しきよく 二
気持ちを正面切って伝えることは、とても難しいなって想う。
それが上手く伝えられないような話題ならなおのこと。
私はできるだけ素直に、正面から言葉は使うようにはしているけれど。
それでもいいにくいことや、うまく伝えられないことはたくさんある。
なんでだろうって、考えたら、結局はそれを伝えることで今の関係が変わってしまうのが怖いんじゃないかなって思いいたる。
昨日まで友達だと想っていた人に、突然愛を告白するようなもの。
そこまで真剣な話でなくても、例えばずっと仲良く喋っていた友達に、相手のいやな所を伝えるのは勇気がいるし。
当たり障りのない会話ばかりだった人に、突然真剣な話を振るのは難しい。
ずっと私のために、私のためにって言っていたおかあさんに、そんなの嫌だよっていうのは今想い出しても怖かった。実際それで、私たちの関係は変わってしまったわけだし。
伝えることで関係が壊れることもある。
伝えることで関係が進むこともある。
どっちがいいかは伝えてみないとわからない。私とお母さんの関係は壊れたのか、進んだのかどっちだったんだろう。
どちらにしても、進むべき時はいずれくる。
もちろん、黙っていることもできるけど。黙っていると、心の中に黒い澱みみたいなものがゆっくりと溜まってしまう。毎日、毎日、その人と話すたび、淀みは時間をかけて降り積もって、ある日、雪崩のように決壊する。
だから伝えるべきことは、やっぱり伝えた方がいいと、私は想う。
たとえそれで関係が変わってしまうとしても。
それは少し怖いけれど。
それでもきっと。
…………いや、でもなあ。
………………話題が、話題だからなあ。
いや、弱気になっちゃダメ。せっかくのチャンスなんだから。
るいちゃんとえるちゃんが、みやびに捨て台詞を吐いて去っていくとき、メッセージの半分は多分私に向けられていた。
だって、何処まで言っても、伝えなきゃいけないのは私の方だから。
どこか唖然としているみやびの横顔をそっと窺う。
少し呆れたような、戸惑っているような。そんな、何とも言えない顔。
私と目が合うと、軽く肩をすくめてゆっくりと首を横に振った。
「るいは、あんなこと言ってるけど、気にしないでいいからね」
みやびは、優しいからそう言ってくれる。
でも、いい加減、言うべきタイミングな気はしてる。
いつまでも、いつまでも、隣にいるのに黙っているのもなんだか変だ。友達同士で、相手のことで、伝えられないことがあるのはやっぱり気持ちが悪い。
だって、私は正直に生きたいし。私の友達にも、私には正直に話してほしいから。
私は自分の言いたいこと言うんだから、相手も自分の言いたいことを言っていい。
私はそういう関係を、誰かとつくっていきたいと想ってる。……気持ちでいる。自信ないし、自己満だけど。
だから、これはチャンスなんだ。
私は胸を張って、みやびにじっと向き直る。ちょっと驚いた顔をされるけど、ひるまない。いい加減、伝えなきゃ。私が抱えている問題なんだから、私からちゃんと。
「あのね、みやび――――」
ただそう伝えかけた瞬間に。
ふっと改めて意識する。
ここは朝の正門前、みんなが通る通学路。
ふと意識すれば周りは蝉の音に交じって、がやがやと口々に人の声が得する。
立ち止まるだけで不思議そうに振り返る顔がいくつもある。
みやびやえるちゃんが、奇跡のことをぼかして口にしてたのもの周りの目があるからで。
………………え? 今、ここで口にするの? 主に私の痴態の話を?
……………………。
………………。
…………。
「放課後いつもの場所で、決着だぜ!!」
さすがにムリ!! 恥ずかしさで死んじゃうから!!
わけわかんないテンションでそう言い残して、私は颯爽と走り出した。
残されたみやびはめちゃくちゃ困惑してるだろうけど、言い訳は放課後にしますので!
不敵な笑みを浮かべる頬とは裏腹に、目尻には羞恥の涙があはれにも滲んでおりました。
そして勢いのまま走り抜けて、訝し気な目で見てくるるいちゃんとえるちゃんすら追い越して、私は教室に一人駆け込んだ。
ええ!! 言うのか?! 私、放課後に言っちゃうのか!?
なんて後悔で机に顔を突っ伏すのがおおよそ三分後の出来事だった。
ちなみに当たり前なんだけど、四人ともおなじ教室だから、五分後には全員集合しているのであった。恥ずかしいのであった。
るいちゃんに話し掛けられたので、ノートに『ただいま恥ずかしがり中』と書いてやり過ごしたのであった。笑われたのであった。
放課後を、待て!!
※
「というわけで放課後だぜ!!」
「…………そうね」
明らかに恥ずかしがった表情で、なんでか特撮ヒーローみたいなポーズを決めているあやかに私はそう返事をした。ちなみに場所はいつも使ってる比較的涼しい非常階段。っていっても、そろそろ夏も盛りだからここも少し蒸し暑い。
ホームルームから時間も経ったから、学校はそれなりに静かになっていて、大きめの声で喋るあやかの声が良く響く。秘密の話なのに、そんなに大声でいいのかなって感じではあるけれど。
「というわけで……えと……」
「私の『奇跡』の副作用のこと……でしょ?」
そう私が告げると、あやかは少し目線を逸らしてポーズを解いて、すごすごと足元にしゃがみだす。……この話題だけで、そんな落ち込んだ態度になるものなのかな。
そう想ったけれど、でも少しして思い直す。
あやかは基本的に素直な子だ。想ったことはまっすぐ口にするし、変な虚飾や腹の探り合いもしてこない。あんまり女の子らしくない性格と言えばそうだけど、私としてはそういう部分が一緒に居て心地いい。
なのに、あやかはこの話題にだけは、一貫して言葉を濁し続けていた。つまり、それだけ言いにくいって言うことだ。……場合によっては、色々と覚悟がいるのかもしれない。
とりあえず、しゃがんだあやかの隣に少しだけ距離を置いて腰を下ろした。
あやかはちらっと私を見たけれど、つまさきをみながらいじいじと指先を動かして、口元をもにょもにょさせている。らしくないけど、少しいじらしい。
「心配しないで、大体のことは覚悟が出来てるから」
呼吸や血流の異常。眩暈。気分の変調。消化器系の異常。必尿器系あるいは、生理にまつわる異常。
考えうる限りの副作用について、対策も心の準備も済ませてある。
なにせ、私が発端で起こっていることだから、私が解決しないといけない。
だから、あやかをできうる限り安心させようと、その瞳をじっと見るけど、肝心のあやかはどこか気まずそうに視線を逸らしているばかり。
「………………」
「………………」
しばらく待った。
「…………………………」
「……………………………………」
返事がない。
……そんなに言いにくいことなんだろうか。
なんだか少し自信がなくなってくる。やっぱり私じゃダメなんだろうか。
そんなだから、少しいたたまれなくなって、思わずあやかと一緒に目を逸らして、自分の手のひらを見つめてしまう。
まあ、この手が万能でないことは、あやかの死と対面したときに知ってはいたけれど、こんなにも無力に見えたのは初めてかもしれない。
友達が悩んでいることの一つだって聞けやしない。
それがもどかしくて、抑えようと想ったけれど、かすかにため息が漏れてしまう。
ただ数瞬して、はっと意識を持ち直す。私がちゃんと聞かなきゃいけないのに、勝手に落ち込んでどうする。
外堀からでもいい、少しずつ聞けるところから聞いていこう。
「やっぱり……言いにくい?」
そう問うと、あやかはすっと膝に顔を押し当てて、俯くようにしながら静かに頷いた。「……うん」と返事こそ帰ってくるけれど、普段のあやかからは信じられないくらいか細く小さな声だった。
「……相手が、私だから?」
「………………んー、みやびは悪くないよ。ただ直接言うのが……ちょっと」
そう答えてくれて、なんでか意味もなくほっとしてしまう。あやかが伝えられないってことは変わっていないのに、なんでだろう。
「……どうしたら言えそう?」
そう問うと、あやかは顔を膝にうずめたままうーんとゆっくり唸りだした。その声の調子が少しずつ戻って来ていて、それだけで不思議と気が緩んでしまう。
「……えとね、……すっごく恥ずかしい話なの。私の人生で、多分、一番、恥ずかしい話…………」
「…………そっか」
………………なんだろう、副作用で尿路結石でもできたのかな……?
思わず首を傾げてみるけれど、みやびは顔を膝にうずめたままぐりぐりと首を横に振った。まるで恥ずかしさをそうやって、頭から振り払おうとしてるみたいに。
「……ほんとは、もっと早く話しとかなきゃいけなかったんだけど。みやびから、もしかしたら軽蔑されるかもって想ったら、その、うまく言えなくて…………」
そう言ってそっとこちらに視線を向けたあやかの顔は、膝に擦ったのもあってから少し紅かった。ただ、それとは別に瞳は淡く滲んでいた。感情がこぼれそうになっているのが、あまり感情が動かない私にも見て取れる。
不安に揺れて、怖く想ってる。でも、それでもどうにか、頑張って伝えようとしてくれている。
私からすればそれだけで充分だった。それだけで、あやかを嫌う理由も軽蔑する理由も簡単に消し飛んでしまう。
だから、それを伝えるために、私は可能な限りあやかの緩んだ瞳をじっと見つめた。
「大丈夫、絶対に軽蔑なんてしない。嫌いになったり、避けたりもしない。神にだって誓えるから」
「あはは……そこまで大げさな話でもないんだけど」
あやかは少し涙目で軽く笑うと、そっと自分の目に滲んだ涙を拭った。
その表情が少しいつものあやかの顔に近かったから、それだけで私の頬は緩んでしまう。
こんな子を、どうすれば軽蔑なんてできるというのか。
「……うひひ、じゃあ、ジャブじゃないけれど。最近の私の悩み事から初めていいですか」
「うん、いいよ。時間ならいくらでもあるから」
そう言うと、あやかは少し力の抜けた顔で笑った。
そうして話していると、出会った時の告解の真似事を想い出してしまう。
それだけで、少しだけ胸の奥がゆっくりとあたたかくなっていた。
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