第49話 提案

「姫宮さんはハルカさんの何なんですか?」


 皐月の火の玉ストレートが今をときめくアイドルの顔面に突き刺さる。


「何って……」


 友達で、保護者で、金づるで、都合の良い存在でーー


 光希は自分たちの関係性を言葉にするほど、そこに求めた形が無いことを再確認する。それが悔しくて苦しくて、その万分の一でも気持ちが伝わればいいと、彼女はあえてハルカの方を見た。


「ねえ、ハルカにとって私って何?」


「あーーー。一番は恩人だな」


「ふうん。それだけ?」


 こてん、と小首をかしげて問う光希。ネコミミ美少女の可愛らしい所作なのに、どうして寒気を覚えるのだろうか。


「え、あー、えっと、まあ、友達とか、かな?」


「友達なのに思わせぶりするんだ?」


「さっきから思わせぶりって言うけど、俺自分からあんまり連絡しなくね?」


「ハルカさん。会った時に気がある態度を取っていれば、それは都合の良いキープと一緒ですよ」


「ええそっちからも攻撃されるの俺ぇ?」


 援護射撃かと思えば自分をより追い込む言葉に思わず愚痴をこぼすハルカ。まあクズが悪い。少女たちは何も悪くない。


「とにかく、まあ、そういうことです。姫宮さん。ハルカさんは恋愛感情はあまりないみたいですよ?」


「そ、そんなのわかんないじゃん! 今は無くても……」


「無理ですよ。私だって好きって言われた事ないんですから」


「えっ」


 予想外の言葉に今度は光希が固まった。ハルカはやっべ……と顔をしかめている。


「いや、でも、手繋いで、家あがって、あれ?」


「初めても捧げたんですけどね」


「いやあれむしろ俺が襲われた側じゃね?」


「ハルカは黙ってて!!」


「あ、ハイ」


「ねえ、今の……初めてって」


 目を剥いて二人を見て、あわあわと狼狽える光希。想像はしていた事だ。年頃の男女が仲睦まじくお泊りをすれば、そうなってもおかしくないだろう。


 けど、その片方が想い人であると知ると、冷静ではいられなくなってしまう。


 ばき、と。光希が掴んでいたソファの肘掛けが砕け散る。それを見たハルカは顔色を真っ青にした。


「そうですね。私もハルカさんも初めてでしたね」


 挑戦的な笑みを浮かべて皐月は光希を正面から見据える。おうこら、私から取れるもんなら取ってみろ、と言わんばかりの笑みである。


 それを直視出来ず、光希はハルカの方を向いた。そしてそこにある冷や汗だっらだらの情けないゴミ男のクソ顔を見て、「あ、本当なんだ」と悟った。


 軍学校時代、ハルカは悪事がバレるとよくこういう顔をしていたのだ。


「ねえハルカ」


「はい」


「今の話、本当?」


「えっと、本当と言いますかでも最初は俺むしろ抵抗した側と言いますかーー」


「ほ ん と う?」


「あ、はい」


 そう答えた次の瞬間、光希の張り手がハルカの頬を打ち抜いていた。女の細腕とはいえ光希は超人的な探索者である。ハルカはきりもみ回転しながらソファの端っこまで吹き飛んでいった。その際皐月は超人的な反射神経でハルカを回避して立ち上がっている。


 受け止めなかったあたり、想い人とはいえ彼女もハルカに思うところがあるのかもしれない。


「最ッ低!! 年下の女の子なんだよ!? しかも色々複雑だったんだよね!? それを付け込むような……」


「まあ私がそれで良しとしましたからね」


「本当にそれでいいの!?……ぁ」


 目が合う二人。光希は見た。平然としている皐月の瞳の奥。暗く、頼りなく揺れる光は、かつてハルカが浮かべていたモノと同種であると。


 あの時ハルカが自分を求めたように、目の前の少女は大切な何かの代わりにハルカを求めているのだ。


 きっと、その気持ちと恋愛感情がぐちゃぐちゃに混ざって、複雑な関係になっているのだろう。


 そうと分かれば言葉など出てこない。だって、二人はこれで満足しているのだから。自分だけが蚊帳の外だった。これはただそれだけの話である。


「なにそれ」


 ハルカのクズっぷりにはうんざりだし、皐月も救いようがないし、光希はやるせない気持ちでゆっくりと立ち上がった。


「帰るのですか?」


「うん。なんか疲れちゃった。ハルカの顔も見たくないし」


 トボトボとリビングの扉へ向かっていく光希。ハルカは声を掛けようか迷い、しかし原因は自分にあると思い出して言葉に詰まる。


 そうして小さな背中が扉の向こうへと消えていくその時、なんと恋敵?であるはずの皐月が口を開いた。


「いいんですか? 帰るなら私が独り占めしちゃいますけど」


「……ッ。やだ」


 光希がキッと振り返って睨み付ける。そんな彼女に皐月はーー


「じゃあこうしませんか? 私と姫宮さんでハルカさんの面倒をみるんです」


「「え?」」


 ハルカと光希、二人の声が重なる。


「私一人ではそのうちハルカさんふらふらどこかへ行ってしまいそうで。そんな時にあなたがいたら、絶対に首根っこ掴んで離さないなと思ったので」

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