第44話 本領発揮

 支部長の部下によって放送される生配信は、開始から僅か数分で同時接続数が五万を突破していた。今もなおそれは増加を続け、コメント欄は日本語だけでなく多くの言語が入り乱れる。


 この配信が僅かな時間でこれほどまでの注目を集めたのは、支部長が自らの地位を最大限活用して各種サイトなどに太い導線を伸ばしたからだ。


 当然そこまで動けば、この配信の裏に支部長の影がある事に気付く者も現れるだろう。


 しかしそれすら彼の計算の内。


 意図的に小さな痕跡を残すことで一部の人間に『気付かせて』、それによるその後の影響すら操作しようという計算である。


 そんな事情を知らぬ視聴者達は、画面に映る大迫力の映像にただ盛り上がっていた。


《すげえ!》


《やば。え、なにこれ》


《なにこの配信》


《軍の作戦じゃね戦ってるし》


《あの化物ビルより高くない? 何メートルあるの》


《やば。映画じゃんこれ》


《なにこれ本物?》


 爆速で流れていくコメント欄。


 彼らの興奮を加速させているのは、たった一人の探索者が巨大な化物を翻弄する戦闘であった。


 残像を帯びる程の速度で振り抜かれた触手が、軌道上の建物や瓦礫を粉微塵に粉砕しながら男へと迫る。


 配信上の映像ではフレームレートが足らず、その触手の先端を映すことすら出来ていなかった。

 根本の動きと途中で弾け飛ぶ廃墟を見て、ようやく鞭のように振るわれたのだと知ることが出来る。それとて常人では理解が及ばないだろう。


 それほどの脅威を前にした男―――ハルカは、手元が霞むような速さで剣を一閃させた。


 こちらも剣先を映像で捉えることは叶わない。

 連続して鳴り響く衝突音と飛び散る火花の回数だけがハルカの斬撃を数えていた。


 少なくとも一秒で数回。

 渾身の剣閃で攻撃を正面から叩き落とし、あるいは逸らし、そうして生み出した僅かな隙間に斬撃を刻み、化物の体表を切り飛ばす。


 一手打ち間違えれば即死の状況、当然休む暇などない。

 この間合いではまばたきすら致命的な隙となるだろう。


 だがその恐怖心を踏み越えてハルカがまた一つ斬撃を刻み、先ほど与えた傷をより深く抉り取った。


 ―――ここまで巨大化したモンスターを倒す方法は、再起不能になるまで破壊し尽くすか、あるいは核を破壊するかしかない。


 今回の個体で言えば、核となるのはヒトガタであった部分であろう。


 ハルカは体表を切り刻むことで傷を与えつつ、奥深くに隠れた核を露出させようとしているのだ。


 レーティング21.6、文字通りの最強が作り出す死闘は、さらに激しさを増していく。



 より加速していく戦闘に盛り上がるコメント欄。


 既に一般人が知覚出来る領域を越えた戦いは、見る者に危機感を与えつつも一種のエンターテイメントのように楽しまれていた。


 神奈川エリアには佐久間中将がいる。その事実が民衆を安心させているのだ。


 ただ、一般人とは異なる者達―――。

 特に探索者として戦い慣れている者達にとって、その配信は楽しむどころか血生臭さが沸き立つ地獄絵図であった。


「なに、これ」


 病室で配信を見ていた姫宮光希は、異次元の強さでモンスターを翻弄する探索者を、信じられない者に向ける目で見つめる。


 強さに驚いている訳ではない。

 無論、彼女から見て佐久間中将より強く見える謎の男は驚愕に値するが、今はそれよりも―――


「こんな戦い方をする人がいるの?」


 最短の挙動でモンスターの攻撃を回避し、最短ゆえに生まれた僅かな余裕、一瞬の隙間に剣で切り込む。

 一手、一歩、確実に敵を刈り取る様は戦いというより、派手さこそないがもっと一方的な蹂躙のようだった。


 ただ、それを見て真っ先に感じるのは、関心でも驚きでもなく、純然なる恐怖。


 極限まで無駄を廃した動きは、確かに敵を追い詰めている。けれどその『無駄』には、恐らく画面に映る男自身の命まで含まれているのだ。


 死への恐怖が足をすくませる。それが無駄に戦いを長引かせる。無駄に敵に猶予を与えてしまう。


 だから自らの命まで勘定に含めた上で、最も最適な選択を取り続ける―――。


 冷たい。冷たすぎる。こんな戦いがあるのかと、姫宮光希は静かに心を震わせた。



「うーん、死にたがりだねえ」


 姫宮光希と時を同じくして配信を見ていた支部長は、ハルカの戦いぶりをそう表現した。


「死にたがり、とは?」


 彼の秘書が僅かに眉を潜める。


「言葉の通りだよ。ハルカ君はここで死んでもいいと思ってるんだ。むしろ死にたいんだろうねえ。だから自分に危険が近付いても恐れない。自分から近付いていける。それが彼をさらに強くしているのは皮肉めいているけどね」


 そう。


 根底に死への願望があるから、自分の命を簡単に攻撃に晒せてしまう。

 それで死ぬなら構わないと思っているから。


「お、これはどうするのかな?」


 支部長が笑みを浮かべて見守る配信。画面内でモンスターが全身の触手を同時に振り回し、そして巨体を活かした体当たりを仕掛けた。


 普通なら後退して仕切り直す場面、しかしハルカは何を思ったか剣の一振りを携えて前進を選択。


 向かい来る無数の触手全てを一瞬で見切ると、回避可能なモノは避け、致命傷となるモノは剣で逸らし、そして受けても構わないと判断したモノはそのまま受けた。


 振り回すだけで廃墟が吹き飛ぶ触手である。致命傷でないと判断した一撃すら、当たれば気が狂うほどの痛みを伴っている。


 それを一度や二度ならず、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も―――


 直撃する度に強化スーツが悲鳴をあげる。


 殺しきれなかった衝撃がスーツの内で身体を壊す。


 それでも構わず前進を続けたハルカは、とうとうモンスターを完璧に間合いに捉えて―――


 全身全霊の一撃を巨大な体表に叩き込んだ。


 深々と刻まれた斬撃。

 どす黒い血潮と共に体表が弾け、無数の生物を取り込んだ体が吹き飛び、そうして露になった奥深く。


 ハルカはそこへ手を突っ込み、中に隠れていた『本体』を引き摺り出した。



 大勢が戦闘を見守る中、皐月もまたそれを見ていた。


 そして一目で戦っているのがハルカだと悟る。


 その気付きに理屈はなかった。ただ、分かった。


「ハルカさん······」


 ハルカが巨大な化物の塊からナニカを引き摺り出す。


 粘液や血肉でぐちゃぐちゃになっているが、引きずり出されたそれは間違いなく皐月の父親―――を模した化物であった。


 身に纏う強化スーツだけではない。顔の造形や体格まで記憶にあるあの頃のまま。


 まるで父親がこの世に甦ったような希望が―――


(違い、ますよね)


 ここで嘘に逃げれば、戦っているハルカが無駄になってしまう。


 昨日交わした『一緒にいてくれる』という約束すら無碍にしてしまう。


 だから、


(お願いします。その人を解放してあげて下さい)


 皐月は祈った。


 父親の解放、そしてハルカが無事に帰ってくることを。








――――――――――――――――


次くらいで一章ラストです

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