第53話 蹂躙劇
「この先か」
曲がり角の先から激しい戦闘音が響いてくる。ハルカは突入しようとする皐月を手で止めると、床に落ちていたガラス片を僅かに角から覗かせた。
「何をされているんですか?」
「こんなもんか? うーん、もうちょっとこう、あ、ここいい」
「あの、ハルカさん?」
「今角度調節中ね。ガラスに反射させて向こうの光景見てる所」
「……なるほど」
感心して一緒にガラス片を見つめる皐月。そこに映るのは四人の探索者に囲まれながらも懸命に戦う地下アイドルであった。
人数の不利を思えば、生きているだけで健闘モノと言えるだろう。しかしそれも長くは続きそうになかった。
四人の探索者は数的有利に油断せず、少しずつアイドルを削るような戦いをしていた。四人同時に攻め、包囲網を狭め、相手から選択肢を奪っていく。
それに対抗出来る実力の少女は間違いなく強いと言えるのだがーー半端に強いからこそ、相手側の強さがより浮き出てしまう。
一手、二手、揺さぶるような攻撃で隙を生み、三手でバランスを奪い、四手で崩す。探索者を詰ませる一連の流れには熟練の雰囲気が宿っていた。
恐らく対人に慣れているのだ。
四連撃で崩されたアイドルにトドメの一撃が繰り出される。当然彼女は避けられない。倒れゆく最中、唯一自由な目で迫り来る攻撃を眺めーー
「ハァッ!!」
それまで気配を絶っていた皐月が不意打ち一閃、今まさに攻撃を繰り出していた男を文字通り蹴り飛ばした。
軸足が地面にめり込むほど強烈な一撃。食らった男を巻き上がる煙と共に壁の向こうへ消えた。
残った三人が一瞬狼狽えた後、即座に理性を取り戻して皐月の方へ向き直る。ただ、探索者同士の戦いではその一瞬が命取りであり、
「ぎゅ、ぉえ!?」
皐月が横の男の股間を蹴り上げると、奇妙な叫び声を上げてその場で崩れ落ちる。白目を剥いて痙攣する男は、口の端から泡を吹いていた。
「うっへぇ、怖」
同じ男として今の痛みを想像できてしまうハルカは、割とガチで顔を引き攣らせながら、ひっそりと援護に回る。
今回、皐月に目立つなと厳命されている彼は、足元の小石を全力で蹴り上げ、弾丸のようにそれを弾き飛ばした。
吹き飛ぶ小石は、皐月の背後から巨大なナタを振り被る男の足に直撃。身に纏う強化スーツの防御を破ると、その下にある柔い肉を貫通して血しぶきを上げた。
途端にバランスを崩す男。
ハルカと相手の挙動を視界の端で捉えていた皐月は、そこから相手が倒れてくる位置を予測し、ちょうど側頭部をぶち抜くタイミングで剣を鞘ごと振り被る。
ゴリ、と。頭がい骨がひび割れるイヤな音が施設内に響く。男はピクリとも反応せずその場で気絶した。
「残りはあなただけね」
「っ、な!?」
時間にすると僅か三秒ほどの蹂躙劇。最後に残った男はあまりにも強大すぎる新手(皐月)を前に戦慄を隠せない。
どうにか逃げ出そうと周囲を素早く見渡すも、唯一の退路と思われる直線上には眠そうな顔をした男が銃を構えて立っていた。
アイドルと、目の前の少女と、眠そうな男。どれかを瞬時に突破しなければ逃走は成功しない。誰を選ぶべきかーー
「はい時間切れ〜。流石に呑気すぎだろ馬鹿がよ」
その声に思考の海に沈む男は意識を引き戻された。慌ててハルカの方を見て戦闘態勢を取り、
「残念。今日はそっち」
「は?」
「ふんッ!!」
その逆側、ハルカに出番は作らせまいと全力で拳を振り抜いた皐月に反応できず、呆気なく意識ごと身体を吹き飛ばされた。
好きな男のために動く少女、恐るべし。
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