しっと 上

 「ふふふ……」


 「なんかいいことあった……?」


 今日も元気にクソ暑い朝のこと。机の上で足を組んでいた私は、愉快さに思わずほくそ笑む。そんな私に、前の席のるいちゃんは不思議そうに黒髪を揺らして首を傾げた。


 「気づいてしまいましたか……」


 「そりゃあ、そんだけニタニタしてれば……」


 ちょっと呆れた視線を向けられながら、私は思わず胸を張ってしまう。ちょっと今の自分の全能感を隠し切れないぜ。


 「今日はね、……秘密兵器を装備してきたのだ」


 「ほーん、それで不運を回避したとか?」


 「いや、今日も無事、足元に猫が通りかかってきたから、思いっきりみぞに足突っ込んだよ」


 おかげで脛に思いっきり擦り傷できてる。


 「無事とは? ……じゃあ、それ以外の秘密兵器ってこと?」


 「そうそう、ふふ、当ててみな」


 とは言ったものの、多分当てられっこないけれど。なにせ、これはみやびの奇跡対策の秘密兵器なのですから。


 「ふーん、見えるとこにある?」


 「ないなあ、なにせ秘密なのですから」


 なので、今日はみやびの奇跡を受けてもなんら問題ない。なんなら自分からウェルカムしたっていいくらい。……いや、さすがにアレを自分からウェルカムするのはなんか羞恥がやばい気もするけど。


 「そう……装備ってことは、身につける系のもの?」


 「お、そうそう。そんな感じ」


 と言っても、まあ、答えを問われたところで答えられないんですけどね。なぜなら恥ずかしいから。履いてる理由を説明するのはもっと恥ずかしいのですじゃ。


 つってもさすがに、解答の発表できない問題をこれ以上引っ張るのもよろしくないなと、私は首を横に振った。適当に切り上げて誤魔化してしまいましょう。


 ただその瞬間に、るいちゃんはポンと手を打った。


 「あ、わかった」


 「ふふ、そう簡単には当てられないんだぜ」


 というか、当てられても恥ずかしすぎて答えられないんだぜ。


 なんてやりとりをしてる間に、教室のドアががらつと開いた。そこにいたのはいつもの灰に少し黒みのかかったみやびの髪色と、ふわふわの金髪を流したえるちゃんの姿。


 おっはよー、って軽く挨拶したら、みやびとえるちゃんも同時に手を上げて返事をしかけてーーー突然ピタリと静止していた。


 ………んなんか、あったかなと首を傾げている頃に、私はようやく違和感にはたと気がつく。



 なんか妙にるいちゃんが静かなこと、あと腰のあたりが妙にスースーすること。



 なんぞや、と思いながら正面を振り返ると、なんか微妙に納得してないるいちゃんの顔がそこにはあった。



 「………ん? このナプキンのどこが秘密兵器なの?」



 めくられていた。



 私のスカートが。



 もといクイズの正解が。



 ついでに言うと、私が机の上にお行儀わるく腰掛けていたものだから。



 私のスカートの中身をるいちゃんがまじまじと覗き込むような格好になっていた。



 そして私の秘密兵器がついたパンツがこれでもかと露わになっていてーーー。




 …………。




 ……………………………。




 …………………………………………はひ。





 「るい」


 「どしたんみやび、怖い顔して」


 「ちょっと、そこになおりなさい」


 「いや!? ちょっと誤解だって!?」


 「……はひ、はひ」


 「…………よしよし」



 



 そうして、後には必死に弁明を続けるるいちゃんと、なんでか静かにブチギレてるみやびと、恥ずかしさで真っ赤になった私と、私の頭をよしよししてくれるえるちゃんだけが残っていた。



 そんな蝉がなく朝方のことだった。








 「……で、なんでアレが秘密兵器だったの? 生理って感じにも見えないけど」


 放課後、そろそろ帰るよって時にるいちゃんにそう聞かれたので、私は無言でそっと目を逸らした。


 まさか、隣の席から傷を癒やされるたびに、パンツをぐしょぐしょにしてるなんて言えるわけもなく。


 ただ目を逸らした先のみやびもどこか不思議そうに首を傾げていたから、う、と思わず怯んでしまう。仕方ないので目を逸らす先を窓の外にそっと差し替える。今日も夏日が眩しいぜ。


 「どしたー? 漏らしたりとかするわけでもないっしょ?」


 完全に冗談の体で聞いてくれているが、当たらずとも遠からずなので何も言えない…。


 もはや、こうなったら鼻歌を歌いながら視線を逸らし続けるしかない。


 そもそも、これがあれば代えのパンツなしでも大丈夫! もうパンツのストックに怯えることもない! なんて思い立ったのが今日の起き抜けの頃のこと。


 まあ、夏場のナプキンはいささか蒸れるので、あまり快適とは言い難いわけだけど。さすがにパンツがびしょ濡れになったり、ナニかの雫が太ももを垂れる感覚に比べればだいぶにマシだ。主に私の尊厳的に。


 ただ、朝のゴタゴタで幸か不幸か、今日は奇跡を受けてないので実はまだ役に立ってなかったりする。なので、今日一日はとくに理由もなくナプキンをつけてきた謎の人になってしまった。


 「ふふふ…」


 「思った以上に、変な子だねあやかも……」


 そういったるいちゃんは軽く息を吐いて、ちらっとみやびの方を伺った。みやびはいつもの澄ましたクール顔だけど、どことなくるいちゃんを見る目が険しくなっている気もしなくもない。


 うーん、朝のスカートめくり事件が若干尾を引いてるのかもしれん。それに関しては私も原因の一端だから、何とも言えない。あのあと、一応誤解は解いたわけだけど。


 なんて考えているころに、るいちゃんは軽く息を吐くとすっと席から立ち上がった。お、ようやく追求をやめてくれるかな、と思わず視線を戻したその時だった。


 目と目が合った瞬間にるいちゃんがにまあっと笑ってた。どことなくイタズラめいた笑みで、端正な黒髪美人が私のことを何か獲物を狙うみたいに見つめてくる。


 え、と思わず声が漏れた瞬間に、気づいたら脇を掴まれて、そのまますっと立たされていた。


 「ところでさ、あやか、まだここら辺詳しくないでしょ。案内してあげるから、私の買い物付き合ってよ」


 そう朗々とまるでその約束が初めから取り付けてあったみたいに澱みなく告げてくる。


 ええ、と困惑するうちに、気づいたら私の足はすっと動き出していて、まるで導かれるみたいにるいちゃんに引っ張られる。思わず咄嗟に鞄を掴んだけれど、そうしている間にも手を引かれるままに足はるいちゃんについていく。


 「え、え?」


 「あ、なんか予定ある?」


 「な、ないけど…」


 「じゃ、問題ないね。さあ、いこー」


 なんて私の話を聞いているのかいないのか、さっさとるいちゃんは教室を出ようとしてしまう。なんだなんだと慌てているうちに、はっと気づくと空いた手が、がしっと握られた感触があった。


 そうして振り返った先には、いつものみやびの顔が…………なんでか少し怒った感じで、こっちを見ていた。


 あ、あれ? 私、なんかしたかな?


 ただみやびの視線はどうにも私に向いていないみたいで、私の向こうで素知らぬ顔で手を引いているるいちゃんをじっと睨むみたいに見つめてた。


 「どういうつもり……? るい」


 なんでみやびがこんな怒るみたいな表情しているのかはわかんないけど、そんなみやびの怒った様子にるいちゃんはちっとも怯む様子もない。


 どころか軽く鼻歌でも歌いそうな表情で振り返ると、なんでか私の腕に自分の腕を絡めて身体ごとぎゅっと寄せてくる。まるでみやびに見せつけてるみたいに、


 「えー、みやびばっか転校生と仲良くなって不公平じゃん? 私も親睦深めようと思ってさ」


 軽く、でもまっすぐなそんな言葉をるいちゃんはみやびに返すけど、みやびはちっとも怯まないしなんなら視線がより険しくなっている。別におかしなことはいってないといえば言ってないけど……。


 「強引すぎるでしょ。せめて、当人の意見を聞きなさい…」


 まあ、それはそう。ここまで私の意思ゼロだぜ。


 ただそんな言葉にるいちゃんは、ちっとも余裕を崩さずに軽く微笑んで私を見ていた。


 「だって、あやか。どうする? 私と一緒にデートしてくれる?」



 「え」どうしよっかなあ……「いいよ」



 ………。



 「ほら、あやかもいいって」



 ………………あれ?



 「ちょっと、るい、今っ!」



 …………………………………私、今、ホントにいいって言おうとしたかな?



 「それに、強引とか。みんなが見てる中で壁ドンしてたみやびに言われたくないよ?」


 「………なっ!」



 なんて。



 「じゃ、まったねー。いこ、あやか」



 呆けている間に手は、るいちゃんに引っ張られてて。



 「……ねえ、みやび」



 なにか言おうとしたみやびを振り返る暇もないうちに。



 「なに!? える、今、こっちはーーー」


 「……勉強で聞きたいことがある。このあと、いいでしょ?」


 「…………っ」



 私たちは教室を飛び出していた。



 背後にみやびとえるちゃんの小さな会話だけを聞きながら。


 状況がうまく飲み込めない、どうしてこんなことになっているのか、本当にこれでいいのか、何もわからないままに私はるいちゃんに手を引かれ続けてた。


 それでも不思議と足はるいちゃんについていくけれど、頭は状況を何にも飲み込めてない。なになに、なにこれ。


 ただそんな私にるいちゃんは手を引いたまま、どことなく妖しげな笑みを浮かべて、その綺麗な黒髪を揺らしてた。


 「じゃ、デートにいこっか。ね、あやか?」


 その声に私は何の返事も口にできないまま、ただ曖昧に頷くことしかできなかった。


 なんでか振り返った時のみやびの顔を思い浮かべると、少しだけ胸がズキンと痛む感覚だけを感じながら。

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