傲慢 - Ⅱ
まっさらな灰色の髪のシスターに手を引かれて、訳も分からないまま教会の中に連れ込まれた。
教会の中は夏とは想えないくらいひんやりしていて、天井が高くてどこかも格式ばった感じで少しだけ半袖半パンの私の居心地が悪い。シスターに手を引かれていく私を大人のシスターたちが不思議そうに見ているのも些か肩身が狭い原因だった。
いや、肩身が狭いと言うか、どうにも落ち着かないのはそれだけが原因じゃないけれど。
そしてそのまま構内の椅子の一つに、引かれるまま座らされて。シスターの少女は少しの間、場を離れると周囲となにやら話した後、両手にコップやらなにやら抱えて戻ってきた。
「とりあえず、冷たい飲み物を持ってきましたので、飲んでください。身体を冷やすものもいくつかありますので、脇とかに挟んでください」
そんな少女の言葉を聴いて、ようやく私は思い知る。ああ、入り口のところで項垂れてたから、熱中症か何かだと思われていたみたいだ。
まあ、暑くてだるかったのは事実だけれど、そこまで深刻でもなかったりはするかな。ただそういうのも、折角の好意を無駄にしてしまう気がしたから、私はありがたく飲み物を受け取って、保冷剤をわきの下にそっと挟んだ。
うう、冷たい飲み物が身体に染みる。脇に挟んだ保冷材も、結構効く。あれ? 意識してなかっただけで、そこそこしんどかったかな、もしかして。
うーむ、夏の熱中症は恐ろしいねえと独りごちてから、私は隣で様子を窺っているシスターにお礼を言った。
「いやあ、ありがとう。助かっちゃった、慣れない場所だったから、どこで休んでいいかもわかんなくて」
そんな私の言葉に、シスターの少女は優しく微笑んで首を横に振った。
「お気になさらないで。夏の熱中症は危ないですから、私が不安になって声をかけただけです。逆に余計なお世話でなければいいのだけど」
「いやいや、正直、自分でもしんどいって自覚がなかったし、むしろありがたかったよ」
たははーと笑ったら、少女はにっこりと微笑を返してくれた。装束の隙間から見える、流れるような灰色の髪が異様だけれど、その異様さを補って余りあるほどにその出で立ちは綺麗だった。うーん、助けられた補正もあって、今なら実は天使ですよとかいわれても信じてしまう自信がある。
「落ち着くまで休んでいってください。飲み物のお代わりお持ちしましょうか?」
ただ、素敵な人だからこそ、あまり思い出したくないものを想いだす気がして、私はゆっくりと首を横に振った。
「ううん、ありがと。でも、もう充分かな、あんまりお世話になるわけにもいかないし」
だって、この場所は私にとってあまりにも居心地が悪い。
教会の真ん中に飾られた十字架も、壁に備え付けられたオルガンも、日の光を眩しく反射するステンドグラスも。
どれも彼も、綺麗なはずだけれど、今は正直あまり見ていたくない。
嫌でも、想い出したくないものを想いだすから。
だから、お礼を言って、シスターの少女に、私はそっと飲み物の入ったコップと、保冷剤を返却する。
多分、こんな不信心な私があまり長居はするとこじゃないしね。どうにかいまいち力の入らない足に、無理矢理力を籠めて立ち上がる。
「でも―――」
そんな私にシスターの少女は少し困惑したような顔をした。
そんな顔を見て、どうにか平気なふりをして笑おうとしてみたけれど、それもあんまり上手くいかなくて。
ぼーっとした頭ともやもやした心は、自然と嫌な気持ちを産みだしてしまっていて。
それを言うべきではないけれど。
それでも私の口から気づけばぽろっと、言葉は零れ落ちていた。落ちてしまっていた。
まるで、目一杯まで物が詰められていた棚から、自然に本が一つ零れ落ちていくみたいに。
「―――
言った瞬間に、目の前のシスターの少女の瞳がぐらりと揺れた。
そして、言った瞬間に、ああ、やっぱり言うべきじゃなかったって一瞬で後悔できた。
何やってんだ、私。折角、親切にしてくれたんだから、黙って受け取ってりゃいいのに。
ちょっと自分が辛いくらい、知らないふりしてさ、何食わぬ顔で、ちょっとだけ休ませてもらってりゃそれでいいのに。だってここの人たちは、何にも悪いことなんてしてないんだから―――。
だったら、私が―――――。
そう想った瞬間に、ふらついた足が傾きかけた。
それと同時に、がくんと身体が一つ揺れていた。
っていうか、傾きかけた身体が無理矢理、誰かに引っ張られて止まっていた。
え、と声を漏らしたあとで、ようやく私は、ふらついた瞬間に手を引っ張られて倒れなかったのだと気がつかされる。
はっとなって、引かれた手を見ると、シスターの少女がじっと私を見つめたまま私の手を両手で握ってた。
ただその手を握っている瞳は、さっきまで優しくて穏やかな微笑みとはどこか違っていて。
まるで感情なんてないみたいな、どこか冷ややかで、能面のような顔に見えた。
「…………教会が嫌なら、違う所なら大丈夫?」
そういったシスターの少女の瞳は、ただ淡々とどこか無機質な表情で私をじっと見つめていた。
私はただ曖昧に頷くことしか出来ないでいた。
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