第51話 第三回競馬配信

 幾度目かの競馬配信。毎度異様な盛り上がりを見せるこの枠だが、今回はいつにも増してコメントの勢いが早かった。 


《競馬?》


《探索しないの?》


《競馬するんですか?》


《探索は?》


《ギャンブルなんかするんですね》


《三連単かける?》


 いつぞやの軍事作戦を機に増えた視聴者たちにとって初めての競馬配信。彼らは様々な反応を見せていた。


「最近バタバタしてて競馬配信出来てなかったから、結構久しぶりだよね多分。どんくらい前だっけ。最後に俺が競馬してたのって」


《3週間くらい?》


《一ヶ月は経ったくね?》


《4週とか?》


《だいぶやってなかった》


《忘れた》


《百万年前》


「なー。覚えてないよなもう。覚えてないから……収支もゼロから再スタートでいっか」


《それはだめ》


《だめだろ》


《収支ってなんですか?》


《ずるだぞ》


《てめえ何百万負けてると思ってんだ》


《そんな競馬してるんですか??》


《探索しないなら帰るわ》


《ハルカの今年の回収率は14%だぞ》


「回収率14%だぞ。まじ? 俺そんな回収率低かったっけ? てかそもそも回収率なんて数えてんなよ。んで最後に競馬やったかってせいぜい一ヶ月前の話覚えてないのに、今年の収支はちゃんと数えてるんだよ馬鹿が。あ、収支ってのは今年競馬でどれだけ勝ってるかの数字ね。百万賭けてて百万当ててたら100%。だから俺バカ負けてる。はははっ」


《;;》


《くそうけるわ》


《ヘッタクソ》


《収支14%って逆にどうすればいくの?普通にやれば当たらない?》


「収支14%って逆にどうすればいくの?普通にやれば当たらない? 当たんねえからこうなってんだろ!」


 それまでコメント欄と雑談をしていたハルカが、突如として感情のボルテージを上げた。


「まじむかつくよな。競馬なんて運の要素も多いのにたまたま自分が勝ってるからって結果論でぶん殴ってくるやつ。まじネットリテラシーとかないの? 俺すごいですよ〜見たいな顔してコメントしてるけど、それただのオナニーと一緒だからね? 勝手に人のコメント欄で気持ちよくなってんなよ! フォロワー5人くらいしかいないテメェのSNSで呟いとけ馬鹿がよッ!」


《きたぁぁ》


《キレ芸助かる》


《キレ芸きたぁぁあ》


《きれすぎじゃね?》


《めっちゃ効いてるじゃん》


《うっさWW》


《落ち着け》


「いやうざいし普通に効いとる! だってうざいもん! こっちが数百万負けてる時にあなた競馬下手くそですねって言われるの最悪すぎるだろ。そうだよ競馬下手だもん! よかったなお前は競馬がたまたま上手くて! たまたまマウント取れる収支で! まじ垢バンするぞ馬鹿が」


 久々にキレ芸とそれに盛り上がるコメント欄。ちなみにこれを現在進行系で見ている光希と皐月は頭を抱えていたとかなんとか。


 閑話休題。


「まあいいや。そろそろ本命馬の話に移るんだけど」


 配信画面に映る出馬表をアップにして、ハルカはその内の一頭をクリックした。


《アミネーロ》


《アミネーロじゃん》


《初めて聞くわ》


《なんでこれ?》


 ハルカが今回本命を打ったのは、現在4番人気、オッズ12.6倍のアミネーロという馬であった。


 コメント欄の反応的に、あまり名の知られている馬ではなく、馬柱(過去の戦歴をまとめたモノ)もそこまでよろしい馬ではない。


 特に前走、前々走と共に5着以下に敗れており、積極的に買いたい馬とはいえなかった。


 そんな競走馬を指名したハルカは、


「これ三走前見てほしいんだけどさ。こいつエリュシエルとほぼ差のない二着してるんだよね」


 といって三走前のレース結果ページを表示した。それを見た視聴者達の中で、過去の競馬配信を見ていた者たちが大きな反応を見せる。


《エリュシエルの!?》


《まじかよほんとじゃん》


《じゃあ能力はある馬じゃんね》


《まあまあ強いのか》


《オタクヘルカイザーに勝ったエリュシエルとほぼ力関係同じってことね》


《待って待って、どういうこと? 初見だから全く理解できない》


「あーそっか初見さんもいるのか。まあわかりやすく説明するとなんだけど、アミネーロって馬が多分強いだろって結論なんだよ。で、そう結論付けた理由が過去戦ってきた馬との比較なんだけど……まずこれね」


 ハルカはエリュシエル(第7話 第1回競馬配信参照)のページを開いた。


「この馬さ、2勝クラスっていう括りの中だとめっちゃ強かったのね。あ、2勝クラスってのはこれまで2回勝ち上がってきた馬ね。エリュシエル自身結構強いし、過去エリュシエルと戦ってきた馬もほとんどが2勝クラス突破してるから、それでかなりレベル高いなってのが分かるわけ」


《オタクヘルカイザーもエリュシエルに負けたあと2勝クラス楽に突破してたよな》


《確かに》


《結構強いかエリュシエル》


《今期待の上がり馬って感じだよね》


《2勝クラスってそんなに強いんですか?》


 競馬初心者であろうコメントがちらほらと目立つ。軍事作戦の後に入った新規リスナーのものであろう。初見さんは大事にせねばと、ハルカは丁寧に説明することにした。


「競馬って馬の強さごとに何となくランク付けみたいなのがあるのよ。まず新馬戦じゃん。これが一番下ね。んで新馬戦を勝ち上がると一勝クラス、その次が二勝クラス、三勝クラスって上がってって〜って感じなんだけど」


《そうそう》


《んで各レース十頭は出走するって考えたら、二勝クラスの馬って十分の一のふるいを2度突破してるから、百分の一の選ばれし存在なんだよな》


《ね。新馬戦勝ち上がるだけでも大変だからね》


《これ意外と理解するの難しいんだよ》


「そーそー。コメントにもあるけど、今回のレースに出る馬はみんな百分の一の狭き門を通ってきてるからね。んで、エリュシエルっていう今三勝クラスにいる馬が過去に倒してきた奴らが軒並み勝ち上がってるから、そのエリュシエルと大差ない走りできたアミネーロって実は結構強いんじゃねって思うのよ」


《確かにそう言われると納得できます》


《なるほどな》


《前走とかは明確に敗因あるからね。今回は同じミスしないでしょ》


《んで、なんの馬券買うの?》


「今日も複勝(三着以内なら当たりの馬券)にしようかなあ」 


《でた女子供オカマ馬券》


《男なら単勝だろうが》


《どうしたハルカ調子でも悪いのか?》


《しょっっぼ》


《複勝ってなんですか??》


《複勝とかしょうもな》


「うるせぇなあ!人のお金だからって好き放題言いやがって。オカマでも女子供でも馬券当てなきゃ意味ねえだろうが!」


《それはそう》


《俺もそう思う》


《けど配信的には面白くなくね?》


「視聴者が撮れ高とか気にするのきもすぎだろ。いちリスナーの分際でステージに上がろうとすんなよ馬鹿が。お前の意見より俺の金のほうが大事なんだよ!!」


《www》


《言いやがったwww》


《あーつまんな》


《単勝だと思ったんだけどなあ》


「まあ安心しろって。お前たちからもらったお金は次の配信でちゃんと賭けるつもりだから。単勝とか三連単とかで。いないだろ。もらったお金の使い道完全に公開してるやつとか。ここだけだからね?俺って清廉潔白で裏のない配信者様よ??」


《裏はないけど表は汚い定期》


《過去の配信見返してから物言ってもろて》


《元から汚いから》


《俺等の金競馬に使うなwww》


「うるせえもう俺の金だから。てな訳で取り敢えず今日は十万行くつもりだけど……」


 そう言って意気揚々と10万円を送金するハルカ。流石にあのエリュシエルに迫った馬であれば、二勝クラスなら問題ないだろうと彼は考えていた。


 だからやめておけと止めてくれる視聴者たちを無視して、彼はレースが始まるのまで雑談をしながら待ち続けた。そしてーーー


《始まるぞ!!》


《きたぁぁ!!》


《アミネーロ頼む!!》


《いくぞ!!》


《ハルカ負けろ!!》


「流石に金ただ貰いだろこんなん!!頼むぅ!!勝ってくれいや三着以内にきてくれアミネーロ!!」


 ハルカはパンと手を合わせて祈りのポーズを取る。そうこうしているうちにレースが始まり、


『スタートです! ……おおっと4番アミネーロ、大きく出遅れてしまった!!』


「はぁぁぁあおもんな馬鹿が!! ざけんなって!!」


 なんとスタート直後、アミネーロは何かに躓くようにたたらを踏んでしまった。その一瞬で他馬は前に進んでしまっており、圧倒的な差が広がっていく。


《ああああああ!!》


《ざまぁぁぁぁあ!!!》


《くっそwwwww》


《ごめん面白い》


《ふざけんな騎手下手くそかよ!!》


 コメント欄が阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。ハルカも顔面蒼白のままぼーっとしてしまっていた。だって、アミネーロの出遅れは最早挽回できないほどであったから。いくら馬の能力が高かろうと、物理的に届かない距離が空けば当然負けるだろう。


「はぁぁ、おもんねえわ。まじで引退します。もう来週まで引退します。次はお前らから貰った金だしクソ賭けてクソ儲けてやるからな。あーー10万円あればなんだってできたじゃん!! もーー!!」


 悔しがるハルカはすでにレースを見ていない。コメント欄と戯れていた。しかしそんな彼の耳に実況の声が割り込んでくる。


『さあ残り二百メートルですが、先頭は十二番◯◯! 直線に入ってさらにリードを広げていきます。大きく離された後ろは激しい二番手争い!6番◯◯と、……おおっとここでアミネーロだ!大きく出遅れたアミネーロが凄まじい脚で追い込んでくる!!』


「え!?!!」


 思わず画面にかじりつく。見てみれば確かにアミネーロが一頭だけとてつもない勢いで突っ込んできていた。まだ先頭集団には差があるが、もしかするとーーそう考えてしまうほど追い込んでくる。


《あるんじゃね!?》


《いけるぞ!!》


《こいこいこいこい!!》


《キタキタキタキタァ!!!》


「行けぇぇえ!!差せ!!差せ!!!させぇぇえ!!!突っ込め!!お前に10万賭けてんだよもっと気合い入れて走れ!!!行け行け行け行け!!!!」


 実況とともにハルカのボルテージも上がっていく。そしてレースはいよいよゴール板前にまで進み、


『十二番◯◯、一着でゴールイン!その後ろ、二番手ですが6番◯◯が僅かにリード!その内に三番の◯◯が、そして大外からアミネーロがとてつもない脚で追い込んでーーー雪崩込むようにゴールイン!!』


 実況とコメント欄は激しい二〜三着争いの結果が分からず盛り上がる。しかし仮にも探索者であるハルカには、その僅かな差が完璧に見えていた。


「いああああああああああ!!くっそ!!はー!!おもんねぇ!!!4着ならいっそ来ないほうがいいじゃんよ!!!」


 そう。アミネーロは惜しくも4着に敗れていた。


 そうしてハルカはまた十万円を失ったのである。


「もう二度と競馬やらん!!」


 

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