第45話 戦いを終えて

 巨大な肉塊からヒトガタを引き摺り出したハルカは、躊躇うこと無くそれに剣を突き立てた。


「■■■■ッ!!」


 がむしゃらな抵抗を受けるが、ただでさえ実力差がある上に弱った相手。最早ハルカが負ける道理はない。


 全ての反撃を抑え込み、突き入れた剣に力を加えてヒトガタを横一文字に切り裂く。そして返す一閃で首を断つと、倒れ伏す化物は二度と起き上がることはなかった。


「―――はぁ、はぁ、ッ、ぁ、ぐ、はぁ」


 発生する地点によっては、生存圏を一つ二つ落としてもおかしくはない脅威を有する化物が、この瞬間にたった一人の探索者によって討伐されたのだ。


 それを為した英雄とも呼ぶべき男は、無言で死骸を見下ろしていた。


 因縁という直接の関係があったわけではない。

 知人。もしかしたら大切になるかもしれない人の仇で、だから支部長の手のひらで踊ることを承知して戦った。


 ただそれだけ。


 それだけだが―――


「後は任せろなんて言うつもりはねーけど、安心していけよ」


 配信には乗らない小声でそう告げると、既に事切れたはずのヒトガタの瞳が僅かに輝いたような気がした。


 最期にハルカを一目見て、そして今度こそ完全なる終わりを迎える。


 限界を超える損傷を受け続けた肉体は、サラサラと砂のように宙へ溶けていった。


 こうして神奈川エリアは、未曾有の危機を目前にしながらも、それと直面することなく平穏を取り戻したのだった。



 機密作戦のあと、ハルカは皐月の家を訪れていた。インターホンを押して反応を待つ間、彼は感慨深げに家を見上げる。


「……」


 長いようで短い一ヶ月。まさか案件を受けた時はこうなるとは思わなかった。


 配信の規模、皐月との出会い、支部長の命による作戦。彼を取り巻く環境は大きく変化したと言えるだろう。


 ハルカは面倒事が嫌いだ。物事は単純で楽なほどいいと考えている。だから、これから増えるであろう厄介事には気が遠くなる思いだが、


「あ、ハルカさん」


 玄関から顔を覗かせた皐月を見た瞬間、まあどうでもいいかと、そう感じてしまった。


「あがって下さい」


「あ、はい。えっと……」


 もう通い慣れた家に上がるハルカ。彼は玄関にお邪魔しながら、なんて言えばいいのだろうと悩んでいた。


 仇を取って来ましたよ。約束通り帰ってきましたよ。それとももう少しふざけた台詞を並べるべきか。


 どれも違うような気がして言葉にならない。そうこうしているとリビングまで案内され、自然な流れでリビングのソファに腰掛ける。


 その横、ピッタリとくっつくような距離に皐月が座った。


 ーーーー沈黙。


 互いに目を合わせることも無く、ゆっくりと静かに時間だけが過ぎていく。心がくすぐったくなるよつな僅かな緊張感は沈黙のせいか、それとも別の理由があるのか。


 そろそろ気不味さが勝り始めた所で、ようやく皐月が口を開いた。


「お帰りなさい」


「あ、そっか」


 その言葉を聞いてハルカは納得のいく顔をした。


「はい??」


「いや、皐月さんの顔見てから、なんて言おうか考えてたんですけど。ただいまが正解だったのかなって思って」


「……そう、ですかね」


 自然な表情で答える皐月。けれどその口元は小さく震え、大きな瞳には涙が溜まっていた。だって今この時はーー


「わたし、ずっと、こうしたかったのかも、しれません。パパにお帰りって、それで、いつもみたいに頭をなでてもらって」


 ーー少女が願ったあの日の日常の続きを再現したものだから。


 帰ってきたのは父親ではなくハルカだけれど。


 少女は、もう小さな子どもではなくなってしまったけど。


 それでも、今、ようやく、皐月の中で止まっていた時間が動き出したのだ。


「ねえ、ハルカさん」


「なんですか、うおっ」


 ハルカを抱き締めた皐月が、その胸元に頭をうずめて言う。


「やっぱり好きです」


「……」


「ハルカさんのこと、好きです」


「あー、その」


「ハルカさんは私のこと、好きじゃなくてもいいですから」


「……」


「本当は好きじゃないと嫌ですけど。でも、何でもいいから私をそばにいさせて下さい」


「……」


「だから、私の前からいなくならないでくださいッ」


 ハルカは胸元に冷たさを感じた。涙か鼻水でシャツが濡れているのだろう。皐月は失うことへの恐怖に震え、涙声で懇願するように「そばにいて」と繰り返している。


 その姿があまりにも可哀想で、残酷で、けど可愛らしくて。ハルカは苦笑混じりに言葉を紡ぐ。


「俺、どうしようもないクズですけど」


「知ってます」


「部屋汚いし」


「……私が掃除します」


「まともに生活できないし」


「……そんなの気にしないです」


「金で遊ぶの好きだし」


「……お金ならあげます」


「家賃とか色々滞納するし」


「……それは、その、よくないです」


「あと」


「……まだあるんですか?」


 怒涛の告白に驚いた顔で皐月がハルカを見上げた。互いの吐息が掛かる程の至近距離、思わずハルカは顔を背けようとしてーー


 皐月はその顔を両手で挟むと、我慢できないとばかりに強くキスをする。数秒、あるいはそれ以上経ったのか。とろんとした目の皐月がゆっくりと唇を離し、その直後再び唇を合わせにいった。


 2回、3回、酸欠になるまで何度も繰り返す。気付けば前を向いていた二人の身体は向かい合い、両手はしっかりと繋がれていてーー


「えっと、ちょ、皐月さん?」


「私、ダメかもしれないです」


「ちょちょちょちょちょッ」


 これからどうなるのかを悟ったハルカが慌てて抵抗するも、既に薬の効力が切れた彼は超人的な身体能力を持つ皐月には勝てなかったとさ。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

これで1章はおしまいです。

ここまで読んで、楽しかった!続きが読みたい!と思って頂けましたら、小説のフォローや下の↓♥、レビュー★★★などをお願い致します!


今後は皐月、光希、その他まだ見ぬヒロインとのイベントを挟みつつ、世界の謎やモンスター討伐、ハルカの過去に焦点を当てていきたいなと考えてます。


書きたい話が多すぎて正直まだ構想が固まっていないのですが、ぜひ最後までお付き合いいただけますと幸いです。


ではでは、本作の2章でまたお会いしましょう!

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