そっか」
「うん、だから私としては、恩返しなんて全然。むしろ私の方が、返せてるか心配なくらい。だからあやかは、そんな気負ったりしなくていいよ、私がやりたくて、やってるから」
「うん……それなら……いいかな?」
「うん。それに、パフェを食べにも連れてってもらったし、しんどいときは無理にでも休ませてくれたし。四人でいったカラオケも面白かったね、あやかがいなかったらるいやえるとカラオケに行くこともなかったろうし。試験勉強も、私、みんなでしたのなんて初めてだった」
「……そか」
「そ、だから、私の方が多分、一杯貰ってる。だからあんまりに気にしないで。それと……話し損ねたことは一杯あるから、また聞いて?」
「うん、それは、いつでもばっちこい。なんなら、夜中に電話とかかけてきてもいいよ。むしろ私からかけるか」
「いいね、それ、また今度しよっか」
「ふふふー」
「喋りたいことはそれ?」
「そ、最近結構悩んでたー。もううぬぬぬと唸り続けてたよ」
「あー……あれはこういう悩みだったんだ」
「そなのだ。………………ふー」
「………………」
「じゃあ、ジャブが済んだところで……」
「…………うん」
あやかはふーっと長く息を吐くと、意を決したように私にじっと向き直った。
なんでか私まで、少し……いやかなり緊張してしまう。
あやかの秘密。私の奇跡の副作用。
きっと出会ってからずっと、伝えられなかった答え。
それが、今―――。
「……見せた方が早いかな。……みやび、奇跡、今、かけられる?」
そう言って、あやかはすっと私に手を差し出した。手のひらには何かを擦ったような赤い跡。授業中にでも痛めたのだろうか。私はゆっくりその手を取ると、あやかの眼を見て頷いた。
あやかは少し覚悟するみたいに、じっと身を固めて私の眼を見返した。
『傷』に『癒し』を。
そう聖句を唱える。
ぼうっと光が私の手のひらに灯って、あやかの傷がゆっくりとほつれた布が自然と戻っていくみたいに、緩やかに塞がっていく。
あやかはその間じっと、身を固めて、でも時々身体を震わせながら、その副作用に耐えていた。
握った掌が熱くなる。
じとっと汗が滲むのは、私の手か、あやかの手か。
絡めた指が、小刻みに震えてくのを感じてる。
あやかの息が、熱く小刻みに、震えながら吐き出される。
少しだけ長めにかけた奇跡の光がぼうっと収まったそんな頃。
あやかの顔はすっかり真っ赤になっていて。顔と手どころか、スカートから覗く足までどこか赤くなっているように見える。
ゆっくりと顔を上げたら、少しうるんだようなあやかの瞳と目が合った。
それからあやかはすっと視線を下に向ける。
それから自分の手をそっと――――。
そっと―――――。
え――――?
そっと、自分のスカートの裾を捲って。
あやかのふとももが私の眼前に素肌を晒す。白くて柔らかそうなその奥に、あやかはそっと手を伸ばしていた。
ずっと顔を赤らめているけれど、さっきよりさらに赤くなっているような気さえする。
やがて、あやかの手はそっと腰元まで当てられて。
ゆっくりと、緩やかにでも、少しずつ降りてきた。
ほんとはもっと速かったのかもしれない。
でも、私の眼にはそれが止まっているみたいに、ゆっくり見えていて。
あやかの腰からそっと淡い色のショーツが降ろされていく。
なんで―――?
なんで声を上げる間もなくて。
ただ魅入られたみたいに、眼を逸らすことも出来なくて。
ショーツがそっとふともものあたりまで降ろされて、あやかの水色で可愛らしい下着が私の視界でゆっくりと動いてく。
そのショーツにはナプキンがついていて。そういえばいつかの時にナプキンをつけているだのどうだので、るいとひと悶着あったけれど。
なんて、記憶を探る前に。
あ。
と声が思わず零れた。
気づいて、しまう。
ナプキンが湿っているのに、ついているしみは血の色をしてなくて。
かといって、尿の黄色い色でもありはしなくて。
それなのに、あやかの―――あやかの一番大事なところから、雫が垂れるみたいに、透明な線が一つナプキンとそこの間を繋いでた。
その意味を、その答えを。
私は—―――知っていて。
『紅潮する頬』
『荒れる吐息』
『震える身体』
いつかの保健室で聞いた、聞いてしまった。
『高くて甘い嬌声』
るいやえるの奇跡ではなにも起きなくて、私の奇跡だけが副作用を発するなら。
当然、違うのは私。なにかイレギュラーを起こしているは私以外にいはしない。
懸念はしていた。
『奇跡』はどうしても無意識的な部分に依存しているところが大きい所業だ。
だからこそ、それをコントロールするために、多大な訓練と教義による精神の統制が必要になる。
だけど、私の心はまだまだ未熟で。
だから、私の中の何かの感情があやかに影響を及ぼしてしまう可能性はあった。
無意識であやかに何かの奇跡を、治癒の奇跡と併せてかけてしまっている可能性。
じゃあ、その感情がなんなのか。
それは。
それは―――。
神からもたらされる愛を、教会では真愛と呼ぶ。
そして家族が互いを想う愛を、親愛と呼び。
友人が抱く愛を、友愛と呼び。
共に生きる人々が抱くあまねく愛を、隣人愛と呼び。
そして。
そして――――。
そして―――――――――――――――。
色欲によって、誰かを愛することを。
性的な感情で、相手を求めて愛することを。
その在り方にその身体に、情欲を抱いて愛することを。
『性愛』と呼ぶ。
私があやかに抱いていた感情。
私自身さえ知らないうちに、あやかに隠していた想い。
知らぬうちにあやかの身体に流し込んでいた、私の情動。
あやかはすっと足の先からショーツを抜き取ると、少し開いて私に見せた。ナプキンがあってもなおわかるほどに、それは湿っていて。濡れて蕩けて、目が離せなくなる。
それからあやかは少し荒れた息で、私を見て、力なくへにゃりと笑った。
「私、奇跡でね。なんか、そのえっちな感じで……気持ちよくなっちゃうの」
その瞳があまりに不安げに揺れていて、思わずはっと我に返った。
「変……かな。やっぱり、私、どっか、……おかしい?」
「違う! あやかは……あやかは悪くないから!」
悪いのは、未熟で、不安定な私のせいで。
「え、えへへ。よかった、ちょっとやっぱり不安だったから」
「あやかは……あやかは、悪くないから」
それから思わずぎゅっとあやかの肩を抱いて抱きしめた。
そう、あやかは悪くない。
悪いのは―――。
こうやって肩を抱くだけで。
あやかの胸が、私の胸に当たる感触を。
触れた肩が小さくて、両の手で抱きしめてしまえる感触を。
首同士が触れあうだけで、その柔らかさの感触を。
頭から離せない私の方だ。
―――どうしたらいいんだろう。
その言葉を口にするのはあまりにも怖くって。
あやかの頭を抱き寄せながら、そっと見られないように頬から零れるものを隠した。
でもそうしている間にも、身体のどこか奥の方が、どうしようもないくらいに熱くて。
その熱が改めて、私のずっと心の奥底に隠していた感情の証拠になってしまう。
私は。
私は。
聖女でありながら。友人でありながら。
この子を、あやかを。
自分でも気づかないうちに。
知らず知らずのうちに奇跡をかけてしまうほどに、どうしようもなく。
情欲のままに。
好きになってしまっていたんだ。
震えるあやかの肩を抱きながら。
私はただ、そんな事実を思い知っていた。
人の声も、蝉の音も、何もかもが遠くて聞こえない。
ただ二人の吐息だけがここにはあって。
胸に抱いた許されるはずのない想いの置き場を。
私は何処にも見つけられないでいた。
震える君の肩をただじっと抱きしめたまま。
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